EdTechの普及で家が東大になる~技術で広がる教育の可能性
MOOC(ムーク)というのをご存知ですか?
「Massive Open Online Course (MOOC)」とは、Web上で無料で参加することができる、大規模公開オンライン講義のことです。オンラインでスタンフォード大学やハーバード大学など、世界のトップクラスの大学の講義が無料で受けることができるということで、新しいオンライン教育の潮流として世界的に注目されています。
ビデオ講義の配信自体は10年以上前からあり、別に新しくはありません。MOOCが注目を集めているのは、普通の大学の講義と同様に、課題を出して成績をつけて履修認定を出す、というところが新しいのです。
先日、東京大学がオープンソース教育プラットフォームである『edX』に2014年秋から参画し、英語での講義を無料公開すると発表されました。
『edX』は、米ハーバード大学とマサチューセッツ工科大学(MIT)が共同で設立した教育サービスで、日本からの授業は京都大学に続き、2校目。
このようなオンライン講義、皆さんは受けてみたいと思いますか?
オンライン講義の普及で新しい“つながり”の場も登場
2013年秋には、同様の教育プラットフォーム『Coursera(コーセラ)』で東大から2つの講義が配信されました。物理学分野の「From the Big Bang to Dark Energy(ビッグバンからダークエネルギーまで)」と社会科学分野の「Conditions of War and Peace(戦争と平和の条件)」です。
これらは配信実績も公開されており、両講義合わせて世界から計8万人以上の登録があり、5000人以上が十分な成績で修了したそうです。
「2カ月で東大の全学生数(約2万8000人)を超える受講者を集め、全留学生(約3000人)を超える修了者を出したことになる」と報告されています。
2014年秋には、東京大学から情報系講座として「Interactive Computer Graphics」が、経済学系講座として「Welcome to Game Theory」の2講座がCoursera上に追加される予定となっており、日本の大学の授業が世界中で聴講されることも今後増えていくと予想されます。
『edX』と『Coursera』はいずれも基本的に英語で講義を受けるのですが、「Coursera」で唯一日本語字幕付き講座として提供されているのが、カリフォルニア大学サンディエゴ校のScott Klemmer氏による「Human-Computer Interaction (HCI)」。
この記事をご覧のみなさんはHCI分野に興味がある方も多いのではないでしょうか? 翻訳を引き受けている企業、エス株式会社のプレスリリースによれば、引き続き主要な講義の翻訳を進めていくとのことです。
このようにオンライン授業が増えてきており、「教育のオープン化」が始まっています。オンライン受講生は授業内容をRSSで確認し、掲示板機能やブログ、オンラインミーティングなどの機能を用いて授業に参加します。実際に掲示板上に10代のコミュニティができたりと、オンライン上でも活発に議論されています。
大規模授業での評価の最善策はピア・アセスメントか
大学の授業では、講義をするだけでなく、授業を受けた学生さんに単位をあげるために「評価」をしなければいけないわけですが、通常、出席点に加えて、レポートや課題などで評価することが多いと思います。
学生が教授の講義を聴く、という一般的な完全講義型の大学の講義だと、200人規模のものが多いでしょうか。学生参加型の講義でたいてい20~30人程度。
オンライン講義では、一般的な大学の授業に比べて受講生の人数が極端に多いのが特徴。数万人規模の受講生に対して、十分に理解しているかどうかを“どう評価するか”の工夫が必要になってきます。
「人数が多すぎて採点できない」という問題を解決する方法として、注目されているのが、受講生同士の相互評価(ピア・アセスメント)。自分の評価を付けてもらう代わりに受講生の評価を付ける、というこの仕組みを導入しているオンライン講義が増えています。
受講生同士の相互評価では、教える側の負担が減るのと同時に、受講生同士で学習成果を比較することで客観的な視点で学習を振り返ることができるなどのメリットもあります。
オンラインだから可能になった“反転授業”
これまでは授業では講義を聞き、家に帰ってから手を動かす(宿題や課題をこなす)ことが一般的でした。
一方、最近新たな試みとして始まってきているのは、自宅にいながらオンラインで授業を受けて、学校で課題をこなす「反転授業」。オンラインが普及してきたからこそできることとして注目されています。
反転授業をすることで、これまでだと、授業を受けた後に個々への課題として与えていた内容を、授業時間内で行うことができます。
それにより、教員側が個々の生徒に合わせた指導ができたり、ほかの生徒と協働しながら課題に取り組むことが可能になり、より理解が深まるのではないか? という試みです。
アメリカでの複数年にわたる反転授業の研究では、事前にビデオ授業を見て授業に参加した大学生は、テストの点数が5%以上も向上したというデータもあります。今後、より注目されていく学習方法と言えるでしょう。
オンラインで参加できる学会はすでに一般的
学会も通常は会場へ出向いて論文発表を聞きますが、最近ではYouTubeLiveなどを利用してオンラインで生中継することも増えました。
HCI分野における国内最大の学会『インタラクション』や『WISS』でも例年オンライン生中継が行われています。
このようなオンラインを利用した配信によって、時間的制約や金銭的問題から受講や聴講ができなかったような学会にも参加できることが増えました。実際に参加するのに比べて「一方的に聞くしかできない」といった制約はありますが、TwitterやFacebook、掲示板など、インターネットのインフラが整った今、オンライン技術を利用することで、インタラクティブなやりとりを伴った能動的な参加をすることも可能になってきています。
個人的には子どもが急な熱を出して寝込んでいても、自分はネットワーク接続で学会聴講ができ、情報収集できるので大変助かっています。
参加費を支払って現地に行った人と同等の内容が、遠隔で無料でオンライン聴講できるようになることで、不利益は生じないのか? という問題が気になる人もいるかもしれません。しかし、学会は自らにとっての勉強の場、人とのディスカッションで得られる情報、そして人脈形成。遠隔で聴講するだけでは得られず、参加することによって初めて得ることができるものも多いため、無料の聴講者と参加費を支払った学会参加者とでは、どちらが損だ得たといったこともないとも考えられます。
大学の授業においても同様で、授業料を支払って聴講する講義というのはこれまで以上に、学生さんが受動的に情報を受け取るだけではなく、能動的に教員とインタラクションをするようになっていくであろうとも考えられます。
オンライン講義、受けるなら今、かも
オンライン講義の受講生は2極化しているそうです。まずはもちろん大学生、もうひとつはちょっと勉強をしたい時にまとまっている講義を受ける30~40代の社会人だということです。先述した東大のオンライン講義では「下は8歳から、上は92歳までの幅広い層が受講している」とも報告されています。
「大学講義」が大学生のためだけではなく、より多くの年齢層の人のために、そして世界各地から受講する、そんな開かれた時代になっていくのかもしれません。しかし一方で、無料で講義を提供するこのビジネスモデルがいつまで続くかわからないのも現状です。
ビデオ撮影に、採点のためのTA(ティーチングアシスタント)代など、膨大なお金がかかっているのに、無料で提供するこの講義。何か新たに学んでみたい人は各プラットフォームが無料で提供してくれている今のうちにやっておくのも良いかもしれませんね。
(エンジニアtype 『天才プログラマー五十嵐悠紀のほのぼの研究生活』より転載)