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なぜ『ワイドナショー』の松本人志は忖度なしで何でも話せるのか?

ラリー遠田作家・お笑い評論家

2020年11月12日発売の『週刊文春』で、歌手でタレントの近藤真彦が年下の女性社長と「不倫ゴルフ旅行」をしていたことが報じられたことがあった。大物芸能人の不倫ネタという格好の題材であるにもかかわらず、ワイドショーやスポーツ紙などの大手メディアはこれに対して後追い報道を一切していなかった。

この空気を打ち破ったのが、同年11月15日放送の『ワイドナショー』(フジテレビ)に出演したダウンタウンの松本人志である。松本は、この話題についてほかの番組が一切触れないのが不自然であると主張。そうやって大手メディアがスルーすることによって、ひいては近藤の所属事務所であるジャニーズ事務所が悪いイメージを付けられて損をしているのではないか、と語った。

『ワイドナショー』は生放送ではないため、制作者は松本のこの発言をカットしようと思えばカットすることもできたはずだ。これをカットせずに流したのは英断であり、そこに作り手の葛藤と覚悟が垣間見えた。

この番組では、出演者が話しているテーマを画面端に常に表示しているのだが、近藤の話題のときだけは何も表示されていなかった。ここにも制作者と松本の間のギリギリのせめぎ合いを感じることができた。

松本が近藤真彦の話にこだわった理由

松本はこの話題に触れるとき、自分は近藤のこともジャニーズ事務所のことも嫌いではない、とわざわざ断りを入れていた。それでも彼がこの話をしたかった背景には、すでに収録済みでオンエアを控えた『ダウンタウンなう』(フジテレビ)で、近藤がゲストとして出演していたことがあるのだという。

その番組は不倫報道が出る前に収録されたため、松本含む出演者はそのことに一切触れていなかった。それが今後放送されるときに、そのことを突っ込んでいないことに違和感を持たれたくない、という気持ちがあったのだ。

その後、17日未明にジャニーズ事務所は公式サイトにて、近藤に無期限の芸能活動自粛処分を下したことを発表した。これを受けて、各局のワイドショーも一斉にこのニュースを取り上げた。

テレビ局と大手芸能事務所が「そういう関係」であるのは周知の事実だが、今回はあまりにも露骨な対応だった。そんな中で、松本だけが何ものにもとらわれずに自らの思いを語っていた。

視聴者にとって「気持ち悪い」ことはしたくない

ここで改めて考えたいのは、なぜ松本はそこまでこの話をしたかったのか、ということだ。その理由は、松本が常に受け手のことを考えてエンターテインメントを発信し続けてきた人間だからだ。

例えば、年末特番の『笑ってはいけない』シリーズの中で、松本はココリコ、月亭方正といった後輩芸人と共に、笑うと尻を叩かれるという過酷な設定の長時間ロケに挑んできた。

松本ほどのキャリアと実績があれば、自らをからだを張る必要はない。尻を叩かれる役目は後輩芸人に任せて、自分は高みの見物を決め込んでも良さそうなものだ。だが、彼はそれをしない。なぜなら、視聴者目線で見たとき、その方が「気持ち悪くない」からだ。

普段は上の立場にいる松本が、この特番のときだけは人一倍多く笑ってしまい、尻を叩かれ、惨めな姿をさらけ出す。それが娯楽として優れているということをわかっているからこそ、彼はそこに出続けるのだ。

松本はかつて「笑いは笑う人間がいないと成立しない」と語っていたことがある。笑いは「わかる人だけわかればいい」という芸術のようなものではない。「笑い」という具体的な結果を目的とするからこそ、観客に理解してもらわなければ意味がない。

笑いを生業として、誰よりも笑いについて考えてきた松本は、誰よりも観客のことを考えてきた人間でもある。見る側が「気持ち悪い」「不自然だ」と思うようなことはできる限り排除したい。不自然さや違和感は人が楽しむための妨げになるからだ。

『ワイドナショー』で松本が近藤の話題を持ち出したのは、彼の徹底した顧客志向の表れである。見る側のことを第一に考えて上質のサービスを提供する松本は、芸能界随一の「おもてなし」の達人なのだ。

作家・お笑い評論家

テレビ番組制作会社勤務を経て作家・お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など、多岐にわたる活動を行う。主な著書に『松本人志とお笑いとテレビ』(中公新書ラクレ)、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと『めちゃイケ』の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)、『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)、『M-1戦国史』(メディアファクトリー新書)がある。マンガ『イロモンガール』(白泉社)では原作を担当した。

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