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ドイツが新しい「核攻撃機」をF-35ステルス戦闘機に変更

JSF軍事/生き物ライター
2018年ベルリン国際航空宇宙ショーで展示されたF-35A戦闘機(写真:ロイター/アフロ)

 ドイツは次期「核攻撃機」として内定していたボーイング社製F/A-18Eスーパーホーネット戦闘機を止めて、ロッキード・マーティン社製F-35AライトニングⅡ戦闘機に変更する方針です。

 レーダーに映り難いステルス能力を持つF-35は核攻撃任務にはうってつけの機材で、ドイツはアメリカとの核兵器シェアリングの絆を更に強固に高めることになるでしょう。

 一方、内定していたのに最終決定直前で反故にされたF/A-18Eのボーイング社は落胆しています。ドイツと次期ステルス戦闘機FCAS/SCAFを共同開発するフランスも裏切られました。FCAS/SCAF計画が立ち消えになるわけではないにせよ、ドイツがアメリカ製ステルス戦闘機に浮気したことになるからです。

 この流れに至るまで紆余曲折がありました。2019年にドイツが引退するトーネード戦闘機(核攻撃任務も担当)の後継としてF-35を検討しながら一度は見送ったのは、大きく2つの理由があります。1つは過度なアメリカへの依存を良しとしない欧州国家ドイツとしての自主性、そしてアメリカとの核兵器シェアリングを見直す気運が政権与党の一員であるSPDで高まっていたからでした。

関連:ドイツがF-35を次期戦闘機候補から外した理由とSPDの目論む核兵器シェアリング見直し(2019/6/28)

 ドイツは欧州国家としての自主性の為に次期ステルス戦闘機をフランスと共同開発する道を選びました。そして独仏共同開発ステルス戦闘機計画FCAS/SCAFが完成するまでの間に合わせの繋ぎとして新しい戦闘機を選定したのですが、欧州共同開発戦闘機ユーロファイターの買い足しとアメリカ製F/A-18Eの購入という折衷案を2020年に採択します。

関連:ドイツがアメリカ製「核攻撃機」の購入を決断(2020年4月23日)

 これはメルケル政権は核兵器シェアリング廃止を決断できず、「核攻撃機」が必要になったからでした。ユーロファイターへの核攻撃能力付与は短期間で改修はできず間に合わないと判明し、アメリカ製の戦闘機が必要になりました。F-35を選ばないならF-15EかF/A-18Eになります。ドイツはF/A-18Eの派生型であるEA-18G電子戦機に着目してこれをセットで買うことにしました。ユーロファイター電子戦型の開発も遅れていたからです。

 しかしドイツは2021年秋の総選挙でSPDが勝利し、SPD主導の新政権下(SPD、緑の党、FDP)で今度こそ核兵器シェアリングを廃止する決断をするかと思われましたが、新政権発足直前の11月にノルベルト・ヴァルターボルヤンス氏がSPD党首を退任します。同氏がSPD内で核兵器シェアリング廃止を訴えていた中心人物でした。そしてショルツ新政権は核兵器シェアリングの存続を決断します。

関連:ドイツが核兵器禁止条約にオブザーバー参加しながら核兵器シェアリングを維持する矛盾(2021年11月25日)

 もともとSPD内部は一枚岩ではなく外交安全保障専門の議員の間では核兵器シェアリング支持派が多く、ヴァルターボルヤンス氏が党首時代に核兵器シェアリング廃止を訴えていた2020年当時でも、外交に詳しいニルス・シュミット議員は欧州製戦闘機を買うべきとしつつ核兵器シェアリングは当然のことだと支持し、安全保障に詳しいフリッツ・フェルゲントロイ議員はF/A-18EどころかF-35購入をこの時に既に提案していました。

 2021年12月に発足したショルツ政権は年明けから新たな動きを見せます。2022年1月8日にランブレヒト国防相(SPD)が内定していたF/A-18Eを止めてF-35に乗り換える可能性を示唆、1月17日にはドイツ連邦議会防衛委員会議長シュトラック-ツィンマーマン氏(FDP)がF-35調達を提唱します。

 ドイツで急にF-35に変更する動きが出て来たのは、ショルツ政権が発足したころに欧州で風雲急を告げる一大事が発生したことが原因です。ロシアがウクライナ国境線付近に大戦力を集結して侵攻を始める兆候をアメリカが察知し、2021年11月下旬にこの情報がメディアに意図的にリークされました。その後も日を追うごとに国境線付近のロシア軍の戦力が増強されていく様子が、アメリカ政府からだけでなく、民間商業衛星(光学衛星、SAR衛星)や現地の民間人の撮影(ロシア軍の車両の鉄道輸送の様子)などで伝えられ続けました。2021年12月上旬から中旬の段階で既にもう戦争が差し迫った脅威であることが明白になっていました。

 そして2022年2月24日、ついにロシアによるウクライナ侵攻が始まりました。攻撃は全土におよび、全面戦争状態となっています。

 欧州は今、戦争の脅威が現実のものとなりました。ロシアは侵略の意志があり、NATOは今ウクライナでロシアと戦わないとしても、将来ロシアと戦う可能性を真剣に考慮しないといけなくなりました。

 ヴァルターボルヤンス氏がSPD党首を退任した時期は現在のウクライナ危機が起きる前です。SPDはもともと新政権下で核兵器シェアリングを存続させる気だったのでしょう。しかし2022年1月からのF-35を調達すべきという急激な動きは、新政権発足後に醸成されたものだと考えられます。全てはロシアのウクライナ侵攻準備が原因です。

 ロシアによるウクライナ侵攻が開始された3日後の2月27日に、ドイツのショルツ首相は非常に大きな決断を下しました。今年の防衛費に1000億ユーロ(13兆円)投入し、さらに今後の毎年の防衛費をGDP2%に引き上げるという大軍拡です。ウクライナへの武器の供与も決定しました。

米ロッキード・マーチン製のF-35戦闘機を購入し、老朽化している「トーネード」に置き換えることが可能だという。

出典:ドイツ、国防費をGDP比2%超に大幅引き上げへ:Reuters

 まだドイツのF-35購入は最終決定ではありませんが、もう決定したも同然です。国防相と首相がF-35を買いたいと言っているのですから、覆ることはもうありません。

 ロシアと戦うならばステルス戦闘機を可及的速やかに配備しなければならない。実戦配備が約20年後の2040年ごろに予定されているFCAS/SCAFの完成など待ってはいられない。そうなるとF-35しか選択肢は無い。

 内定していたF/A-18Eを蹴りボーイングに恨まれようとも、フランスを裏切りアメリカへの依存度を高めようとも、今直ぐ買えるステルス戦闘機はF-35しかないのです。

 ボーイングもフランスも、侵略者ロシアの脅威に対抗するためにどうしてもドイツに今直ぐF-35が必要なことはどうにか理解してくれるはずです。事態は其処まで切迫しています。

 ドイツにとってステルス「核攻撃機」F-35はロシアの侵攻に対する最後の切り札となります。

他の欧州やNATO各国のF-35採用の動き

 おそらく今年中にカナダもF-35を選ぶことになるでしょう。

追記1:2022年3月14日、ドイツはF-35戦闘機の採用を正式決定しました。

・F/A-18E戦闘機30機→F-35A戦闘機35機

・EA-18G電子戦機15機→ユーロファイター電子戦型15機

同時に電子戦機も変更されていますが、これはステルス戦闘機であるF-35は電子戦機の支援無しに戦えるので、ユーロファイター電子戦型の開発が遅れても構わないという判断です。

追記2:カナダが今年中どころか今月中にF-35購入を表明。F-35がカナダに帰還。10年の時を無駄にして次期戦闘機に再決定(2022年3月29日)

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人兵器(ドローン)、ロシア-ウクライナ戦争など、ニュースによく出る最新の軍事的なテーマに付いて兵器を中心に解説を行っています。

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