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ペーパレス化で誰もが自分の仕事に集中できる世の中へ【副島智子×倉重公太朗】第2回

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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コロナによって在宅勤務を行う会社は劇的に増えましたが、アナログな作業が業務の妨げとなるケースは多かったようです。東京商工リサーチが行った「新型コロナウイルスに関するアンケート」調査結果によると、電子化されていない「ハンコ」が在宅勤務妨げになると答えた人は43%にものぼりました。こういったアナログな作業に奪われていた時間や労力を削減するにはどうしたらよいのでしょうか。人事労務のスペシャリストである副島さんに、従業員一人ひとりの工数を減らすために、気を付けていることを聞きました。

<ポイント>

・雇用契約書にハンコは必要か?

・紙作業奪われていた時間を「考える時間」にあてる

・新しいツールに抵抗のある人にはどうアプローチすべきか

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■コロナでこれまでの当たり前が変化している

倉重:クラウドサービスを利用すると、人事情報が全部データ化されるのもいいですね。

副島:そうです。手書きの書類を全部データ化するのはすごく大変です。細かいところまでチェックして、情報を一つひとつ拾っていくことが、今まで必要な作業でした。詳しい人が確認する作業はなくならないのですが、大元の情報がデータ化されているのは、すごく大きな部分です。

倉重:私も時々「あの紙はどこに行ったのか」「どこにファイルしてあるのか」ということがあります。一回ファイルから外した紙がなくなってしまうと、もう発見できません。

副島:そうですよね。書類には7年間の保存義務があるので、トランクルームを借りていらっしゃる会社さんも多いと思うのです。税務調査があると、何年分もの書類を取り寄せることになります。書類が全部クラウド上にあれば、必要なタイミングでアクセスしていただければ確認できる状態になるのです。

倉重:賃金台帳や労働者名簿などの法定書類もということですね。

副島:そうです。

倉重:労基法の時効も3年に延びて保存期間も長くなっていますから、そういった書類の大幅な削減になりますね。今でもやはりハンコと紙でないと駄目だという会社さんも結構ありますか?

副島:昔に比べたら、すごく少なくなってきた印象はあります。やはり、国が印鑑は要らないという指針を出すようになってきているので、今までの常識観は結構変わってきていると感じます。

倉重:私も皆さんのメディアに出させていただきましたけれども、雇用契約を成立するのに署名や印鑑が要るのかというと、法律上は全く不要です。証明さえできればいいので、オンラインのやりとりのほうがむしろログが残って良いという考え方もあります。

副島:そうですね。印鑑が一番証明にならない時代が来ると思います。

倉重:誰が押しても同じですから。

副島:実印ですら同じ所で同じ物を作ったらできてしまいます。

倉重:3Dプリンターがあれば、すぐにできそうですし。会社によっては全員分の印鑑を100均で揃えて置いてあるところもあります。

副島:「名前のところがくるくる回る印鑑で押印している」という話を聞いたこともありますね。

倉重:それでは何の意味もありませんね。やはり直接クラウド上で本人確認をしたほうがいいということですね。最初の契約のときは、本人確認は免許証でするのでしょうか。

副島:免許証や保険証、マイナンバーカードなどの画像を従業員さんにアップロードしていただいて、そこで確認している会社さんも多いです。

倉重:さすがに免許証やマイナンバーカードは、本人以外は持っていないだろうという話になりますからね。

副島:そこの大前提が崩れると、もうわけが分からなくなってしまいます。

倉重:経営者はいろいろな価値観の方がいらっしゃると思いますけれども、少なくとも人事担当の方にとってみれば、こういったサービスはありがたい話ですね。

副島:そうですね。「紙作業から離れた分の時間を何に使うのか」を考えることが、今後人事の方たちに求められることだと思います。

倉重:副島さん自身も、かつては膨大な事務作業をこなしながら、「本当はもっとやりたいことがあるのに」と思っていたのですか。

副島:そうですね。本当に分かりやすいのは年末調整です。12月の最後の給与支給日までに絶対に仕上げないといけません。10、11、12月の約3カ月間は、年調以外のことはできないのです。この2カ月、3カ月が奪われてしまうのはすごく大きなことでした。そこがデータ化されたときに、年末調整に奪われていた時間を、来年に向けてどうしていくかという戦略を考える時間に当てられます。

倉重:来年の課題は何だろうとか。

副島:今年を振り返って、どこに課題があったのか、従業員がどういうことに困っていていて、会社としてはどうするべきだったのか考え、話を聞く時間に使っていただきたいです。そのためにはテクノロジーを活用することがますます重要になってくると思います。

倉重:特に今、コロナで働く価値観などが変わってきています。従業員の働き方の変革をサポートするのは、本来であれば人事がやるべきことだと思うので、そちらのほうに集中できますよね。

副島:そちらに手をつけようとしても、時間がないと本当にどうしようもないのです。その時間を生み出すために、こういったサービスはますます求められてくるはずですし、私たちももっとたくさんの方に使っていただきたいと思います。

倉重:例えば年末調整だと、工数は何分の1ぐらいになるイメージですか。

副島:去年1万9,000名の年末調整をしました。その担当者さんの残業が半減しただけでも大きな効果があったと思います。年末調整のためだけに派遣社員さんを雇用するところも結構あるのです。

倉重:その時期だけですか。

副島:そうです。そのコストもなくなるし、担当者さんの残業も半分になるという効果もあります。年末調整以外だと、例えば雇用契約でも、全国に店舗があって有期雇用の方がたくさんいらっしゃる会社さんでは、数カ月に1回契約の巻き直しをする必要があって、それにかかりっきりになってしまうのです。「○○さんの契約書が返ってきていない」ということを確認して、店長やエリアマネージャーに連絡をして、本人に伝えてもらっていたので、すごいタイムラグが発生していました。SmartHR を使うと、ご本人と人事担当者で直接やりとりができるので、それまで間に入っていた店長やエリアマネージャーの時間も生み出すことができます。

倉重:バックオフィスだけではないのですね。

副島:そうです。本来であれば店長には店舗を良くすることを考えてもらいたいですよね。そこに時間を使ってもらうために、人事の負担を削減していただけたらと思います。

倉重:現場で非正規労働者の雇用管理をしなくてはいけない業種にとっては、かなり劇的な効果がありそうですね。私も事務作業をしていて、「どうしてこの契約書がなくなってしまったのか」とか、「どうも更新し忘れていたようだ」ということがたまにありますから。

副島:現場で契約して、それをファックスで送って来られる会社も多いと思います。私も昔、外食関係の企業にいたときは、ファックスで送られてきた書類が真っ黒で読めなくて、お店に電話をして「この人の時給はいくらになったのか」と聞いたりしていました。そういった時間が不要になるというのは大きいと思います。

倉重:それはすごいですね。みんなそうなってほしいです。そうしたら多くの人が事務作業から解放されますね。

■SmartHRはどのようにアップデートしていったのか

倉重:副島さん自身はITの出身というよりは、人事総務のご経歴が長いので、サービスを作るに当たってもいろいろと気づかれた部分があるのではないですか。

副島:私が SmartHR にジョインをしたときは、プロダクトのターゲットは10人規模の会社でした。「会社の代表がすべてのバックオフィスをしています」という方向けに作られていたサービスだったのです。

倉重:ベンチャー向けということですね。

副島:そうです。ただ、こういったソリューションが今までなかったので、あっという間に何百人、何千人規模の企業の方に使っていただけるようになりました。当然10人規模で「みんな同じフロアにいます」という会社と、「全国に何千人います」という会社では、使い方や業務フローなどが異なります。

その部分を改善するために、かなり早い段階からフィードバックしていきました。 特に、入社時の情報収集は重点的に改善を行った部分です。プロダクトをローンチしてから半年のタイミングで大規模改善をすることは比較的珍しいことだと思います。普通なら新規の機能をどんどんリリースしていくタイミングですから。でも私は「絶対に必要だし、このタイミングを逃してはいけない」と思いました。

当初は従業員から情報提出があったらそれでおしまい。修正を必要とする箇所が従業員本人にしかわからない場合は、電話やメールなどで確認する必要がありました。それではクラウド人事労務ソフトの良さが出ていないと思い、修正依頼ができるようにして、SmartHR 上ですべてのやりとりを完結させられるようにしたのです。そういった現場の業務フローをプロダクトに反映させることが私の役目でもありました。難しい話を難しいままプロダクトに反映させると、結局誰も使えないものになってしまいますから、アイデアを駆使して改善していきました。例えば、2018年に年末調整で配偶者控除の改正があって、配偶者を扶養される方の所得額の情報が必要になったのです。

では、ご本人の所得額を聞けば書けるかというと、そうでもありません。収入と所得の違いが分かる方はほとんどいませんし、収入であっても難しい部分があります。年末調整をしているときは10月や11月ですが、12月に残業手当がいくらになるかは、ご本人にも分かりません。それに、12月に賞与の支給がある会社も結構多いと思うのです。

倉重:賞与まで入れたら結構変わりますね。

副島:そのタイミングで「1年間の収入を申告してください」と言われても、ご本人は困ってしまいます。年収で1千万を超える人しか、その収入金額の情報は必要がないのに、「全員に書け」という仕組みになっていました。なので、私たちのアイデアとしては、「所得を聞かない」ということにしたのです。年収が1千万以上の方は日本の人口で何%というような話なので、80%以上の方はそこに悩まずに次にいける仕組みを考えて、プロダクトに反映させました。そういうことにはかなり気を使っています。

倉重:法律の制度をそのまま落とし込んでしまうと、使いにくいものになってしまうということですね。

副島:そうなのです。そうすると、従業員から人事担当者に問い合わせがいくという過程が生み出されてしまいます。

倉重:「これはどういう意味ですか」と聞いてしまいますよね。

副島:「私の来月の賞与はいくらですか」と聞かれても答えられないですし、年末調整の書類は提出できないし、ものすごい悪循環を生んでしまうのです。なので、そういうところを SmartHR なりにアイデアを駆使して、皆さんが困らないようなものを作っているというのは、かなり大きな特徴です。

倉重:できる限りユーザーインターフェースや動線を工夫してるのですね。

副島:そうです。

倉重:日々の業務がルーティンになっているから、あまり変えたくないという人事の方はいませんか。

副島:それは多いです。私もどちらかというとそちら側の人間だったりします。新しいツールになかなか取り組めないところもあるのです。

倉重:そういう人に対してどうアプローチしていくのか悩ましいですね。

副島:そうなのです。環境にもよるのですが、「新しいものを1つ自分の中で習得することによって、得られるメリットは何か」というところに着目するといいと思います。新しいものを覚えるのは、最初は少ししんどいです。ですが、「覚えたらこのような効果がある」「実はこんなに便利になる」「このような未来が待っている」というところが見えると乗り越えやすいと思います。

私たちのいる SaaS と呼ばれる分野には、カスタマーサクセスという仕事をしている人たちがいます。オンプレのプロダクトは細かい要件を詰めてからでないと使えません。SaaS は、いろいろな会社の共通の課題を解決するプロダクトになっているので、「御社ではこのような使い方ができます」「ツールを変えてもらうとこんな未来が待っています」という話をして、伴走してくれるのです。

倉重:ユーザーに寄り添ってくれるのですね。

副島:それを含めてのカスタマーサクセスなのです。お客さまの成功の先導をしてくれる人たちがいるので、彼らの力を少し使って、自分たちがどういう未来に向かっていけばいいのかを相談をしてみるのも、すごくいいと思います。

倉重:店で売っているソフトと違って、買って終わりではないのですね。

副島:そうです、買ってからがスタートなのです。

倉重:導入した会社の好事例などはありますか。

副島:たくさんあるのですが、やはり従業員さんの体験が変えられたところは大きいです。ありがたいことに、年末調整の時期になると Twitter で従業員さんがたくさんつぶやいてくださるのです。「今まで紙でよく分からないまま書いていたが、SmartHRを使って初めて意味が分かった」とか、「何も考えずに数分でできた」「あの小さいフォームに小さい文字を書かなくてよくなった」という投稿が見られます。そこの従業員体験をよくできたというところは大きいと思います。

倉重:人事やマネージャーだけではなくて、本当に従業員一人ひとりの工数も削減していますね。

副島:年末調整のあの仕組みは、訳が分からない申告書を見せられて、従業員さんにとっても本当に負担なのです。「記入例をもらったけれども、どこに何を書けばいいのか、それすらもよく分からない」というものなのです。

倉重:締め切りに全部集まらないし。

副島:それはとてもストレスですよね。

(つづく)

対談協力:副島 智子(そえじま ともこ)

株式会社SmartHR 執行役員・SmartHR 人事労務 研究所 所長

20人未満のIT系ベンチャーや数千人規模の製薬会社、外食企業など、さまざまな規模・業種の会社で15年以上の人事労務の経験を持つ。2016年にSmartHRにジョイン。従業員、労務担当者、経営者の3つの視点を持ち、SmartHRのペーパーレス年末調整機能の企画、電子証明書取得方法の解説など、メンドウで難しいものをわかりやすくカンタンにしてユーザーに届けることを得意とする。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒 KKM法律事務所代表弁護士 第一東京弁護士会労働法制委員会副委員長、同基礎研究部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)副理事長 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 紛争案件対応の他、団体交渉、労災対応、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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