環境法「改悪」の裏で進むこと
先の通常国会で原発事故に絡み「環境法」が改定された。
といってもご存じの方はめったにいないだろう。知っている人たちの多くは改正ではなく「改悪」だと叫んでいる。
結論から言ってしまうと、現状として身の回りの何かが大きく変わることはない。だが、法の運用次第では震災がれきの広域処理以上の大きな混乱が起こりうる。もっと広く、深く議論されておかしくない問題だ。
「不意打ち」で国会可決
法案は4月に閣議決定され、5月に衆議院を通過、6月中旬に参議院に回された。法案名は「放射性物質による環境の汚染の防止のための関係法律の整備に関する法律案」。
中央環境審議会への諮問やパブリックコメントなどの手続きは一切なく、環境団体も参院環境委員会の審議入りで気づく「不意打ち」状態のまま、6月17日に可決・成立した。
大気や水、土壌などの環境汚染物質は、環境基本法の下にある12の関係法令で規制されてきた。唯一、例外だったのが放射性物質とその汚染物。福島第一原発事故以前は、原子力関連施設や医療機関などを超えて、一般環境中に大量の放射性物質が放出されることは「想定外」で、その扱いは原子炉等規制法などに限られていたからだ。
環境法から放射性物質を例外扱いする「適用除外」の規定を削除し、広域的な放射能汚染に対処する法律を整備する。それが改定のそもそもの狙いだ。しかし、その裏で「地方の役割が削られ、国の権限が強化されようとしている」と、震災がれきの広域処理などに反対してきた市民団体「3・26政府交渉ネット」事務局の藤原寿和さんは指摘する。
自治体の権限奪う?
大気汚染防止法ではこれまで、都道府県知事に大気汚染の常時監視と結果の公表義務があった。これが今回の法改定で、都道府県知事に対してはあらためて放射性物質を扱わなくてよいとする「適用除外」を当てはめる一方、大気中の放射性物質の常時監視と公表は「環境大臣」が行うという項目が加えられた。
最悪の事態を想定してみよう。
再稼働したばかりの西日本の原発に、大地震と大津波が襲いかかる。メルトダウンした原子炉で発生した放射性物質が、フィルターベントの壊れた排気筒から直接、外気へ。
周辺の大気汚染測定所で、一斉に放射線量が上昇した。自治体は避難のためにデータを集約して住民に伝えようとする。が、上から「待った」がかかる。「放射性物質の監視と公開は環境大臣の義務だ。自治体は独自に公開しないように」-。
環境省は「あまりにもうがった見方。今回の法改正は都道府県のデータを国がもらうための法的根拠を整備するためで、われわれが自治体にあれこれ口を出すつもりはない」(水・大気環境局)と反論する。しかし、うがった見方をせずにいられないのは、がれきの広域処理で当の環境省にさんざん振り回された地方の立場からすれば当然ではないか。
改定法ではひたすら自治体の役割の制限と国の権限強化を確認しているだけで、その歯止めが考えられていない。
現場を見てみよう。
筆者の住む愛知県では名古屋市内の「県環境調査センター」で大気中の放射性物質が常時監視されている。7階建て庁舎の屋上にある小さな放射線モニタリングポストは国の委託で設置、運用。チェルノブイリやスリーマイルの事故以前からあり、観測結果は年に1回の公表程度だったが、福島の事故以降は国の指示で10分ごとの記録をリアルタイムで公開するようになった。
委託経費の交付金の出所は旧科技庁、文科省を経て、発足間もない原子力規制委員会に移された。同委員会の上部組織である環境省が権限も予算も握った格好だ。
「ここまで続いてきた観測をやめることはないでしょうが、あくまで国の委託でやっていることなので、何か指示があれば従わざるを得ない。今回の法改正で具体的な通達などは今のところありません。どうするつもりなのかは、さあ…」とセンターの担当者は言葉を濁す。
12の環境関連法のうち、先の国会で改定されたのは大気汚染防止法をはじめ水質汚濁防止法、環境影響評価法、南極地域の環境の保護に関する法律の4つ。その他の廃棄物処理法や土壌汚染対策法などは、特別措置法で行われている除染の進み具合などを見据えて順次変えられていく方針だという。
じわじわと、隅々にまで広がっていく「監視」の目。それにほとんどの国民が気づかないということほど、恐ろしいことはない。