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8年にも及んだ前代未聞の豪華本作り。ジブリも菅原文太も撮った名手が爆弾発言連発の舞台裏へ

水上賢治映画ライター
『狂熱のふたり~豪華本「マルメロ草紙」はこうして生まれた~』より

 「もしかしたら、こんなモノづくりの現場を見られることは今後ないかもしれない?」

 そんな度肝を抜かれるようなクリエイターたちの熱量の半端ない作業場の風景が記録されているのが、ドキュメンタリー映画『狂熱のふたり 豪華本「マルメロ草紙」はこうして生まれた』だ。

 エッセイ、文芸評論、小説、戯曲、古典の現代語訳、日本美術論など膨大な作品を遺した作家の橋本治と、「現代の浮世絵師」と称される異能の画家、岡田嘉夫。

 いわば知の天才と美の天才である二人がタッグを組んで挑んだのが前代未聞の豪華本「マルメロ草紙」だった。

 二人の天才にもはや妥協という言葉は存在しない。

 互いに火花を散らし、実現不可能のようなアイデアを次々と出したかと思うと、それもまた違うと思えば容赦なく却下。

 色の指定、構図、装丁など、あらゆることをとことん突き詰め、気が済むまでやり尽くす。

 一方、それを受けるスタッフ側も必死だ。

 二人の繰り出す難題を、編集者、製版オペレーターら本のプロフェッショナルたちが全力で応え、実現させる。

 この本に携わる人間すべてがクリエイター魂に火がつき、不可能を可能へと導いていく。

 結局、豪華本「マルメロ草紙」の完成までの道のりは8年にも及ぶ。

 その軌跡が本作には克明に記録されている。

 文化遺産といってもいいぐらいの貴重な現場に実際に立ち合い、記録したのは、テレビを中心にドキュメンタリーを発表してきた大ベテランの浦谷年良監督。

 橋本氏、岡田氏、そして編集者の刈部謙一氏がすでに鬼籍に入り、本作を完成させることが「長年の宿題だった」と明かす彼に訊く。全五回/第一回

『狂熱のふたり~豪華本「マルメロ草紙」はこうして生まれた~』の浦谷年良監督  筆者撮影
『狂熱のふたり~豪華本「マルメロ草紙」はこうして生まれた~』の浦谷年良監督  筆者撮影

ふつうの挿絵本の話しじゃない。

文章と絵が五分五分でがっぷり四つに組んでせめぎ合っている本

 前回(第一回はこちら)は、前代未聞の豪華本「マルメロ草紙」の制作の舞台裏を撮影するに至った経緯について明かしてくれた浦谷監督。

 いきなり行くことになった打ち合わせ初日のことも振り返ってくれたが、あの現場に立ち合って何を感じていただろうか?

「橋本さんのことは知っていたので、まあ、初日の打ち合わせであっても、杓子定規な挨拶で終わるわけはない。

 そうは思っていました。なにか起こるだろうと。

 ただ、それにしても初日からちょっと想像もしていない爆弾発言が飛び出たなと思いました。

 橋本さんと岡田さんの話を聞いていると、ふつうの挿絵本の話しじゃないんですよね。別次元のところに行ってしまっている。

 ふつうに考えたら、小説があって、それに沿った挿絵を組み込んだ本か、絵本や絵巻物のように絵があってそれに説明の文章がある本か、その2択なんですよ。

 でも、二人は、文章と絵が五分五分でがっぷり四つに組んでせめぎ合っている本を作りたいという主旨の意見なんです。

 どこからどこまでが文字でどこからどこまでが絵なのかわからないようなものを作りたいと言っている。

 橋本さんは文字なんてなくてもいいとまで言い切っている。

 しかも冗談ではなくて、橋本さんも岡田さんも本気でそう言っている。

 これはちょっとすごいことが起きるんじゃないかと思いました」

『狂熱のふたり~豪華本「マルメロ草紙」はこうして生まれた~』より
『狂熱のふたり~豪華本「マルメロ草紙」はこうして生まれた~』より

いろいろなことが重なって僕だったということじゃないですかね

 そのような場に、編集者の刈部氏の誘いがあったとはいえ、メイキングの名手であった浦谷監督が現場に入ることになった。

 そのこともなにか単なる偶然ではない、ひとつの奇跡と言うか運命めいたものを感じてしまうが?

「そのあたりはどうなんでしょう。

 ただ、とんでもないことが起こることは予想されたから、刈谷さんとしても事情がわかっている人間でないと頼めないところはあったかもしれない。

 あと、振り返ってみると、撮影については橋本さんの意向もあったのかなと思いますね。

 というのも、刈部さんと同様に橋本さんも僕のメイキング・ドキュメンタリーのことを良く分かっていたんです。

 伊丹十三監督に頼まれて、映画『たんぽぽ』のメイキング(『「タンポポ」撮影日記』)を手掛けたことから、次々とメイキングの依頼を受けるようになったとお話をしましたけど……。

 前段として、なんで伊丹監督から依頼を受けたかというと、その前に、菅原文太さんのドキュメンタリーを撮ったんです。

 僕は東映のチャンバラ映画が大好きで、東映のスターの遍歴もずっとみてきていた。

 その中で、『仁義なき戦い』などのヒットで、菅原文太さんが頭角を現してきて、これはとんでもないスターだから撮りたいと思ったんです。

 それで、運よく深作欣二監督が『県警対組織暴力』(1975年)を京都撮影所で撮るときにその現場に入ることができた。

 その菅原文太さんのドキュメンタリーを、伊丹十三監督がたまたまテレビで見て、こんなに笑えるドキュメンタリーを作るのは、テレビマンユニオンに違いないと思ってみていたら、僕の名前と撮影で佐藤利明さんの名がクレジットで出てきた。

 それで、菅原文太さんのドキュメンタリーのようなメイキングを作ってほしいということで、わたしに打診してきたんです。

 で、これはほかの媒体でも言っているんですけど、その言葉を受けたわたしはちょっと生意気に聞こえるかもしれませんが『本体よりおもしろいものを作ってしまいがちなんですがいいですか?』と伊丹監督に言ったんです。

 すると、伊丹監督は『いいよ。フィクションとノンフィクションは狙いが違う。だから、逆に言うと面白くなければ(映画にとっても)困るんだ』と言ったんですよね。

 これが言える人ってなかなかいないと思います。

 そこで、伊丹監督からの依頼を受けて、『「タンポポ」撮影日記』を完成させたのですが、このメイキングはテレビ批評家にもある種を絶賛されて、ひとつのプロトタイプになるだろうと言われたら、ほんとうにその後、映画などの現場のメイキング映像が世の中に浸透していくきっかけになったんです。

 そして、僕のもとには次々とメイキングの仕事の依頼が入るようになった。

 スタジオ・ジブリもメイキングの得意な人を探していたらわたしの名が出て。気づいたら日本テレビに呼ばれて鈴木敏夫プロデューサーと打ち合わせすることになるわけです(笑)。

 この僕の一連のメイキングの仕事を、刈部さんも、橋本さんも見ていて知っていたんです。

 だから、僕ならなんとかするだろうと思ったんじゃないかと思います。

 しかも、『マルメロ草紙』の背景にあるエコール・ド・パリのことも知っている。

 加えて、橋本治という人物が作家という枠組み収まらない、作家なのに『文字なんか読めなくてもいい』と言い出しかねないことも知っている。

 そういういろいろなことが重なって僕だったということじゃないですかね」

(※第三回に続く)

【『狂熱のふたり~』浦谷年良監督インタビュー第一回】

『狂熱のふたり~豪華本「マルメロ草紙」はこうして生まれた~』ポスタービジュアル
『狂熱のふたり~豪華本「マルメロ草紙」はこうして生まれた~』ポスタービジュアル

『狂熱のふたり~豪華本「マルメロ草紙」はこうして生まれた~』

監督・撮影・編集:浦谷年良

企画:刈部謙一 製作:杉田浩光

出演:橋本治、岡田嘉夫、中島かほるほか

ナレーション:木村匡也  

プロデューサー:杉本友昭 共同プロデューサー:渡辺誠

ポレポレ東中野ほか全国順次公開中

公式サイト kyounestu-movie.jp

筆者撮影以外の写真はすべて(C)テレビマンユニオン

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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