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SNSの「どや顔」が命取りに 米議会襲撃事件 トランプ氏に洗脳された支持者たちの悲劇

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
(写真:ロイター/アフロ)

トランプ大統領の言動に勇気づけられて連邦議会議事堂を襲撃した結果、逮捕されたり解雇されたりするトランプ支持者が相次いでいる。自業自得、身から出た錆との論調もあるが、彼らこそ、傍若無人に振る舞ってきたトランプ氏の最大の犠牲者なのだ。

自撮り画をためらいなくアップ

今回の襲撃事件の特徴の1つは、当事者が、自撮りの写真や動画を何のためらいもなくSNSにアップしたり、メディアの取材に気軽に応じたりしている点だ。そうした写真や動画が動かぬ証拠となり、逮捕や解雇につながっている。

連邦捜査局(FBI)は10日、テネシー州在住の30歳の男を、不法侵入や治安を乱す行為の疑いなどで逮捕した。男は、結束バンドを左手に握りしめ、マスクに帽子姿で議場のいすの上を移動している姿が報道カメラマンによってとらえられ、その写真が直後からメディアに出回っていた。

FBIが男の別の写真も合わせて公開し、市民に情報提供を呼び掛けると、次々と情報が寄せられた。SNS上では、写真が出回り始めた直後から、危険な「結束バンド男」として話題になっていた。また、男のものとみられるSNSのアカウントには、議事堂に向かう動画や、トランプ大統領の姿が映ったテレビの前に星条旗を持って立っている自画像などがアップさており、それらも本人を特定する有力な決め手となったようだ。

笑顔で手を振り身元が割れる

ペロシ下院議長の執務室への侵入容疑などで逮捕されたアーカンソー州の60歳の男は、議長の執務イスにすわり片足を机の上に投げ出したどや顔の写真をSNSで公開したことから、早々と身元が割れた。

フロリダ州出身の36歳の男が逮捕されたのは、ペロシ議長の演壇を抱えながらカメラに向かって笑顔で手を振る写真がメディアに出回ったことから、捜査当局が簡単に身元を割り出せたためだ。地元メディアによると、この男は5人の父親だという。

暴動に関与したとして逮捕された33歳のユーチューバーは、上半身裸で顔に星条旗柄のペイントを施し、角付きの毛皮のような帽子をかぶるという奇抜ないでたちから、メディアの注目を集め、一躍、暴動の象徴的存在となった。

FBIは事件直後から、容疑者の写真をツイッターなどに載せて、市民に捜査への協力を呼び掛けており、捜査当局のもとには、あふれんばかりの情報が寄せられているという。

首から社員証を提げて突撃

逮捕には至らないまでも、事件に参加したことを理由に勤務先を解雇されたり、辞職を余儀なくされたりするなど、人生が大きく狂った人も、何人もいる。これも、メディアやSNS上で本人の写真や動画が拡散されたのがきっかけだ。

メリーランド州のマーケティング会社に勤務していた男性は、議事堂内で、逮捕された上半身裸のユーチューバーの隣に立っている写真が拡散されたが、首から会社の社員証を提げていたため、会社のイメージに大きな損害を与えたとして即、解雇された。

シカゴ市内の不動産会社で働いていた女性は、議事堂の外の階段を上ったところで自撮りし、その写真をインスタグラムに投稿。すると、炎上して会社の知るところとなり、会社に危害が及ばないうちにと解雇された。女性はメディアの取材に対し、「私は、私の大統領を支援するために議事堂に来ただけであって、問題を起こしに来たのではない」と述べ、事件への関与を全面否定した。

罪悪感が見られない

襲撃事件の当事者に共通しているのは、民主主義の象徴である連邦議会の建物に、議会の開催中に力ずくで押し入り、議会の進行を止め、破壊や略奪行為を働いたにもかかわらず、罪悪感がまったく見られないことだ。どや顔の写真をSNSにアップしたり、メディアのカメラマンに笑顔で手を振ったりできるのは、その証拠だ。

罪悪感がないのは、トランプ大統領に洗脳された面が大きい。トランプ氏はいまだに、「選挙は重大な不正があり、本当は自分が大差で勝った」と根拠のない主張を執拗に繰り返している。連邦議会が、トランプ氏を、襲撃事件を扇動した罪で弾劾する手続きを進めているのも、「事件の“首謀者”は大統領」との世論や専門家の見方を裏付けるものだ。

「トランプのためにやった」

実は、トランプ大統領の言動で支持者が逮捕されるのは、今回が初めてではない。それどころか、トランプ氏が前回の大統領選への出馬を表明し、選挙戦で過激な発言をし始めて以降、同氏の言動に煽られて傷害などの事件を起こしたと見られる事例が各地で数多く報告されている。

ABCニュースの調査によると、暴行事件や脅迫事件などで、犯人が犯行中に「これはトランプのためだ」などとトランプ氏の名前を叫んだり、その後の警察による取り調べで、犯行動機としてトランプ氏に言及したりするケースが、2015年8月以降、少なくとも54件あった。大半の場合、犯人は白人で被害者は黒人やヒスパニックなどのマイノリティだった。これらは発言が証拠として残されているケースのみで、そうでないものも含めれば、トランプ氏の影響を受けたヘイトクライム(憎悪犯罪)はさらに多いと見られている。

昨年には、新型コロナウイルス対策などをめぐりトランプ氏と激しく対立していたミシガン州知事に対する、トランプ支持者らによる誘拐未遂事件も起きている。

人生を狂わされた支持者たち

世間の注目を浴び続けることができる大統領に何としてもなり、その座に居続けたいという野望のために、社会の分断を徹底的に煽り、また、黒人差別抗議デモを抑え込むために繰り返した「法と秩序」の訴えとは裏腹に、法と秩序を乱すような行為をしてきたトランプ大統領。そんなトランプ氏の一番の被害者は、巧みな話術に洗脳され、知らず知らずのうちに分断の実行役を担わされ、その結果、逮捕や解雇によって人生を狂わされた、純真で熱烈な支持者たちなのかもしれない。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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