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繰り返される事故 〜業界への「要望」に意味はあるか〜 「足入れ付き浮き輪」の危険性を考える

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
(写真:アフロ)

反響を呼ぶツイート

 2019年8月15日、ある人から「ツイッター上で『足入れ付き浮き輪』が話題になっていますよ」という情報をいただいた。早速そのツイートを見てみると、「Hiro」さんという医療者の方のツイートで、「足入れ付き浮き輪」の危険性について述べられており、この原稿を書いている時点でなんと5万件あまりの「いいね!」が付いている。

 「足入れ付き浮き輪」の危険性は、重心が高くなって転倒しやすいことと、一度ひっくり返ると元に戻りにくいことにある。水中で戻らない状態が5分以上続けば溺死となる可能性が高い。

 このツイートへの大きな反響にも驚いたが、もっとびっくりしたのは、このいわゆる「足入れ付き浮き輪」が現在も販売されていることである。

過去には死亡事故も

 今から10年以上前の2006年、このタイプの浮き輪による重大事故が発生した。死亡事故も報告されている。

◆Injury Alert No.004 「浴槽用浮き輪による溺水

 私はこの情報を消費者庁の前身である内閣府に伝えると同時に、産業技術総合研究所の研究者や日本技術士会登録 子どもの安全研究グループのメンバーと共にこの浮き輪の問題を検証するための実験を行った。同グループはその実験に関する詳細なレポートをグループのホームページに掲載している。また、国民生活センターも独自に実験を行って情報を公表、消費者向けの報告書も出している。

◆日本技術士会登録 子どもの安全研究グループ「浴槽用浮き輪による溺水

◆2007年9月21日「絶対に目を離さないで!浴槽用浮き輪で乳幼児の溺死も!(続報)

◆2007年11月「くらしの危険」No.280

 上記2007年9月21日に公表された記事によると、国民生活センターは同年7月に

・社団法人 日本玩具協会(当時。現在は一般社団法人 日本玩具協会)

・日本空気入ビニール製品工業組合

に対し、下記の要望を提出している。

 

 安全のために考案された構造と思われるものがかえって致命的な要因となっている。商品には裏面に注意表示があるが、その内容は一般的なものであり、浴槽における転覆、溺水の危険性は伝わらない。これらの製品についてSTマークの更新を行わないとの通知が社団法人 日本玩具協会から既に出されているが、現在でも市場にはSTマーク付の商品が流通されており、これらの製品に対する危険性が消費者には伝わっていない。

 以上の点に鑑み、当センターとしては、関係団体および事業者自らが、当該製品の根本的な見直しと消費者への注意喚起を早急に行うことを要望する。

 この要望に対し、日本玩具協会からは「浴槽用浮き輪を製造している企業は7社あり、消費者への注意喚起のために共同で新聞紙上において注意喚起の社告を行う」との回答が、日本空気入ビニール製品工業組合からは「現在浴槽用浮き輪を販売している会社はなく、過去に販売した会社が2社あった。いずれも今後は生産・販売する考えはない。仮に将来販売する場合は製品の見直しとともに社団法人 日本玩具協会と検討している警告表示を目立つように行う。」との回答があった、と記載されている。

 この段階で、日本国内におけるこのタイプの浮き輪の製造販売は中止されたと考えていた。しかし以前に流通していた製品が一掃されたわけではないので、兄弟が使っていたものを使う、あるいはリサイクル品を使う、または輸入品を使うという可能性は残されているが、少なくとも新規の製品が出回ることはないと信じていた。

現在も流通している「足入れ付き浮き輪」

 今回このツイートを目にし、そしてこのツイートに大きな反響があったことを知り、あらためて「足入れ付き浮き輪」の販売状況を調べてみた。するとどうだろう、今でも同じような製品が盛んにネット販売されており、子育て中の保護者向けサイトには「赤ちゃん用浮き輪のおすすめ●●選」という、この浮き輪の使用を推奨するような記事まで掲載されている。10年前の事故も、国民生活センターによる業界団体への「要望」とそれに対する「回答」もすっかり忘れ去られているのである。

 冒頭にも書いたように、この足入れ付き浮き輪は、子どもが入ると重心が高くなって転倒しやすい、一度ひっくり返ると元に戻りにくい、という致命的な欠陥がある。この欠陥が改善されない限り、いくら「目を離さないようにしましょう」「お風呂では使わないようにしましょう」という注意喚起を行っても、溺れ事故の再発を予防することはできない。この製品が必要な期間は数年間であり、子育てをする層は次々と変わっていくので、「足入れ付き浮き輪は溺れにつながる場合がある」という知識は定着しにくいのである。

 また、10年前の「要望」と「回答」がうやむやになっていることを考えると、「要望」などという曖昧な形には意味がないこともまた謙虚に受け止めるべきであろう。死亡事故が起きているような製品は、しっかりとした検証を行い、新たな安全基準を作成するなどして、製造と販売について法的な規制を強める必要がある。今回はすでに検証が終わっているので、早急に新たに安全基準を設け、新たな製品テストに合格した製品のみ市場に出すことを許可する、輸入品についても規制を設ける、といった措置が必要だ。

 いずれにしてもこの問題については早急に対処する必要がある。消費者庁、国民生活センター、業界団体との話し合いの場を持ちたいと考えている。

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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