マスク氏のツイッター買収撤回の裏側には一体何があったのか
イーロン・マスク氏が代理人経由で公式にツイッター買収の撤回を発表し、世界中で物議を醸しています。
これからツイッター社はマスク氏に対して法的措置をとることも検討しているようですが、いずれにしてもマスク氏の中でツイッター買収自体が白紙になったことは確定の模様。
4月にマスク氏がツイッター株を9%保有していることが明らかになった後、マスク氏の取締役就任発表と電撃的撤回、そして衝撃の買収提案に、買収の保留発言。
マスク氏の発言や態度が豹変するたびにツイッター上はもちろん、多くのメディアでも様々な予測や議論がされてきましたが、結果的にマスク氏の発言に振り回され続けただけの3ヶ月だったという結果になりそうです。
実は、ツイッターの株価はマスク氏の買収提案発表後も、買収提案の金額を下回り続けていましたから、市場はずっと冷静に正しくマスク氏の行動を予想していたということになります。
ただ、筆者自身は、1ツイッターユーザーとして、マスク氏のリーダーシップによってツイッターが新たな成長フェーズに入ることを期待していた人間でしたので、かき回すだけかき回しての買収撤回にガッカリしたのが正直なところ。
マスク氏の心変わりの背景に何があったのか、様々な報道や解説がされていますので整理しておきたいと思います。
■契約の複数条項で重大な違反?
まず、マスク氏の提出した資料で、表向きの理由として明言されているのは「契約の複数条項で重大な違反があった」という点です。
問題として大きかったとされているのは、ツイッター社が提出しているスパムアカウントの比率の数値がマスク氏の調査と大幅に乖離している点。
マスク氏の調査では20%とされており、ツイッター側の5%以下という主張との平行線がこの1ヶ月半続いていたようです。
また、今回の書類にはツイッター側が現状の企業組織を維持するという義務に違反したという点も契約違反だと指摘されているようです。
このあたりの事実は当事者しか分かりませんし、今後訴訟で明らかになっていくのかもしれません。
いずれにしても、突然の取締役就任撤回もあったように、マスク氏とツイッターの現経営陣の間で、信頼関係の持てるコミュニケーションが取れていなかったことは、買収撤回に大きく影響を与えているようです。
ただ、業界関係者の間では、これらの理由はあくまで訴訟対策としての表向きのもので、実際の本音は別の所にあると言う見方が大勢を占めています。
■ハイテク株の大幅下落
業界関係者の中で、マスク氏のツイッター買収断念の大きな要因の一つとして指摘されているのは、この数ヶ月間の米国における株価の大幅下落です。
実はマスク氏がツイッター買収を発表したタイミングは、株価の視点で見ると最悪のタイミング。
米国のナスダック市場は、4月の月間で13.3%の下げとリーマンショック級の下落を経験した上に、5月にもさらなる下落をすることになります。
ツイッター社のライバルの1つでもあるFacebookの親会社であるメタ社の株価も2割以上下げており、ツイッター社の株価も本来であればもっと下がっていたはずと考えられます。
マスク氏が25日に実施した約440億ドル規模の買収提案額が、割高だったのではないかと多くの人が感じる状況になっているのです。
■テスラ株の下落による保有資産の縮小
ただ、本気でマスク氏がツイッター買収を目指すのであれば、ハイテク株の下落に合わせてツイッター社に提示する株価を交渉するという選択肢もあったはず。
ここに来て完全に買収を撤回することになったのは、ハイテク株の下落によってマスク氏の保有するテスラ株の株価も大きく下落してしまったことで、マスク氏の保有資産が減少したことが大きいというのが多くの業界関係者の見方です。
実際、マスク氏の資産推定額は4月のツイッター株保有発表時点の2880億ドルから、大きく目減りして2100億ドル前後で推移していました。
もちろん、ツイッターの買収提案額の440億ドルも、現在のマスク氏の資産全体から見れば5分の1弱ではありますが、あくまでマスク氏の資産のほとんどはテスラの株式であり現金ではありません。
これによりツイッター買収の資金調達のスキームに、大きな影響が出てしまった可能性があるようです。
■株式を担保にした資金調達が暗礁に?
実は4月30日のブルームバーグの報道の時点で、マスク氏がツイッター買収のためにテスラ株を担保に資金調達をしているが、テスラ株が837ドルを割り込めば、マスク氏はローンのための株式が不足することになるという指摘をされていました。
参考:ツイッター買収資金調達、計算式を怪しくしたマスク氏のテスラ株売却
その後テスラの株価は5月にあっさり前述の837ドルを割り込み、700ドル台前後で推移していましたから、マスク氏の資金調達自体が頓挫していた可能性が高いのです。
実際、マスク氏がスパムアカウントの比率を理由に買収を保留すると宣言したのは、テスラの株価が800ドルを割り込んだ5月中旬のことでした。
参考:マスク氏「保留」、買収に暗雲 価格下げや中止画策か―米ツイッター
今回の買収撤回によって、マスク氏は違約金10億ドルの支払いを求められるほか、契約違反で訴えられる可能性もあるわけです。
そのコストやリスクを払ってでも買収を撤回せざるをえない状況になったということと、マスク氏の発言の変遷の経緯などを振り返ると、やはりこのテスラ株の下落が、マスク氏のツイッター買収断念に一番大きな影響を与えているように考えられます。
■マスク氏はツイッターを本気で買収する気はあったのか
辛口な専門家からすると、マスク氏のツイッター買収は、マスク氏がテスラ株の一部を公然と売却するための狂言だったのではないかという見方すらあるようです。
ここまで社会を大騒ぎさせておいて、あっさり買収を撤回したという事実から考えると、そういう見方すら出てきてしまうのは仕方がないとは言えるでしょう。
ただ、マスク氏は6月中旬には、Twitterのオンライン全社会議に参加するなど、買収を進めていく姿勢を表向きは見せていました。
参考:イーロン・マスク氏、Twitterで初のオンライン全社会議で「ユーザーを10億人に」
TEDでもツイッター買収について大見得を切っていましたし、経営者としての多忙な時間をこれだけツイッター買収の議論にかけていたことを考えると、さすがに全てが狂言だったというのは言い過ぎな印象はあります。
本人としては、可能であればツイッター買収をしたかったが、株価下落などの外部要因もあり、断念せざるを得ない状況になったというのが実態なのではないでしょうか。
もちろん、マスク氏のことですから、また心変わりして再度値下げしての買収に挑戦する可能性は否定できませんが、ここしばらくマスク氏のツイッターアカウントは、ツイッター買収に関しては沈黙しており、テスラやスペースXについてばかりツイートしています。
訴訟対策もあると思いますが、本人の中ではツイッター買収を諦めることで整理がついたということなのかもしれません。
いずれにしても、結果的にこれだけ大騒ぎになったにもかかわらずマスク氏によるツイッター買収は白紙になってしまったわけで、一番大きな被害を受けたのはマスク氏の発言に振り回されたツイッターの社員や、ツイッターユーザーという結果になってしまいました。
1ツイッターユーザーとしては、本当に残念というか、呆気にとられるとしか言いようがない結末ではあるのですが、将来この騒動を振り返って、「あの時マスク氏に買収されなくて結果的に良かったよね」と振り返られるように、ツイッター社の方々のこれからの奮起を期待したいと思います。