10人の若い女性が行方知れずに。カルトかハーレム教団か？騒動から45年後の彼女たちの顔が物語ること
「イエスの方舟」騒動について、おそらくきちんと記憶があるのはかなり年配の世代になるだろうか？
それもそのはず、この一連の騒動が起きたのは1980年、つまりいまから半世紀近く前に起きたことだ。
事はその2年前に東京都国分寺市から10人の女性が突如行方不明となり姿を消したことから始まる。
彼女たちを連れ去った人物として浮上したのは、謎の集団「イエスの方舟」の主宰者・千石剛賢だった。
当時、メンバーの家族の話やマスコミの取材で「イエスの方舟」がメンバーに対して洗脳や精神的・肉体的虐待を行っているという疑惑が浮上。メンバーたちは団体生活を送り、外部との接触を厳しく制限されているとされた。
この格好のネタをマスコミが放っておくわけがない。各種メディアが一斉に報じ、国会でも取り上げられると、カルト教団とみなされ「イエスの方舟」は大バッシングを受けることになる。
事件としては、千石を含む5人の幹部が名誉毀損、暴力行為の容疑で指名手配される。メンバーらは2年以上の逃避行を続けたのち、最終的に千石らは不起訴に。
これで事件は一応終止符を打った。しかし、あれだけ世間を騒がせたにもかかわらず、「イエスの方舟」の何が問題だったのか、そもそも事件性があったのか？「イエスの方舟」自体と事件の全容は定義づけされないままに終わってしまった。
それから45年の時を経て、今改めて「イエスの方舟」にアプローチを試みたのが本作「方舟にのって〜イエスの方舟45年目の真実〜」だ。
結論から言うと、「イエスの方舟」は現在も存続している。しかも、あらゆる意味でほぼ原形をとどめて存在している。
本作は、45年前と現在を往来しながら、「イエスの方舟」という存在そのものに迫ろうとする。
そこからは「宗教」「家族」「女性の自立」「メディア」といった「今という時代」につながるテーマに対する、ひとつの答えのようなものが見えてくる。
手掛けたのはTBSのドラマ・プロデューサーとして活躍する一方で、『日の丸～寺山修司40年目の挑発～』をはじめ野心的なドキュメンタリー作品を次々と発表する佐井大紀監督。
謎の団体「イエスの方舟」のメンバーと直接向き合って、何を感じ、何を思ったのか？
佐井監督に訊く。ここからは、これまで以外の話をまとめた番外編を続ける。番外編全三回／第二回
現在の彼女たちの顔にカメラを寄せた理由
前回（番外編第一回はこちら）、『イエスの方舟』のメンバーとしてではなく、ひとりの人間として女性たちを見てほしい気持ちがあったと明かしてくれた佐井監督。
その思いの表れからかもしれないが、彼女たちにグッとカメラを寄せたアップのカットが印象深い。
この試みに何か理由はあったのだろうか？
「やはり一番は、彼女たちを個人として見てほしい思いがありました。
そもそも人の顔のアップをカメラで撮るって、かなり暴力的な行為ですよね。騒動が起きたときまだ若かった彼女たちですが、もう半世紀の時が経っている。もう若くはない年齢の女性の顔のアップをカメラで撮ることは、さらに暴力的な行為でひどいことだと思います。
でも、当時、彼女たちが世間から受けた仕打ちや、現在に至るまでの日々、ずっと揺らぐことのなかった信念といったことが、彼女たちの顔から感じ取ってもらえるのではないかと思ったんです。彼女たちの顔が何かをきっと物語ると思ったんです。
それから、彼女たちの生きた証を残すといいますか。騒動を経て、いまもこうして自らの道を進んで生きている。そのことをきちんと記録しておきたいと考えました。
それであえて彼女たちの顔をアップで撮ることにしました」
彼女たちときちんとした関係性を築くことがトッププライオリティ
では、取材をする際、気を付けた点はあっただろうか？
「前も少しお話をしましたけど、騒動となった当時のニュース映像をかなり見たんですけど、報じる側がいまでは許されない、人権やプライバシーをほぼ無視した取材をしている。
当時を経験している人たちがそのまま現在もメンバーとして残っている。おそらくそのときに受けたことは、トラウマとなっていまも彼女たちの中に残っていると思うんですね。
だから、まず彼女たちときちんとした関係性を築くことがトッププライオリティだと思いました。きちんとした関係を築いて、彼女たちに嫌な思いをさせない。
嫌な思いをさせないで、彼女たちの胸の内を引き出し、自然な表情を撮れればと心にとめながら取材には臨んでいました」
鳥越俊太郎さんとの対話は、まったく変わっていない
「イエスの方舟」の存在を確認する時間になりました
作品では、当時、「イエスの方舟」を取材したジャーナリストの鳥越俊太郎氏にも話を聞いている。
その対話でなにか印象に残ったことはあっただろうか？
「僕が取材して彼女たちに感じたことと、約45年前に取材した鳥越さんが彼女たちに感じたことが、ほぼ一緒だったことですかね。
鳥越さんはまずこうおっしゃっていました。『彼女たちは堂々としていて凛としていた』と。当時、マスコミに追われて国会でも問題視されて、傍から見ると逃げて行き場がなく助けを求めているように映る。でも、『彼女たちはまったく助けを求めることはなくて、非常に強い女性たちという印象だった』といった主旨のことを言っていて。
僕もほぼ同じ印象だったんです。メンバーのみなさん、年齢を重ねられていますけど、いまも堂々としていて凛としている。この社会の中で、強くたくましく生きている。当時から、生き方も人としての信念もまったくぶれていない。
少し前に、騒動の真っただ中にあった当時、いまの僕と同じぐらいの年齢で取材をした記者の方とお会いする機会があったんですけど、その記者の方もほぼ同じ印象で。
『世間ではカルト団体と揶揄されて、メンバーの女性たちは洗脳されていると言われていたけれども、実際に会った彼女たちはびっくりするほど堂々としていた。なにかやましいところや都合の悪いことがあると、怪しい団体は逃げたり、身を隠したり、話をはぐらかせたりするもの。でも、彼女たちは逃げも隠れもしない。表に出てきて自分たちの自分の言葉で堂々と話す』といったことをおっしゃっていました。
ですから、鳥越さんとの対話は、まったく変わっていない『イエスの方舟』の存在を確認する時間になりましたね」（※番外編第三回に続く）
「方舟にのって～イエスの方舟45年目の真実～」
監督：佐井大紀
企画・エグゼクティブプロデューサー：大久保竜
チーフプロデューサー：能島一人
プロデューサー：津村有紀
クリエイティブプロデューサー：松木大輔
撮影：小山田宏彰、末永 剛
ドローン撮影：RKB CINC
編集：佐井大紀、五十嵐剛輝
MA：的池将
公式サイト https://hakobune-movie.jp/
全国順次公開中
筆者撮影の写真以外はすべて（C）TBS
