トルコ占領下のシリア北部でイスラーム教の預言者ムハンマドの挿絵入りの教材が配布され、住民の怒りが爆発
トルコ軍が駐留し、実質的な占領下にあるシリア北部で11月下旬、住民が怒りを爆発させる事件が起きた。イスラーム教の教祖である預言者ムハンマドを侮辱するような内容を含む教材が配布されたのである。
トルコ占領地
トルコはこれまで、4度にわたってシリア北部で侵攻作戦を実施してきた。2016年8月から2017年3月にかけての「ユーフラテスの盾」作戦、2018年1月から3月にかけての「オリーブの枝」作戦、2019年10月の「平和の泉」作戦、そして2020年2月から3月にかけての「春の盾」作戦である。
このうち「ユーフラテスの盾」、「オリーブの枝」、「平和の泉」の三つの作戦は、クルディスタン労働者党(PKK)の系譜を汲む民主統一党(PYD)、その民兵組織である人民防衛隊(YPG)、同隊を主体とする武装連合体のシリア民主軍といった「分離主義テロリスト」の脅威を排除することを主な目的とした。その結果、トルコはアレッポ県北部のジャラーブルス市、バーブ市、アアザーズ市、ラーイー村、カッバースィーン村一帯(いわゆる「ユーフラテスの盾」地域)、同県北西部のアフリーン市一帯(いわゆる「オリーブの枝」地域)、そしてラッカ県北部のタッル・アブヤド市一帯、ハサカ県北西部のラアス・アイン市一帯(いわゆる「平和の泉」地域)を掌握するにいたった。
トルコは、これらの地域に部隊を駐留させるだけでなく、大学、病院などを建設してインフラ整備を進め、トルコ・リラを流通させた。また、反体制派に同地の自治をアウトソーシングしていった。
2010年代前半から半ばにかけて欧米諸国が「シリア国民の唯一の正統な代表」と位置づけたシリア国民連合(正式名はシリア革命反体制派国民連立)の傘下組織である暫定内閣は、本部が設置されているガジアンテップ県からトルコ占領地の自治を遠隔操作した。また、同暫定内閣の国防省の指揮下に置かれているシリア国民軍(通称Turkish-backed Free Syrian Army)は、いわゆる「自由警察」やホワイト・ヘルメットといった組織とともに、占領地の軍事、治安、警察、消防を担った。
これらの組織は、「独裁」であるシリア政府を打倒して、自由、尊厳、民主主義をシリアに打ち立てるとして活動していた。だが、今やトルコに奉仕する傀儡となり、政府支持者だけでなく、シリアの現状に不満を抱く人々からも軽蔑の目で見られている。
預言者を侮辱した教材
事件は、こうしたトルコ占領地、より厳密にいうと「ユーフラテスの盾」地域と呼ばれるアレッポ県北部で起こった。
英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団や、トルコ占領地での人権侵害などをモニターするシリア北部違反センターなどによると、トルコの支援を受ける教育関係のNGOが同地の小学校の1年生用の教材として配布した『預言者伝』に預言者ムハンマドを侮辱するような挿絵が入れられていることが発覚、住民の怒りを買ったのだ。
教本はトルコのNGOのイスティシュラーフ研究調査センター(İstişraf Eğitim ve Araştırma Merkezi)が制作し、暫定内閣の教育省の指定を受けていた。
SNSには問題となった挿絵5点が公開された。
1つ目は「預言者は娘のファーティマを出迎える」と題されたページと題された課の挿絵である。
このページにはこう書かれている。
挿絵の男性は預言者ムハンマド、ヒジャーブをつけずスカートを着た女の子はファーティマに見える。
2つ目は「預言者の母」と題された課の挿絵である。
このページにはこう書かれている。
挿絵の女性は預言者の母、子供は預言者ムハンマドに見える。
3つ目は「預言者とハディージャの結婚」と題された課の挿絵である。
このページにはこう書かれている。
挿絵の洋服姿の新郎新婦、そしてソファに腰かけて子供たちを見つめる男女は預言者ムハンマドと妻のハディージャに見える。
4つ目は「預言者の子供たち」と題された課の挿絵である。
このページにはこう書かれている。
挿絵の男性と子供は預言者ムハンマドとその子供たちに見える。
5つ目は「預言者の家の祭り」と題された課の挿絵である。
このページにはこう書かれている。
挿絵には祭日に腕や脚を露出した女の子が描かれていた。
火消に追われる当局
宗教感情を逆なでされた住民は、各地で教材を回収、路上で焼くなどして抗議の意思を表した。
これに対して、トルコのガジアンテップ県は11月25日に声明を出し「受け入れられない」と非難、印刷にかかわった関係者に対する取り調べを行っていると発表した。
また、暫定内閣教育省も11月25日に声明を出し、教材について「承知していなかった」としたうえで、「教育省が認定している教科書はカタール慈善機構が印刷し、暫定内閣が認定印を押しているが、預言者伝という授業はカリキュラムには存在しない」と主張した。
さらに、教材を制作したイスティシュラーフ研究調査センターは11月26日に声明を出し「意図しない誤り」だったとして謝罪した。
トルコ軍の占領、反体制派への自治のアウトソーシング、NGOによる教材作成…。不統一な無政府状態が教育を劣化させ、住民の宗教感情を逆撫でしているのである。