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地獄化する企業の調達・購買業務~厳格化しすぎるサプライチェーンは私たちを幸せにするか

坂口孝則コメンテーター。調達コンサル、サプライチェーン講師、講演家
先進国は倫理をもって調達活動を行わねばならない。ただし……。(写真:アフロ)

地獄化する企業の調達・購買業務

私は調達・購買・サプライチェーンのコンサルタントとして、世の中のトレンドを発信しています。年度のトピックスを集めて、「The調達2016」といった冊子も配布しているのですが、このところ企業を苦しめているのが各国の規制です。

たとえばヨーロッパではかつてRoHS規制(指令)が誕生しました。これはEU加盟国内において、有害物質が指定値を超えて含まれた電子・電気機器を販売できなくするものです。対象は、鉛、水銀、カドミウム、六価クロム、ポリ臭素化ビフェニール、ポリ臭素化ジフェニールエーテルだったところ、その後も規制物質は増えており、現在では10物質が対象となります(フタル酸ブチルベンジル等)。

企業の調達・購買部門は、かなりの工数を調査に取られているのが実情です。問題なのは、企業は直接取引をしているサプライヤだけではなく、さらにその下のサプライヤまでも調査しなければならない点です。もちろん建前では調べなければなりませんが、あまりに複雑に、さらにグローバルに広がっているサプライチェーン全体を調査するのはたやすくありません。

サプライチェーンにかかわる調達・購買関係者は、さらに増え続ける規制を理解せねばなりません。

増えている規制のあれこれ

■■紛争鉱物■■

紛争鉱物(Conflict resource)と訳される規制は、テロ団体への資金流出を防ぐものです。具体的には、タンタル、スズ、金、タングステン等を使用する場合に、その調達元が、テロとは無関係の団体であると示す必要があります。主に、コンゴ民主共和国を舞台に紛争・戦争が頻発しており、同地域からの調達は、テロ関連団体への資金供与とみなされます。その資金が武器や弾薬の購買につながる可能性があるために、紛争鉱物の出元について米国証券取引委員会(SEC)に報告せねばなりません。米国だから関係ないと思うかもしれませんが、取引先が米国企業の場合、紛争鉱物について調査対象となりえます。ただでさえ鉱物系のサプライチェーンは複雑ですが、その網のなかに、テロ組織が皆無であると証明せねばなりません。

■■REACH■■

REACHは、EU圏での使用物質の規制です。EUで製造または輸入する物質の総量が年間1トン以上の事業者は、当該物質を登録する必要があります。これはその物質を使用して成形する事業者もおなじで登録の義務があります。それらを使用しても安全であるとEU化学物質庁に実証する必要があります。

■■カルフォルニア規制■■

「The California Transparency in Supply Chains Act(カルフォルニア州における透明性確保法)」では、同州で1億ドル以上のビジネスをあげている業者について、厳しい努力義務を課しています。自分たちのサプライチェーン上で、奴隷的労働と人身売買を撤廃する努力を継続しているかをウェブサイト上で報告せねばなりません。サプライチェーン上に、そのような疑いがあれば、すぐさま改善すべき圧力を受けます。なお、現在では、サプライチェーンは、国内のみならず、国外にも複雑に広がっています。この全体調査をしようと思えば、もちろんコストがかかります。

■■英国規制■■

「The Transparency in Supply Chain provisions of the UK's Modern Slavery Act(英国の透明性確保法)」では3600万ポンド以上のビジネスをする業者にたいして、自社のサプライチェーン上に奴隷労働が存在しないかをウェブサイト上で報告する義務を課しています。当然ながらこれは、違反時には世論としての批判を喚起することを示唆しており、企業としては無視できない状況にあります。

■■ワシントン規制■■

「Washington State's Children's Safe Product Act(ワシントン子ども商品規制)」では、子どもが触れる商品について、ホルムアルデヒド、ベンゼン等の物質使用に警告を呈しています。それらの物質の使用有無と、使用する子どもの健康被害可能性を試験等を通じて、安全証明をする必要があります。

規制は増え、売上は減り、人員は増えない

これらは、安全な商品を増やし、フェアトレードを目指し、そして人身売買等の不当労働を減じるものです。これらの規制は、かなり似通っているものの、各国や、あるいは米国などは州によって提出せねばなりませんので、業務は二重化・三重化していきます。さらに、対応しなければ、行政訴訟も待っている悪夢のようなものです。

調達業務は地獄化している、とはいいすぎかもしれません。ただ、自社製品の生産に使う部材は日に日に厳しくなり、素性の調査が求められています。

さらに現代では、対行政だけではなく、これら規制への未対応は消費者にとっても悪印象を与えかねません。やらねばならない、だけれども、人も時間も足りない。具体的な解決策はないまま、現代企業の調達・購買部門の仕事だけが増え続けている状況にあります。

コメンテーター。調達コンサル、サプライチェーン講師、講演家

テレビ・ラジオコメンテーター(レギュラーは日テレ「スッキリ!!」等)。大学卒業後、電機メーカー、自動車メーカーで調達・購買業務、原価企画に従事。その後、コンサルタントとしてサプライチェーン革新や小売業改革などに携わる。現在は未来調達研究所株式会社取締役。調達・購買業務コンサルタント、サプライチェーン学講師、講演家。製品原価・コスト分野の専門家。「ほんとうの調達・購買・資材理論」主宰。『調達・購買の教科書』(日刊工業新聞社)、『調達力・購買力の基礎を身につける本』(日刊工業新聞社)、『牛丼一杯の儲けは9円』(幻冬舎新書)、『モチベーションで仕事はできない』(ベスト新書)など著書27作

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