台風15号から3か月:森林環境税を使って流域単位の森林管理を
倒木による電源喪失をもたらした台風15号
2019年秋は台風の影響による災害が多かった。コンパクトだが強風をもたらした台風15号、勢力強大で暴風圏も広い台風19号、低気圧を刺激し大雨をもたらした台風21号・・・災害の記憶は上書きされ、台風15号による被害の記憶が薄れているという人もいるかもしれない。
ちょうど3か月前、9月9日に関東地方に上陸した台風15号は、千葉市付近に上陸したときの勢力が、中心気圧960ヘクトパスカル、最大風速40メートル/秒の「強い」勢力だった。日本近海に広がっていた、30度以上の海水温の高い海域から、エネルギーを吸い上げて勢力を強めた。
この台風は東京湾を北上した。台風は「水蒸気の補給が得られない陸地を嫌って海を進む」と昔から言われるが、東京湾を北上するのは珍しい。台風に吹き込む風は反時計回りで、進行方向の右側で強くなる。
結果として千葉に風による甚大な被害をもたらした。倒れた送電塔2本、電柱84本、電柱約2000本。これによって長期間にわたり電気が失われた。千葉県東部の山武市では一時、総戸数の約6割が電気を失った。
現代社会において、電気はあらゆるインフラを下支えしている。水道もそうだ。浄水場を動かすのも、ポンプで水を送るのも電気である。電気を失い、断水は長期化した。自前の井戸をもつ家庭でも、汲み上げポンプが動かなくなった。
当初、悪者扱いされたのが特産の山武杉だった。
山武杉は材としての強度が高く、江戸時代から人気が高い。地元の職人の中にはいまだに「山武杉以外は使う気にならない」と言う人もいる。それが一転して悪者になり、伐採案が広がった。
林業の専門家は、道路沿いや電線・電柱の近くにあり、強風で倒れるリスクの高い木について、「関係機関が連携して除去すべき」と指摘。SNSでも「接道5メートル以内の高木は伐採すべき」というコメントが多数シェアされた。
同時に指摘されたのが、山武杉の病気・溝腐病(みぞぐされびょう)である。これは杉にとって深刻な病気で、植栽後20年程度で、幹の中心部に「黒く腐ったような」溝が現れる。地元の人の中には「千葉の杉の3分の2が溝腐病」と言う人もいた。
個人的には「千葉県全域に溝腐病の山武杉は一定量あるものの倒木の主因ではなく、これまでの手入れ不足が露呈したのではないか」と考えた。
林のなかに台風による風が入りやすかったことが原因
被害の大きかった鋸南町、君津市、千葉市などを自伐型林業協会の中島建造さんらと回った。
自伐型林業とは、採算性と環境保全を両立させる持続的な森林経営だ。小規模なので「ファミリー林業」とも呼ばれ、山林を活用する「地方創生の鍵」と期待されている。
現場を見た中島さんの考えは、これまで聞いていた情報とはまったく違った。
「林のなかに台風による風が入りやすかったことが原因だろう」
現場を歩くと、強度に間伐(木を切ってまばらにすること)され、林内には木がまばらになっていた。
1950年代、それまであった広葉樹の森を伐採したり、畑を潰したりし、資材として利用しやすいスギやヒノキがさかんに植えられた。最初、1ヘクタール(100メートル×100メートル)の林地に3000~4000本もの苗木が植えられた。
苗木はほぼ同じ早さで成長する。だが、狭い土地にすし詰め状態では、すぐに枝葉が重なりあって地面まで日光が届かなくなる。土の栄養もすべての木には行き渡らない。大きく育てるには、適当な間隔で木を伐採しなくてはならない。
これを間伐という。
薪をエネルギーとし、木材需要があるうちは、間伐材はすべて高値で取引されたが、家庭でも石油・石炭・電気を使用するようになり、また、1960年半ばに木材の輸入がはじまると、国産の木材は安い外国産の木材との価格競争で敗れた。さらに新建材(石膏ボードや合板をつかった工業製品)も出回るようになると国産の木材の需要は減り、次第に間伐も行われなくなった。
間伐は大事だ。
だが、間伐しすぎはよくない。皆伐(森林を一定の面積で全部切ってしまうこと)はなおさらだ。
道路の拡幅など林の縁にある木が切られていたり、太陽光発電で一定の面積が乱暴に切られていたりする箇所がいくつもあった。
適切な施業が行われていなかったのだ。
これらの理由で林内に風が入り込みやすく、大量の倒木が発生した。
「溝腐病も倒木の1つの要因ではある。だが主ではないだろう。溝腐病が発生しても樹木の密度が適正に保たれている山林は、私が見る限り、ほとんど被害を受けていない。(間伐などの手入れが行われていない)未整備林が心配されていたが、現場ではほとんど被害を受けていなかった。未整備林は面積当たりの本数が多いため林内に風が入りにくいからだろう」(中島さん)
倒木の原因は、木が不健康になる環境をつくってしまったこと
吹きさらしの平野でも、ほとんど倒木のない箇所もあれば、壊滅的な幹折れや倒木が発生した箇所もあった。
高田宏臣(高田造園設計事務所代表)さんに千葉市内を案内してもらった。
高田さんは、「倒木の原因は、木が不健康になる環境をつくってしまったことにある」と人間の問題を強調した。
「溝腐病は、手入れされず放置されたことに問題がある。山武杉は幹をよじりながらねじれて成長するときに樹皮を巻き込む。健康な状態であれば、ねじれた部分が一体化するが、不健康な状態の場合、樹皮を巻き込んだ部分がくっつかず、腐りはじめる」(高田さん)
「幹折れは、幹の太さに対して樹高を伸ばし過ぎてバランスを崩したり、傷んで樹液の流れが滞って幹が乾燥したり、柔軟性を失った不健康な木に発生する。だから不健康な森林を作ってしまったことを反省するところからはじめるべきだ」(高田さん)
樹木は多少の倒木や幹折れが発生しても、地域に点在することで、風の猛威を大きく緩和する。千葉県内を見渡すと、海風が吹き込む海沿いに比べ、内陸のほうが家屋の屋根や電柱、送電線などの被害が少なかった。
これは樹林が点在することで風速が大きく緩和されたためだ。
道路拡幅や風倒予防対策で、風や日照を受け止めてきた境界木が伐採されると、放置人工林は急に乾燥し、台風によって壊滅的なまでの幹折れにつながってしまう。
森林の適切な手入れはできるのか
千葉の停電はさまざまな課題を社会に提示した。
停電の長期化に伴い、電線の地中化や設備の多重化を進めるべきとの主張も強くなった。
しかし、それには多大なコストを伴うし、いくらコストをかけても、リスクがゼロになることはない。
さらにいえば、電力設備の強靱化だけを考えればよいわけではない。まちがこれからどうやって存続していくかを考えるべきだ。長期的に考えれば、停電が長期化している山間部は、人口減少が急速に進む。送配電線への投資回収はより困難になることが確実だ。
そうした地域では今後、小水力、太陽光、風力、地下水熱など、「小規模分散型」の再生可能エネルギーと蓄電設備でやりくりし、いざという場合には、大型バッテリーを積んだ電気自動車が駆けつけるというしくみに移行したほうが、低コストでレジリエンスが高い。
豪雨災害、猛暑、台風被害は今後ますます激しくなるだろう。
林業というのは木を切って儲ける産業だが、切り過ぎれば災害が発生する。適切な施業が必要だ。
2017年の福岡県朝倉の豪雨災害では、皆伐地や作業道で崩壊が確認されている。皆伐が全国各地に広がれば朝倉の悲劇が各地に広がるということだ。また、川下での都市用水、農業用水の深刻な不足と質の低下も予測される。水源から蛇口、排水口から川までに意識を巡らせ地域への関心を高めることが持続可能なまちづくり、インフラ整備につながる。
森を守れれば幾分かはその災害は軽減できるだろう。だが、人材不足、技術不足、資金不足により、仮に災害がこれ以上起きないとしても、森や林が健全な状態で維持できる可能性は低い。山の災害は、台風や豪雨に襲われた時の急性的な被害だけではない。慢性的な被害もある。何年もかけて根が腐り、土が緩み、雨の翌日に突如崩れる。
森林環境税で流域内の森林を保全する
政府の大きな方針は林業の成長産業化だ。確かに稼ぐ産業としての林業がないと地域は疲弊し、山は崩れていく。
しかし、その方法は地域ごとに工夫を凝らしたやり方で行われるべきだ。そのノウハウを再結集することが急務である。
せめて植林して、木の根の踏ん張りを期待し、崩れにくくしたい。しかし、斜面安定のために、根をしっかり広げて山が崩れるのを防ぐ力の強い樹種を植えたくても、国の決まりで補助金は使えない。補助金は林業で儲けるためのもの。植林できる木の種類は限定されており、細かな根のネットワークを作ってくれる低木は入っていない。儲ける林業には細い木は不要だからだ。
森林は儲ける林業だけのものではない。観光、防災、生態系保全の面もあるが、それらは無視されている。
気候変動と森林の関係は以下の動画にまとめた。
今年から、森林環境税・譲与税が導入されている。
森林環境税は2024年度から住民税に年に1000円加算される。現在、個人住民税の納税者は6200万人だから、年間620億円の税収となる。なぜ2024年度からかと言えば、復興特別税の徴収終了後に導入されるからだ。東日本大震災の復興増税の一環として納めていた1000円が目的を変えて継続徴収される。
一方、市町村、都道府県に分配する森林環境譲与税は今年から開始されている。森林環境税の徴収が始まる2024年度までの5年間は借入金で賄われる。
分配方法は自治体の森林面積、林業従業者数に応じて決まり、森林整備、間伐、林業に携わる人材の育成、公共建築物への木材利用促進などに使われるとされる。基本的に使用方法は各自治体に任されており、使途は公開される。
だが、森林のない自治体では、この税を「どのように活用していいかわからない」という声も聞く。林野庁には「市長の車(公用車)を買ってもいいか」という問い合わせもあったというから呆れる。
だが、各市町村が所属する「流域」という範囲に広げれば使い道は明確だ。
上流域の森林の保全をすることで、自分たちの水源を守り、災害を緩和することができる。台風19号の際には、洪水の原因として、森林の保水力の低下が指摘された。
水源の森づくりを流域内の自治体で共同で行ったり、住民が参加しての植林・育林活動を実施することもできる。森林環境税は自治体が木材を使うことにも使えるが、その木材は流域内の適切な施業によって得られた木にすべきだ。