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文科省・教師のバトンプロジェクトは教員募集にはマイナスか? #教師のバトン

妹尾昌俊教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事
文科省・教師のバトンプロジェクトのnoteより

 昨日(3/26)から文部科学省が「教師のバトン」というプロジェクトを始めました。が、これが初日からTwitterでは大荒れのようです。本来、先生たちを応援する、ポジティブな情報を広げるための活動ですが、Twitterなどでは、否定的なつぶやきも数多く寄せられています。

 この記事では、こうした活動に意味はないのか、また、文科省等は今後どうしていけばよいかについて、少し解説、提案したいと思います。

写真はイメージ
写真はイメージ写真:Paylessimages/イメージマート

■広報の充実は小手先のこと?

 そもそも、「教師のバトン」とは、どういう内容でしょうか。文科省のHPによると、次のとおりです。

本プロジェクトは、学校での働き方改革による職場環境の改善やICTの効果的な活用、新しい教育実践など、学校現場で進行中の様々な改革事例やエピソードについて、現職の教師や保護者等がTwitter等のSNSで投稿いただくことにより、全国の学校現場の取組や、日々の教育活動における教師の思いを社会に広く知っていただくとともに、教職を目指す学生・社会人の方々の準備に役立てていただく取組です。

 まず、一文が181文字もあって長いので(「霞が関文学」?)、少々わかりづらいですが・・・、要するに、先生たちのリアルな声やがんばりを教師を目指す方にも広く知ってもらいたい、ということですね。

 ところが、このプロジェクトには賛否両論です。「#教師のバトン」で検索すると、Twitterなどでは手厳しい声が多く、たとえば次のような意見も寄せられています(一部抜粋して引用)。

これから教員になる人を励ますために作られた文科省の企画だろうけど、このタグで検索したらやってける自信を無くした、新卒で4月から教員になる者がここに居ます

#教師のバトン なんて始めるのではなく、教員の待遇改善、業務の明確化、その為の福祉行政の充実、学校への専門家の配置、教員含めた全ての公務員の非正規雇用廃止、学校教職員定数の改善、そして、国民一人ひとりに寄り添った文科省始め全ての省庁、が先ずは必要なのではないかと思う。

私はもう時期、このバトンを捨てます。ずっとなりたかった仕事についたものの、一生続けられる仕事では無い、と思うからです。

何度も言ってますが、教員は素晴らしい仕事なんです。それは間違いない。気持ちよくバトンを引き継ぐための労働環境の改善を是非ともお願いします。免許更新の廃止もお願いします

 さまざまな意見、見方がありますが、否定的な意見の多くは、文科省の取り組みや声がけが小手先で、教員のハード過ぎる勤務環境などの問題の本質に迫ろうとしていない、という思いで発信されています。もっと言えば、「教師の仕事って子どもの成長に関わって、やりがいがあるよね」という押し付けがましいPR、「やりがい搾取」と映ったのだろうと思います。

 また、「文科省はどうして学校現場の大変さを分からないんだ」という思い(怒り、悲しみ)の方も多いのではないでしょうか。

写真はイメージ
写真はイメージ写真:Paylessimages/イメージマート

■広報の強化は、教員人気の復活に逆効果か?

 こうした否定的な意見が多く出るのは、(文科省もある程度は予想していたと思いますが)無理もないことです。コロナ前からも深刻でしたが、コロナ禍もあって、多くの小中高校などの現場は依然として大変ですから。

 イメージでお伝えするなら、次の図のような感じかと思います。これまで、学校の先生については、いわゆるブラック職場であること、また、一部とはいえ、教員のわいせつ事案やいじめ問題の放置など深刻な問題が起き続けていること、保護者等から理不尽なクレームで悩まされていることなど、ネガティブな情報がマスコミやSNSなどで大きく取り上げられてきました。

教師のバトンプロジェクトの実施前後の状況(イメージ図)

筆者作成
筆者作成

 これに対して、「もっとポジティブな情報も出していこう、そうしないと、教員人気は落ちるばかりだよね」というのが、今回のプロジェクトかと思います。たとえば、今月はお子さんが卒業式だった方もいると思いますが(うちもそうです)、先生たちにすごく感謝したいという保護者の声も多くあります。が、少なくとも、この記事の執筆時点の状況を見る限り、むしろ、ネガティブなツイートなども多く出ることになり(図のAfter)、教員募集の点では、文科省の意図とは逆効果になりつつあります。

 実は、わたしは、先月と今月、文科省の幹部や担当者と意見交換しました。そのときお伝えしたことのポイントは次のとおりです。

  • わざわざ労力のかかる教員免許を取ろうとしている学生らは、教師の仕事のよさ、やりがいは分かっていることが多い。
  • ポジティブな情報を出すことはいいことだが、文科省が広報の強化だけ先行させると(あるいはそう見えると)、やりがい搾取など、ネガティブな捉え方が広がりかねない。
  • 教員はほかの職業とちがい、子どもたちにとって、とても身近な仕事。現職の先生たちが健康を害するような心配はなく、生き生きと(ウェルビーイングに)働き、成長していること(学び続けていることなど)が、一番の広報。こうした環境を国、教育委員会、学校、保護者、地域等でつくっていくことが必要。

※関連することは下記の記事にも書いています。

【教員採用の倍率を上げるには?(2)】今いる人たちを大事にすることが一番の広報

 わたしは、このプロジェクトの応援団にもなっているので、中立的に見られているわけではありませんが、おそらく文科省の官僚の多くも、学校の過酷な実態を放置したままで、広報PRさえすればよい、と思っているわけではありません。教師のバトンのnoteのページには次の記述があります。

私たちは、プロジェクトを検討する中で、多くの教職を目指す現役学生や、教職を断念した学生・卒業生と意見交換をしてきました。

「教師の魅力・やりがいはわかっているけれど、報道されているような長時間勤務に耐えられるか不安」

「実習先の学校で見た教師たちが保護者対応や事務作業など、教える以外の業務対応で忙殺されていて 教師になれるか自信をなくした」

彼ら、彼女らからこうした切実な声が寄せられました。

学生の生の声を聞き、私たちは考えました。一部の報道や、実習先など一部の学校の印象で教職を諦めるのはあまりにももったいないし、現職の教師が行っている、全国の学校現場の日常の創意工夫や広がる改革の波について、教職を目指す学生や社会人の方々に対して十分に発信できていないのではないかと。

 この記述を読むかぎり、文科省の認識と、Twitter等での否定的な意見との間には共通点もあることに気づきます。いまの勤務環境のままでいいとは、だれも考えていません。

■文科省に必要な2つのこと

 Twitterで多少荒れたからといって、この取り組みを「反対が多いなら、もうやめた」とするのは、時期尚早だと思います。

 文科省の今後の戦略としては、次の図の右の方向にもっていくことが重要ではないか、と思います。

筆者作成
筆者作成

 いま現在は、左の直後のステータスです。これを右のほうにもっていくという、この図に込めた意図は、2点あります。

 第一に、ネガティブな情報もフェイクニュースでない限り、事実の一部を伝えています。文科省等もすでに認識していることは多いかもしれませんが、改めて、こうしたホンネ、現場からの声を受け止めて、広報以外の政策も含めて、打ち手を講じていくべきです。

 ポジティブな情報がいくら増えても、過重労働などの現実の問題が消えるわけではまったくありません。当たり前ですが。

 ただし、ここ数年、文科省がまったく無策だったわけではありません。次の図の下のほうには、学校や教育委員会から国へ要望があったことに対して、どのような対策を講じてきたかが示されています。

出所)中教審答申(「令和の日本型学校教育」の構築を目指して)関連資料より一部抜粋
出所)中教審答申(「令和の日本型学校教育」の構築を目指して)関連資料より一部抜粋

 たとえば、教師の補助的な業務を行うサポート・スタッフや、部活大会の引率等まで可能な部活動指導員は、地域差、学校差はありますが、ずいぶん増えてきました。休日の部活動の地域移行も積極的に進めていく方針であることなど、5年前くらいまでは想像しにくかったことも並んでいます。

 もちろん、こうした政策ではまだまだ十分ではないことも事実です。教員数について言えば、35人学級になっても、小学校の教員がトイレに行く暇もないくらい忙しいままでは(それだけ教員数がギリギリの人数でやっている)、教員人気復活には向かいません。加えて、学習指導要領で現場の負荷が高まり続けていることなども典型例ですが、上記の対策では踏み込み不足のところにも、切り込んでいく姿勢を文科省には見せてほしいと思います。

 ですが、同時に共有したいのは、Twitterなどで一部の方が強調するほど、文科省がまったく学校現場に寄り添っていないというのは、おそらく事実ではありません

 さまざまな見方や意見があること、多様性は大事にしつつ、互いの認識のギャップに気づき、建設的なアイデアなどももっと交わすことができれば、いい方向に向かいます。

■ポジティブな情報を広げることの意味

 第二に、ポジティブな情報を増やしていくこと自体に意味がないわけではありません。実際、各報道やネット情報はネガティブなほうが注目を集めやすいので、偏るときもあります。

 これは、「エコーチェンバー現象」とも呼ばれます。エコーチェンバーとは音楽録音用のエコー室のことですが、価値観の似た者同士で交流し、共感し合うことで、特定の意見や思想が増幅されてしまうことを指します。TwitterやFacebookなどで自分の意見に近い人の投稿ばかり読んでいると、そうなりやすいです。

 しかし、現実の世界は、学校もそうですが、いいことも、悪いことも様々あります。当たり前の話ですが。日ごろのニュースやツイートでは出てきにくい情報を出して、共有していくことは、様々な情報から吟味していく素材としては、重要です。

 たとえば、なにか先生の対応で、生徒や保護者がちょっと感激した体験などが広がると、「怖い保護者やクレーマーばかりじゃないんだな」と気づけます。

 また、現役の教師にとっても、もちろんTwitter等で日々の窮状を伝えてくださることも価値があると思いますが、同時に、他の人のポジティブな体験や実践事例を知ることは、自身の仕事ぶりや価値観(教育観など)を見つめなおすうえでも、いい素材となります。

 ヤマト運輸でもセールスドライバー(配達員の方)が「感動体験」のシェアをする研修会があるそうです。荷物を届けると、小さな子からお礼にタンポポをもらった、そんなエピソードが語られます。

 これと、運輸業の大変な労働環境を改善することとは別ものであり、両方ともやっていったらいいことです。感動体験のシェアをするのは、自身の仕事の意味を振り返り、見つめなおすことにあり、おそらくモチベーションが高まる人もいると思います。

 つまり、あれかこれかという二分論ではないのです。ポジティブな情報の拡散は、それだけではダメですが、他の政策、打ち手と一緒に進めていけることです。

★妹尾の記事一覧

https://news.yahoo.co.jp/byline/senoomasatoshi/

教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事

徳島県出身。野村総合研究所を経て2016年から独立し、全国各地で学校、教育委員会向けの研修・講演、コンサルティングなどを手がけている。5人の子育て中。学校業務改善アドバイザー(文科省等より委嘱)、中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員、スポーツ庁、文化庁の部活動ガイドライン作成検討会議委員、文科省・校務の情報化の在り方に関する専門家会議委員等を歴任。主な著書に『変わる学校、変わらない学校』、『教師崩壊』、『教師と学校の失敗学:なぜ変化に対応できないのか』、『こうすれば、学校は変わる!「忙しいのは当たり前」への挑戦』、『学校をおもしろくする思考法』等。コンタクト、お気軽にどうぞ。

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