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“インドの狂虎”タイガー・ジェット・シンの勲章の陰に見えたアントニオ猪木の存在

清野茂樹実況アナウンサー
アントニオ猪木と握手するタイガー・ジェット・シン(写真:日刊スポーツ/アフロ)

元プロレスラーのタイガー・ジェット・シンが今月29日、令和6年春の旭日双光章を受章したニュースが話題である。昭和の時代に“インドの狂虎”と呼ばれた男が80歳になった今、なぜ日本で勲章を授与されることになったのか?その理由や背景を解説する。

悪役を貫いた男

まず、タイガー・ジェット・シンがどんなレスラーだったのか説明しよう。インド系カナダ人で、初来日は1973年。新日本プロレスのリングに上がり、アントニオ猪木のライバルとして活躍した。徹底した悪役を貫き、新宿伊勢丹前で買い物中の猪木を襲撃した事件はあまりにもよく知られている。試合では相手の頸動脈を両手で絞めるコブラクローが得意技で、頭に巻いたターバンと凶器のサーベル(フェンシングで使用するサーブル)がトレードマーク。40年近く活躍し、来日回数は100回近くに上るので、昭和のプロレスファンなら知らない人はいないはずだ。

受章の理由

シンが受章した勲章、旭日双光章とは「国家または公共に対して功労のある人」に贈られるもので、「顕著な功績」を挙げた人が対象となる。令和6年春の受章者は448名。そのうち外国人は22名で、プロレスラーでは過去にザ・デストロイヤー、ミル・マスカラスが受章しているものの、今回特筆すべきは、シンが悪役という点だ。これは、プロレスという世界の特殊性、さらには自分の仕事に徹するプロフェッショナリズムが評価されたことを意味する。また、先に受章した2人と違って、シンは初来日の頃はまったくの無名であり、日本で成功したという点も「顕著な功績」に含まれたと考えてよい。

なぜ今なのか

では、なぜ今、受章したのか。これに関しては「スポーツを通じた日本・カナダ間の友好親善・相互理解の促進に寄与」という受章理由から読み解くことができる。恐らく、かつては日本人のほとんどが、シンをインド人だと思いこんでいたはずだが、近年はカナダ人であること、地元オンタリオ州で学校を設立して慈善活動に力を注ぐ事実が知られるようになったことも関係しているのではないか。しかも、ライバルだった猪木が昨年、同じ旭日章の旭日中綬章を受章している。勲章は猪木が現役中に訴えていた「プロレス市民権」の象徴であり、試合でシンの魅力を最大限に引き出してきた猪木も天国で喜んでいるに違いない。

イメージにぴったりのリングネーム

そして、最後にリングネームの影響も付け加えたい。シンの本名がジャグジット・シン・ハンスであることは今回の受章で明かされた事実である。日本人には馴染みのタイガー・ジェット・シンの名は、英語の発音に倣えば「タイガー・ジート・シン」とするのが正しい。しかし、シンの常軌を逸した暴れっぷりには「ジェット」という言葉がぴったりで、この名がキャラクター形成に大きく寄与した気がしてならない。当時のリングアナウンサー大塚直樹によると、カタカナ表記を「ジェット」としたのは猪木の発案だったそうで、改めて今回の受章には猪木の存在が大きいと感じた次第である。

※文中敬称略

※参考記事:「本当に狂ってる」と言われたタイガー・ジェット・シンが慈善活動を続ける理由

実況アナウンサー

実況アナウンサー。1973年神戸市生まれ。プロレス、総合格闘技、大相撲などで活躍。2015年にはアナウンス史上初めて、新日本プロレス、WWE、UFCの世界3大メジャー団体の実況を制覇。また、ラジオ日本で放送中のレギュラー番組「真夜中のハーリー&レイス」では、アントニオ猪木を筆頭に600人以上にインタビューしている。「コブラツイストに愛をこめて」「1000のプロレスレコードを持つ男」「もえプロ♡」シリーズなどプロレスに関する著作も多い。2018年には早稲田大学大学院でジャーナリズム修士号を取得。

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