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新型コロナ:なぜ「男性」のほうが「リスクが高い」のか

石田雅彦科学ジャーナリスト
(提供:イメージマート)

 新型コロナウイルス感染症(新型コロナ)のパンデミックが起きて以来、様々な謎が現れてきたが、その中でも感染や重症化、死亡リスクで男性のほうが女性より高いということがあった。今回、大阪大学の研究グループが、謎の一端を解き明かす研究成果を発表した。

男女差がある理由は

 新型コロナでは、世界的なパンデミックの当初から男性のほうが重症化しやすいとされてきたが(※1)、その理由はなかなかわからなかった。中国では男性のほうが喫煙率が高いことから、喫煙の影響という意見がいくつかだされているが(※2)、実際の所はどうなのか未解明なままだ。

日本でも性別の重症者数はほとんどの年代で男性のほうが多い(2020年9月2日から2023年2月20日までの集計)。厚生労働省「データからわかる─新型コロナウイルス感染症情報─」より。
日本でも性別の重症者数はほとんどの年代で男性のほうが多い(2020年9月2日から2023年2月20日までの集計)。厚生労働省「データからわかる─新型コロナウイルス感染症情報─」より。

 マスサイトメトリー(Mass cytometry)は、2000年代後半に確立された技術で、細胞の標的タンパク質に対し、金属と結合させた抗体の同位体元素によって分析する。最近では、新型コロナの患者さんの免疫抑制などの研究にも使われている(※3)。

なぜ免疫系が暴走するのか

 今回、大阪大学のJames Wing准教授らの研究グループが、免疫細胞を単一の細胞レベルで解析できるこのマスサイトメトリーを使い、新型コロナの患者さんの免疫細胞の状態を詳しく知ることで、なぜ新型コロナで男性のほうが重症化リスクが高いのか、その理由に迫る研究成果を米国の学術雑誌『PNAS』に発表した(※4)。

 我々の免疫系は、新型コロナなどのウイルスや細菌に対抗するだけではなく、自分を攻撃することで感染症を重症化させたりする。新型コロナでも侵入してきたウイルスへの反応としてこうした免疫系の暴走(サイトカインストーム)が起き、重症化につながるとされてきた。

 大阪大学のプレスリリースによると、同研究グループは新型コロナの全ての患者さんで、抗体を作り出すことを適切に調整するために重要なT細胞(リンパ球の一種)である「濾胞性制御性T細胞(Tfr)」が減少していること、そしてこの減少は男性の患者さんでより強いため、女性の患者さんに比べ、抗体を作り出すT細胞や異型B細胞(リンパ球の一種)の数が増え、それが患者さんの身体を攻撃して重症化につながっていることを確認したという。

 免疫系で重要な役割を果たすT細胞には、機能によって分化したサブセットがいくつかある。その中で免疫系を制御する性格を持つものを制御性T細胞(Treg)といい、免疫応答をスタートさせる濾胞性ヘルパーT細胞(Tfh)や今回のような濾胞性制御性T細胞(Tfr)、末梢性ヘルパーT細胞(Tph)などもこうしたサブセットの一種だ。

制御性T細胞の機能に違いが

 濾胞性制御性T細胞(Tfr)は、抗体を作り出すことを抑制し、このT細胞が少なくなると抗体の量は増えるけれど質が低下する。また、末梢性ヘルパーT細胞(Tph)は、感染に素早く反応する異型B細胞を刺激し、異型B細胞は抗体を作り出す形質細胞になるという。

 同研究グループは、すでに先行研究で制御性T細胞のサブセットである濾胞性制御性T細胞(Tfr)のメカニズムと役割、制御性T細胞(Treg)や濾胞性ヘルパーT細胞(Tfh)との関係を明らかにしてきたが(※5)、今回はマスサイトメトリーを使い、これら制御性T細胞の役割を理解することで新型コロナの患者さんの免疫系で何が起きているのか、免疫系の暴走による重症化がなぜ起きるのかを探ろうとしたというわけだ。

 その結果、特に新型コロナの急性感染期で濾胞性制御性T細胞(Tfr)の抗体を産生する調整機能に男性と女性で違いがあり、男性が重症化しやすいという免疫応答に違いがある理由なのではないかということがわかった。また、男性が新型コロナにかかった場合、末梢性ヘルパーT細胞(Tph)とそれに刺激を受けて反応する異型B細胞によって、抗体を作り出す調整機能がおかしくなることが多いようだ。

 同研究グループは、なぜ免疫反応にこうした性差があるのか、そのメカニズムはまだわからないとしつつ、女性ホルモンのエストロゲンが制御性T細胞(Treg)を多く造り出すことが関係しているのかもしれないという。いずれにせよ、男女ともに感染しないに越したことはない。

※1:Takehiro Takahashi, et al., "Sex differences in immune responses that underlie COVID-19 disease outcomes" nature, Vol.588, 315-320, 26, August, 2020

※2-1:Hua Cai, "Sex difference and smoking predisposition in patients with COVID-19" THE LANCET Respiratory Medicine, Vol.8, Issue4, 11, March, 2020

※2-2:Rohin K. Reddy, et al., "The effect of smoking on COVID-19 severity: A systematic review and meta-analysis" Journal of Medical Virology, Vol.93, Issue2, 1045-1056, 4, August, 2020

※3:Wenjing Wang, et al., "High-dimensional immune profiling by mass cytometry revealed immunosuppression and dysfunction of immunity in COVID-19 patients" Cellular & Molecular Immunology, Vol.17, 650-652, 28, April, 2020

※4:Janas Norskov Sondergaard, et al., "A sex-biased imbalance between Tfr, Tph, and atypical B cells determines antibody responses in COVID-19 patients" PNAS, 120(4), e2217902120, 20, January, 2023

※5:James Gadger Wing, et al., "A distinct subpopulation of CD25 negative T-follicular regulatory cells localizes in the germinal centers" PNAS, Vol.114(31), e6400-e6409, 11, July, 2017

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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