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子どもの挑戦に大人は「お口にチャック」。焚き火は脳活性化の教育に最適だ!

田中淳夫森林ジャーナリスト
自分で火をつけて炎が上がれば興奮する

 まだ学校にも通っていない子どもたちが焚き火をしていた

 自分たちでスギの葉や細い枝、太い薪を集め、焚き火台の上に積み上げる。マッチを擦って火をつける。乾いたスギの葉はすぐに燃え上がったが、そのままそでは太い木に燃え移らない。そこで小枝で炎をいじってなんとか火を育てようとする。

 周辺には大人もいるが、口も手も出さず、見守っている。私も口を挟みたいところだが、じっと我慢。「お口にチャック、お手々は後ろ」なのだ。

 ここは奈良県の「森のようちえんウィズ・ナチュラ」の活動場所。園舎は持たず、常に野外で3~5歳児の保育を行っている。子どもたちの“挑戦したい”気持ちを大切に見守るというのが基本スタンスだ。もちろん怪我もするし、ケンカもする。それらを起きないようにするのではなく、そうした行為の中から学びを導き出そうとしている。

 焚き火も、その中から行われた。年長さんが上手く火を育てるのを、年少さんは憧れの目で見る。そして自分もやってみたいと“先輩の手際”を観察している。

焚き火の技術は子どもたちの間でも伝承されていく。
焚き火の技術は子どもたちの間でも伝承されていく。

 焚き火には、大人・子ども関係なく心ひかれるものがある。私も子どもの頃はよくやったものだ。当時は家の近くに空き地が多く、また建設中の住宅もあって、木っ端がたくさんあった。周辺に大人はいたか、いなかったか、今となっては記憶にない。

 だが、徐々に「焚き火は危険」という風潮が強まった。今では子どもが焚き火をするなんて、とても許されなくなってきた。いや大人でも不用意な焚き火をすると警察に通報されかねない。

 だが焚き火こそ教育に最適、子どもに焚き火をさせてあげようという意見も少しずつ出てきた。「生きる力」を身に着けるのにもってこいだというのだ。

 なぜならマッチの炎を焚き火に育てるには、さまざまな思考と技術がいるからだ。マッチの擦り方に始まって、その火を何に移すとよく燃えるのか。次にどんな木が燃えやすいか。その木の積み方はどうするのか。一方で、煙はなぜ出るのか。火の粉は熱いのか。プラスチックを燃やすとどうなるか……さまざまな疑問が湧いてくる。そして焚き火を観察する。紙や木をくべて反応を見る。

 最近の研究では、焚き火が子どもの脳の発達に良い影響を与えるという結果が出ている。集中力を養い、自ら試す実験の要素があるからだ。しかも毎回条件が違っている中、工夫しなければならない。それらの行動が、創造性や記憶、意思疎通などをつかさどる脳の前頭前野を活性化するらしい。最初から「安全な焚き火の仕方」を教えて手取り足取り指導するのではなく、試行錯誤させる方が効果的なようである。

 一方で火を見て呼び起こされるさまざまな感情は、子供たちの情操教育にもなるという。炎を眺めるとストレス解消、不安減少などの効果があるらしい。だから焚き火は、机上の勉強では得られない「学びの場」だというのだ。

 炎を見つめることでリラックスすることは、多くの人が感じるだろう。焚火を囲んでいるときの、何とも言えない穏やかな気持ちの正体は、いったい何なのか。

 その答の一つとして指摘されるのが、「1/fゆらぎ」だろう。人工的な規則正しいリズムではなく、自然界にあるブレのあるリズムのことだ。代表的な例として、小川のせせらぎの音や木の年輪の間隔、草木の風による揺れ方などが挙げられるだろう。生体が本来持っているリズムと同じであるため、人間に本能的な快感や快適さを与えてくれるのだと言われている。

 実際に「1/fゆらぎ」に触れると、脳波にリラックスした際に出るα波が増えることも判明している。

 どうやら子どもたちは焚き火をすることで、脳を活性化させつつ、リラックスするという希有な体験を送れるようだ。問題は、それを許さない大人側の振る舞いだろう。

 おりしも林野庁は、今年9月に「森林空間を活用した教育イノベーション検討委員会」を設置した。森林空間を活用した自然保育や学校教育、企業研修などのニーズや課題の調査して、森林環境教育を推進しようという意図らしい。

 それ自体は結構なことだが、何やらそこには「教育するメニュー」を開発しようという意図が垣間見れる。大人が子どもに、森の中での過ごし方を教えようとしているように感じる。

 だが、本当に必要なのは「お口にチャック、お手々は後ろ」ではないか。子どもたちが自分でしたいことを考え、自分でやってみようとするとき、大人はそれに口や手をはさまない。森の中で何をさせるかではなく、子どもたちの挑戦を邪魔しない。

 果たして、子どもたちだけで行う焚き火を黙って見守れるように大人たちを教育できるだろうか

自分たちで起こした焚き火で焼いた焼き芋は最高。
自分たちで起こした焚き火で焼いた焼き芋は最高。

※写真は、すべて筆者撮影。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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