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『罠の戦争』草彅剛が見せてきた、耐える・怒る・挑む男の「強度」

碓井広義メディア文化評論家
『罠の戦争』鷲津亨を演じる草彅剛さん(番組サイトより)

草彅剛主演『罠の戦争』(関西テレビ制作・フジテレビ系)の勢いが増しています。

息子が歩道橋から突き落とされた事件の真相を求めて、鷲津亨(草彅)の動きがよりヒートアップしているからです。

大きな権力と戦うために、自身も力を持つべきと考えた鷲津は、大臣秘書から衆議院議員へと転身。

復讐の対象も、大臣の犬飼(本田博太郎)から幹事長の鶴巻(岸部一徳)へと移りました。

毎回、草彅さんの力演が見所となっています。耐える、怒る、そして挑む男の姿です。

その表現力は、これまで真摯に作品と向き合ってきたからこそのものだと言っていいでしょう。

『いいひと。』から「僕シリーズ」へ

思えば、草彅さんの演技に注目したのは、1997年のドラマ『いいひと。』(同)でした。

その後、2003年から06年にかけて放送された、『僕の生きる道』『僕と彼女と彼女の生きる道』『僕の歩く道』という「僕シリーズ」(同)で、その評価は一気に高まっていきます。

そして15年に登場したのが、『銭の戦争』です。

金も仕事も婚約者も失った男の復讐劇は、それまでの「いいひと」で「いい青年」という草彅さんの役柄のイメージを覆(くつがえ)す挑戦でした。

『銭の戦争』で見せた“執念”

韓国ドラマの面白さは視聴者を油断させないことにあります。

「こうなるぞ」という予測をいい意味で裏切っていくのです。

『銭の戦争』には、そんな韓国ドラマの香りがありました。

それも当然で、原作は韓国の漫画であり、あちらでもドラマ化され大ヒットとなった作品です。

主人公の白石富生(草彅)は外資系のヤリ手証券マンでした。

しかし、町工場を経営していた父親が多額の借金を抱えて自殺したことで人生が一変します。

連帯保証人として金融業者に追われ、会社はクビ。恋人だった資産家令嬢の梢(木村文乃)とも破局。

ホームレスとなった富生は「金を掴(つか)む」ことで復讐を果たそうとするのです。

梢の祖母(ジュディ・オング)が、孫娘と別れることを条件に大金を差し出します。

もちろん富生は突き返す、と思いきや、母親の手術費用が必要になり、引き返して金を受け取りました。

ところが取り立て屋たちに襲われ、金を奪われてしまう。

その後、富生はどんどん転落していくのですが、物語に妙なリアリティーがありました。

一見おだやかで優しそうな草彅さんが演じるからこそ、主人公の執念が際立っていたのです。

『嘘の戦争』で見せた“変身”

17年の『嘘の戦争』もまた復讐劇でした。

30年前に家族を殺された一ノ瀬浩一(草彅)が詐欺師となり、事件の関係者を次々と破滅させていく。

その過程で展開される、浩一の“変身”が見ものでした。

草彅さんが浩一として演じる気弱な失業者も、精悍なパイロットも、いかにもそれらしい。

「他人(ひと)をだますには、まず自分をだますんだ」というセリフなど、まるで草彅さんの演技論のように聞こえました。

事件の黒幕であり、最大の敵でもある実業家(市村正親)。

その長男(安田顕)を取り込み、跡継ぎである次男(藤木直人)の追及をかわし、彼らの妹(山本美月)を凋落させる浩一。

連ドラながら、毎回のエピソードにきちんと決着がつくため、見る側を飽きさせません。

このメリハリは、『銭の戦争』と同様、後藤法子さんの脚本のお手柄でした。

大団円へと向かう『罠の戦争』

後藤さんは今回の『罠の戦争』でも、草彅さんの持ち味を最大限に生かす形でストーリーとセリフを構築しています。

あと数回で迎える大団円。鷲津の復讐はどのようにして達成されるのか。

ホップ、ステップ、ジャンプという感のある、「戦争シリーズ」3作目の結末に注目です。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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