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台風15号「東京湾台風」と呼んだらどうだろう

森田正光気象解説者/気象予報士/ウェザーマップ会長
台風15号をとらえた気象衛星画像(2019年9月8日16時)提供=ウェザーマップ

気象災害の命名

 気象庁は大きな気象災害について命名します。最近で言えば「平成30年7月豪雨」や「平成29年九州北部豪雨」などがあります。台風についても過去、「伊勢湾台風」など8つの名前が付けられていますが、昭和52年の「沖永良部台風」以降は付けられていません。

 では台風災害が無くなったかというと、そんなことはありません。人的被害は確かに少なくなりましたが、社会的インフラの整備によって、逆に経済的被害は大きくなっています。

 今回の台風15号も、交通機関への影響や停電などによる経済的損失は、莫大なものになるでしょう。そうした観点から、台風被害や大雪被害など、経済的・社会的視点からも大きな影響を与えた気象災害は、気象庁の命名基準とは別に、一般レベルで名前を残して記憶にとどめる事が防災に役立つのではと考えています。

気象庁命名台風(気象庁資料より著者作成)
気象庁命名台風(気象庁資料より著者作成)

今回の台風は東京湾を北上した

 今回の台風の発生は9月4日にさかのぼります。

 小笠原諸島の南鳥島近海で熱帯低気圧が発生し、この熱帯低気圧がその後発達し5日の15時に台風15号となりました。

 この台風は発生当初から本州に上陸するとの予想が出ていました。もう少し正確に言うと、発生の数日前から広い範囲を計算するコンピュータ解析では、今回の台風のおおまかな傾向を示していました。

台風15号が発生した当時の台風進路予想図(9月5日15時)※過去の進路予想図です 提供=ウェザーマップ
台風15号が発生した当時の台風進路予想図(9月5日15時)※過去の進路予想図です 提供=ウェザーマップ

 また今年は日本近海の海水温が平年より2度ほど高く、台風の通過海域は27度から30度以上もありました。したがって台風は北上とともに衰えるどころか、むしろ強まって上陸時の気圧は960ヘクトパスカルと、戦後最強クラスの台風となったわけです。

 今回の台風の特徴はいくつかありますが、際立っているのは「豆台風」であったということです。

 「豆台風」は暴風の吹く範囲は狭いのですが(15号は半径90キロ)逆に中心付近は猛烈な風が急に吹くので、昔から危険な台風と認識されていました。ただ、「豆」という表現が警戒心を弱めるとの事で、気象庁は使用を控えるようになっています。

 今回も台風が来るまでは穏やかで、本当に台風が来るのかとの感もありましたが、結果として首都圏では記録的な暴風が吹きました。

 もう一つの特徴は東京湾を北上し、千葉市付近に上陸したということです。

9日午前4時50分の雨雲の様子。台風15号は9日午前5時前に千葉市付近に上陸した。提供=ウェザーマップ
9日午前4時50分の雨雲の様子。台風15号は9日午前5時前に千葉市付近に上陸した。提供=ウェザーマップ

 台風は水蒸気の補給が得られない陸地を嫌って海を進むというのは昔からよく言われています。今年8月の台風10号も、豊後水道から瀬戸内海を経て、陸地を避けるようにして広島県呉市付近に上陸しました。

 ただ台風のスケール(約700キロ)からすると、東京湾の大きさは数十キロなので、本当に東京湾が台風の進路に影響を与えていたかどうかは分かりません。なぜ東京湾を北上したのか、今後の研究を待ちたいところです。

台風に「ニックネーム」を

 もともと台風に名前が付いているのは、太平洋戦争の時代、米軍がハリケーンや台風に女性名のニックネームを付けていたのが始まりと言われています。一説には気象担当者が、自分の妻や恋人の名前を付けて呼んでいたといいますが定かではありません。

 その後、1970年代にウーマンリブ運動が盛んになり、女性の名前だけというのはおかしいとの批判を受けて、男女交互に名前が付けられるようになりました。

 そうした歴史を踏まえ、米国とアジア各国で構成された台風委員会が2000年から新たに台風に呼び名を付けることになりました。各国が持ち寄った名前は全部で140ほどあり、もちろん日本が付けた名前もあります。(日本は星座名を使用)

 ちなみに今回の台風15号の国際名はラオス語で女性の名前である「ファクサイ」です。

 ところで、この国際名は日本ではほとんど通用していません。名前の意味がわからないので、馴染もうにも馴染みようがないし、台風○○号と言ったほうが日本では分かりやすいからです。

 しかし各国が名前を付けようと思うのは、ニックネームを付けたほうが防災上効果があると、考えているからです。

 実際、2013年11月にフィリピンに上陸し甚大な被害をもたらした「ハイエン」のように顕著な災害台風は多くの人が名前を知っています。

 そこで話を元に戻しますが、日本では災害台風の命名が沖永良部台風(昭和52年)以来、付けられていません。この間、昔に比べれば台風による大きな人的災害が無かったという事なのかもしれませんが、経済的に大きな影響を受けたものは数多くあります。

 一例を言えば平成3年(1991年)の台風19号でしょうか。この台風は収穫前のリンゴを大量に落果させ、誰言うともなく「リンゴ台風」と呼ばれています。

 また最近では、昨年(2018年)の台風21号でしょう。関西国際空港との連絡橋に風に流されたタンカーが衝突し、関空閉鎖という異常事態になりました。この台風も「関空台風」と呼んだほうが、いつまでも世の人々の記憶に残り防災上のメリットがあるでしょう。

 気象庁の命名基準は色々あるのでしょうが、それとは別に一般人は、そのときの状況を記憶にとどめるために台風や災害に、気象庁とは別のニックネームを付けたほうがいいと思うのです。

 その意味で、今回の台風は「東京湾台風」として、私は記憶に残そうと考えています。

【参考資料】

気象庁命名台風(出典=気象庁ホームページ「気象庁が名称を定めた気象・地震・火山現象一覧」

台風15号が上陸か、昔で言えば急に風雨が強くなる「豆台風」(2019年9月8日、饒村曜氏)

未曾有の台風30号、フィリピン直撃(2013年11月8日、森田正光)

史上最強スーパー台風「ハイエン」フィリピン上陸から5年(2018年11月8日、森さやか氏)

気象解説者/気象予報士/ウェザーマップ会長

1950年名古屋市生まれ。日本気象協会に入り、東海本部、東京本部勤務を経て41歳で独立、フリーのお天気キャスターとなる。1992年、民間気象会社ウェザーマップを設立。テレビやラジオでの気象解説のほか講演活動、執筆などを行っている。天気と社会現象の関わりについて、見聞きしたこと、思うことを述べていきたい。2017年8月『天気のしくみ ―雲のでき方からオーロラの正体まで― 』(共立出版)という本を出版しました。

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