ドイツがアロー3大気圏外迎撃ミサイルを取得したのはロシア新型IRBMオレシュニク対策だった?
11月21日にロシア軍がウクライナのドニプロ市を大型ミサイルで攻撃し、ロシア政府はこれを新型中距離弾道ミサイル「オレシュニク」だったと公表しました。ウクライナ情報機関の分析では「1発のミサイルから6発の弾頭が分離し、それぞれの弾頭から更に6個の子弾が分離された」としています。
- 仮説:RS-26ルベーシュ派生型ケードル複合体オレシュニク(2024年11月24日)
- ウクライナ情報機関:ドニプロ攻撃ロシア軍ミサイルはICBMではなく「ケードル」新型中距離弾道ミサイル(2024年11月23日)
- ロシア軍がICBMでウクライナ攻撃、ただし通常弾頭での威嚇行為か:新型IRBMオレシュニクとの情報も(2024年11月22日)
オレシュニクは滑空弾頭ではなく通常弾道の複数弾頭
ここで注目したいのは、ロシア軍の新型中距離弾道ミサイルは極超音速滑空体(HGV)ではなくMIRV(複数個別誘導再突入体)またはMRV(複数再突入体)だったという点です。つまり大気と宇宙の狭間の高度を滑空跳躍しながら弾道ミサイルよりも低く飛行するHGVではなく、通常の弾道飛行を行うミサイルでした。迎撃し難い高度を複雑に飛んで掻い潜るのではなく、単純に数を増やして迎撃を飽和させて突破しようとする狙いの兵器です。
このコンセプトの多弾頭式の弾道ミサイルは確かに終末段階(ターミナル・フェイズ)で迎撃することは困難です。オレシュニクは1発のミサイルで6×6=36個の子弾が降って来るので、パトリオット防空システムでは一部は落とせますが他は対処しきれず突破して来る可能性が高いでしょう。
これに対抗するためには複数弾頭が分離する前に撃墜するか、迎撃側も多弾頭化する必要があります。しかしそれには大気圏外(宇宙空間)での迎撃能力がどちらにも必須となります。また宇宙空間で弾道ミサイルが放出するバルーン・デコイ(風船囮)ごと纏めて撃破する散弾システムも提案されています。
- 大気圏外迎撃ミサイル:THAAD・SM-3・GBI(米国)/アロー3(イスラエル)
- 多弾頭迎撃体:MOKV (Multi-Object Kill Vehicle) ※米国で開発、MKV後継
- 運動エネルギーロッド弾頭散開システム ※米国で特許のみ、開発計画は無し
※アロー3は筆者の過去記事へのリンク、MOKVは米国のミサイル防衛支持連合(MDAA)記事へのリンク、運動エネルギーロッド弾頭散開システムは筆者の外部ブログ記事へのリンク。
大気圏外の中間飛行段階(ミッドコース・フェイズ)で早期に敵ミサイルと交戦すれば弾頭が分離する前に纏めて撃墜できます。敵ミサイルの射程が長大で交戦前に弾頭が分離してくる場合(ICBM搭載のMIRV)では、多弾頭迎撃体で対処する必要があります。
仮説:ドイツのアロー3取得はオレシュニク対策
そこで思い出すのは、ドイツが少し前にイスラエル製防空システム「アロー3」を取得した件についてです。ドイツとイスラエルは2023年9月28日にアロー3購入契約に正式合意し、アロー3はドイツが主導する欧州の共同防空構想「欧州スカイシールド・イニシアチブ」でも中核的な役割が期待されています。
しかしアロー3は大気圏外専用の迎撃弾頭です。最低迎撃高度は公表されていませんが、空力を考慮していない迎撃弾頭の形状から予想される機動可能な限界高度は70km以上(米国製SM-3/GBI参考数値)だと推定されます。するとロシア軍のSRBM(短距離弾道ミサイル)の「イスカンデルM」やその空中発射型である「キンジャール」は弾道ミサイルとしてはかなり低く飛ぶ滑空跳躍飛行(高度約25~50km)を行うので、アロー3では迎撃不可能です。
そしてICBM(大陸間弾道弾)は高速過ぎて、IRBM(中距離弾道ミサイル)への対応までが考慮されているアロー3では荷が重い目標です。その上に当時のロシア軍にはIRBMは配備されておらず、アロー3で交戦すべき弾道ミサイルは見当たりませんでした。
このため当時、ドイツのアロー3はアメリカ主導で構築した欧州イージスアショアと同様にイランのIRBM対策だと見られていました。しかし現在イランは欧州を刺激しないように弾道ミサイル射程の自主規制を行っており、射程2000km以下に抑えています。そしてイランの自主規制は解除されておらず西欧まで届くIRBM開発の動きは見られません。
過去記事:ドイツが取得する大気圏外迎撃ミサイル「アロー3」の迎撃対象の推定:ロシア対策ではない?(2023年7月2日)
するとドイツがなぜ今この時期に急いでイスラエルからアロー3を取得しようとしているのか疑問でした。ドイツのショルツ政権は取得予定のアロー3で一体何処の国からの何という種類のミサイルを迎撃すると想定しているのか具体的なことを一切説明しないまま、アロー3購入契約を進めていたのです。
仮説:パトリオットでイスカンデル、アロー3でオレシュニク迎撃
ですがもしもドイツが数日前に発覚したばかりのロシアの新型中距離弾道ミサイル「オレシュニク」の計画を2023年よりも以前から既に掴んでいて、それが低く飛んで来る滑空弾頭型ではないことまで把握しており、大気圏外迎撃ミサイルがないと迎撃できないと判断していたなら合点が行きます。アロー3でオレシュニクを迎撃し、パトリオットでイスカンデルMやキンジャールを迎撃する気だったと考えれば、全ての話が腑に落ちます。
アメリカが構築した大気圏外用のSM-3迎撃ミサイルを用いる弾道ミサイル防衛システムである欧州イージスアショアは東欧2箇所配備(ルーマニアのデベセルとポーランドのレジコヴォ)の固定基地であり、ロシアの目の前にあるので戦争になれば即座に猛攻撃を受けて撃破されることは時間の問題です。敵から近い位置の地上固定基地であるという点が生存性の低さを際立たせています。しかしそもそも欧州イージスアショアは対イランIRBM想定で対ロシアは全く想定していないことが公言されている古い計画だったので、ロシアとの緊張が激化する前であれば特に問題がありませんでした。
しかしロシアは2022年2月24日にウクライナへ全面侵攻を開始して緊張が激化します。しかし欧州イージスアショアは上述の問題により対ロシアではあまり役に立ちません。たとえ欧州イージスアショアを改修して大気圏内用のSM-6迎撃ミサイルを使用可能にして自己防御力を与えたとしても、敵から目の前の移動不可能な固定基地では結局は長い期間は生存できないでしょう。
そこでドイツは居場所を掴まれ難い車載移動式のアロー3防空システムを欧州の後方である自国に置くことで生存性を確保し、ロシアの新型中距離弾道ミサイル「オレシュニク」を迎撃することにした・・・というストーリーが思い浮かべられますが、しかしこれは後付けで欠けたピースを埋めていっただけなので、想像でしかありません。本当にドイツのショルツ政権がロシア新型IRBMオレシュニクの存在を事前に掴んでいたのかは分かりませんが、ただしドイツは前例としてF-35戦闘機取得の件があります。
過去記事:ドイツが新しい「核攻撃機」をF-35ステルス戦闘機に変更(2022年3月1日)
- ドイツF-35選定の流れ:Togetter ※筆者X投稿の纏め
ドイツはアメリカとの核共有に基づいて核攻撃任務を行うトーネード戦闘機が老朽化したので代替用に新しくF/A-18E戦闘機を取得する方針で決まっていたのですが、2022年1月初めあたりから突然にこの方針を覆し、ステルス能力を持つ最新鋭のF-35戦闘機の取得に計画を変更する動きを見せ始めます。
そして2022年2月24日、ロシアがウクライナ侵攻を開始しました。
ドイツは開戦3日後の2022年2月27日に国防費をGDP2%に増強する大軍拡を発表、この時にF-35戦闘機を取得する方針を示し、3月14日に正式決定しました。つまりドイツは開戦の約2カ月前に戦争は不可避であることを覚悟し、F-35戦闘機の取得に走っています。おそらく開戦2カ月前よりもっと以前に戦争の兆候は察していた筈です。
ドイツはロシアのウクライナ侵攻を事前に察知してF-35戦闘機に計画変更しようと開戦前に動き出しました。そうであるならば、ロシア新型IRBMオレシュニクの存在を事前に察知してこれに対抗すべくアロー3防空システムの取得を決定したとしても、不思議ではありません。