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【京急脱線事故】現場を歩いてわかった、多くの不幸な「偶然」

小林拓矢フリーライター
事故の起こった踏切と京急神奈川新町駅

 今月5日、京急本線神奈川新町駅近くで踏切内に立ち往生していたトラックと神奈川新町を通過していた快特が衝突、トラック運転手1名が死亡した。乗務員や乗客に死者はなかったものの、事故の大きさに多くの人が衝撃を受けた。

なぜ、事故は起こったのか?

 事故が起こった理由も、さまざまなことがいわれている。踏切の異常検知は作動していたものの、自動ブレーキが設置されていなかったから間に合わなかった。あるいは信号を見て急ブレーキをかけたけれども、間に合わなかったともいわれる。

 自動でブレーキをかけるシステムについては、鉄道会社によって導入の有無はさまざまである。京王電鉄や小田急電鉄などは、自動で停止するような装置になっている。ただし、自動で停止する装置にも欠点はあり、乗客に危険がおよぶ箇所で停止することもありうる。たとえば小田急電鉄では、沿線での火災が起こった際にその現場近くで非常停止ボタンが押され、列車も燃えたということもあった。

 非常時に停止しても、即座に動けるという信号システムをとっているというわけではない。安全確認をしなければならず、それからということになる。場合によっては架線への送電も停止されるため、非常用バッテリー搭載車(京急にはない)でなければ、その場から動くこともできない。

 鉄道会社にはそれぞれの安全思想があり、京急はその中でも独自の思想を持っている。その安全思想自体の是非はさておき、京急の理由にも一理ある。

 京急の列車は、多くの判断をベテラン指令にゆだねている。運転席の近くに座っていると、列車無線の生声がよく聞こえる。当日現場に行く際にも、列車の遅れを手際よく整理し、快特などの追い抜き駅を手際よく変更していた。こういったことはJR東日本の東京圏のようにすべてがシステム化されたエリアでは難しく、京急の運行管理の手際よさが沿線住民や鉄道ファンに絶賛される理由でもある。

 だがこういった「プロの技」にこだわった京急の仕組みが、今回は仇になったことは確かである。普通ならば非常停止ボタンが押された段階で列車が自動で停車するものの、京急は信号を確認しなければならず、さらにいえば600m前で確認できれば停車できたものの、もっと近い距離の信号ならば停車は困難だった。今回の事故の規模からすれば、600m手前でも少しタイミングが遅れたという可能性もある。この場合、1秒程度のタイミングの遅さでも事故は起こるのだ。時速120キロの快特は、秒単位でかなりの距離を進むのである。

 いっぽう、トラックに問題がなかったとはいえない。大きなトラックが住宅街の狭い道を通り、無理して交差点を曲がろうとしていたということは危険であった。なぜそんな道を通ってしまったのかということは、疑問に感じる。なぜ曲がれなかったのか、曲がって踏切内から出られなかったのか、遮断桿(しゃだんかん)を突き破って出ようとしなかったのか、トラックの運転手だけでも逃げようとしなかったのか、疑問は多くある。事故の際のトラックの行動も、不思議なものばかりだ。トラックの対応によっては、運転手は死ななくてもよかったはずだ。

 近くにいた京急の社員もトラックを手伝い、なんとか狭い道から抜け出そうとさせていた。その際に非常停止ボタンも押していた。

事故の現場は

 先日、神奈川新町駅近くの事故現場に行ってきた。事故が起こった踏切は駅のすぐ近くであり、2面4線のホームから複線にまとまっていないで遮断桿から遮断桿までの距離が長い踏切である。ひんぱんに列車が通り、よく踏切の音が鳴っている。

 トラックが出ようとした道路は大変狭く、全長12mのトラックを運転することは困難であろうと感じられた。

事故の起こった踏切
事故の起こった踏切
押された非常ボタン
押された非常ボタン
倒れた架線柱は木で応急処置されていた
倒れた架線柱は木で応急処置されていた
12mのトラックはこの狭い道を抜けようとしていた
12mのトラックはこの狭い道を抜けようとしていた

 列車の運行はひんぱんであり、その中でトラックはどうやって道を抜け出ればいいか困っていたことが考えられる。

 少なくとも、トラックがあの道にさえ入らなければ、今回のような事故は起こらなかった。

 いっぽう、運転士がもっと早く危険信号を検知していれば、停止できるようにブレーキをかけられた。たとえ自動で列車が停止できなくても、信号を600m前ではなく、700m、800m、1000m前で検知できていればということもある。そのためにそのあたりに信号を増設してもよいのではないか。

 京急の安全思想として自動で停止しないようにする、というのがあるとすれば、手動で停止する際にはもっと早くから検知できるようにする、というのも対策としては必要である。

 事故の原因として、トラックがやってきたであろう仲木戸駅周辺の道路事情が問題である、ということが一部ではいわれていた。実際に行ってみると、トラックが走れそうな広い道は第一京浜とそれに接続する仲木戸駅周辺しかなく、仲木戸駅手前で広い道が二股に分かれていても、一つの道は狭い道にしか入れず、もう一つの道も先へ行くことができず、仲木戸駅とJR京浜東北線東神奈川駅の間のロータリーで回って戻るしかないのだ。

 現地で見てみると、事故に遭遇したトラックほどではないが、大きなトラックが京急本線沿いの狭い道に入っており、住宅街の中であることを考えると、危険性を感じずにはいられなかった。

仲木戸駅
仲木戸駅
このロータリーでもとに戻る必要があった
このロータリーでもとに戻る必要があった
広い道が二股に分かれるが、どちらも先へは行けない
広い道が二股に分かれるが、どちらも先へは行けない
Uターンをうながす標識も
Uターンをうながす標識も
実際に狭い道に入っていく大きなトラックも
実際に狭い道に入っていく大きなトラックも

 今回の事故の根本的な原因として、仲木戸駅周辺の道路の案内の悪さと、それによって道に迷い狭い道にトラックが入り込んでしまうという、道路行政上の問題もある。狭い道に大きなトラックが入らなければ、今回のような事故は起こらなかったのであり、該当する道に「大型トラック進入禁止」などの大きな表示があってもおかしくはなかった。広い道には「Uターンを」の案内があったが、あれでは不案内な人にはわからない。

「偶然」が今回の京急脱線事故では積み重なった。だがしかし、「偶然」をこまめに取り除いていこうとしていたら、今回の事故は起こらなかったはずだ。

フリーライター

1979年山梨県甲府市生まれ。早稲田大学教育学部社会科社会科学専修卒。鉄道関連では「東洋経済オンライン」「マイナビニュース」などに執筆。単著に『関東の私鉄沿線格差』(KAWADE夢新書)、『JR中央本線 知らなかった凄い話』(KAWADE夢文庫)、『早大を出た僕が入った3つの企業は、すべてブラックでした』(講談社)。共著に『関西の鉄道 関東の鉄道 勝ちはどっち?』(新田浩之氏との共著、KAWADE夢文庫)、首都圏鉄道路線研究会『沿線格差』『駅格差』(SB新書)など。鉄道以外では時事社会メディア関連を執筆。ニュース時事能力検定1級。

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