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資産運用立国を目指して企業年金の運用成績を開示へ でも、他社と競争しても高い運用成績にはならない理由

山崎俊輔フィナンシャル・ウィズダム代表/お金と幸せについて考えるFP
企業年金の運用を競わせれば成績が上がるものでしょうか。疑問です。(写真:アフロ)

(今回の記事、長文です。13日にはYouTubeチャンネルに解説動画を公開します。そのときはここにリンクを貼りますので、長文が面倒な方は少しお待ちください。)

企業年金の運用成績開示を目指す岸田内閣の狙いはどこか

資産運用立国を目指す岸田内閣の取り組みが進んでいます。10月2日には日経サステナブルフォーラムで講演をし、企業年金の資産運用のあり方について問題意識を示しました。R&I「年金情報」によれば「企業年金については加入者のための運用の見える化の充実のほか、確定給付企業年金向けの共同運用の選択肢の拡大、確定拠出年金の運用において加入者による適切な商品選択がなされるような改善を進める」という講演をしたようです。

新聞報道では、企業年金の運用成績の開示にも意欲的と伝わっています。同日の日本経済新聞では企業年金の運用成績開示について検討をすると報じられています。

ねらいとして「運用成績を一般に公開することで、運用目標である予定利率の引き上げを促す」と記事は触れており、企業年金の運用成績が低いことの一因として情報開示不足がある、ということのようです。

ところがこの問題、「運用成績をオープンにすれば、各社は切磋琢磨して、高い運用成績を確保するようになるのでは」という単純な話ではありません。おそらく誤解が含まれているのでちょっと解説をしてみたいと思います。

23/10/2 日本経済新聞 企業年金の運用成績公開へ 政府検討、予定利率上げ促す(全文は会員限定記事)

(第一の論点)DBかDCか 制度によって意味合いはまったく異なる

まず、確認しておきたいのは、会社がやっている企業年金の種類についてです。大きく2つの制度があり、会社が運用責任を負っていて最終的な給付額の確保を求められるのが確定給付企業年金(DB)です。こちらは約911万人が加入し、66兆円の資産があります。

もうひとつ、社員が運用責任を自ら負っていて、最終的な給付額は自分の運用成果次第というのが確定拠出年金(企業型DC)です。こちらは約805万人が加入し、18.7兆円の資産があります。(いずれも2023年3月末)

この2つは性格がまったく異なるため、運用成績を比較する意味はほとんどありません

一般論としていえば、社員個人が運用するDCの投資判断より、運用執行理事など専門担当者を社内で配し、必要によっては外部のコンサルティング会社にも運用の助言を求めることができるDBのほうが運用成績がよいのでは、と期待できます。

しかし、「運用成績」だけでいうとDC加入者の平均値のほうがDBを上回っていることもあったりします。なぜなら、きわめて高いリスクを取る一部の個人が結果として好成績を取る現象がDCではしばしば起きているからです。また、年10%近い利回りを確保している社員と、定期預金のみで年0.1%という社員が混在しているのも確定拠出年金の特徴で、メスを入れるべきはこっちのほうです。このあたりは第三の論点で述べます。

(第二の論点)低い運用成績でよいとして低リスク運用をしているDB資産配分はダメなのか

DB制度についてもう少しみてみましょう。運用成績を開示することは差し支えないと思います。企業の決算情報に含めればいいでしょう。ただし「どのような運用方針にもとづいて得られた利回りなのか」を触れないと、ただの数字比較になってしまうことに注意が必要です。

DB制度は制度設計上、予定利率という考え方があります。どれくらいの運用成績を年平均で確保できれば、必要な給付額をまかなえるか、また毎月の掛金はどれくらい拠出すればいいかをガッチリ数理的に計算するために用いる数字です。

企業年金連合会の調査では、年2.0%ないし2.5%に設定している企業年金が多数派となっています。低くても1.5%、高くても3.0%で8割方が収まります。

予定利率はリスクを取るときの判断材料としても用いています。安定的に年2.0%を確保するためには、投資をどれくらいするか、国内外にどれくらい資産を配分するかという検討がされます。

つまり「高い運用成績を目指してなんとなく運用計画を立てているのではなく、リスクとリターンのバランスを勘案しつつ予定利率を達成するように運用計画を立てている」わけです。

日本の企業年金の運用計画は、どちらかといえば保守的です。そもそも1990年代までは株式運用が禁じられていました。株式投資を行い始めた2000年代以降は3年連続のマイナス運用になったり、リーマンショックで手痛いマイナスになったりして、損失が生じたときのダメージが大きかったからです。

ちなみに過去に起きたマイナスは「運用下手」なのではなく「市場平均そのもののマイナス」なので、回避はほとんど不可能です。当時は国の年金運用でも同様にマイナスが生じたものです。

こうした経験を踏まえて、最初から低い目標利回りを設定し、それだけは確実に守る(かつ大きなマイナスは生じないようにする)運用計画を立てているのが現在の企業年金運用です。

今回の情報開示は、リスクはあまり取りたくないと、もともと低い運用利回りを目指す運用計画を立てている企業年金に、『見える化したら、あんたの運用成績は低すぎる!もっと攻めろ!』と怒る人が現れる心配があります。

同じことを個人で例えれば「年寄りはカネは持っているのに投資をしていない。もっと投資しろ!」というような感じでしょうか。個人の場合、高齢者のリスク資産運用を金融機関が過度に促すことが問題視されていますが、企業年金なら投資を押しつけていいというのもおかしな話です。

日本のDB制度は高齢化が進んでいます。これはおおむね日本の高齢社会の進展と企業年金制度の成熟が影響しているからです。現役世代の人数よりOB世代の人数のほうが多い企業年金は珍しくありません。このような制度は高いリスクを取って損失を出すとうまくありません。

また、閉鎖型のDBというのも相当数あります。これは新入社員は対象外としていて既存の社員あるいはOBの給付の権利を保証するためだけに存続している企業年金です(新制度は企業型DCとすることが多い)。粛々と給付をしながらいつかは消滅する仕組みですから、リスクを取る運用は好まれず、むしろ元本割れしないことが最優先です。当然運用利回りは低くなります。

○運用成績の向上を外部が強く言うことに意義があるか

確かに、運用成績を高く確保できれば、必要な給付額を運用による収益で多くまかなうことができるため、掛金を減らすことも可能となります。その差額は本来の企業のビジネスに用いることができ、日本企業の競争力を高めることになるかもしれません。

とはいえ、情報開示し、他社と比較したからと、低い成績のDBが高リスクを強制されるべきではありません

もうひとつ付言すれば、運用計画は企業サイドだけで勝手に決めているわけではなく、運用委員会や理事会・代議員会などを通じて労使の議論を挟んでいることがほとんどです。つまり、高いリスクを好まない労働者の意見があったりして(労組の多くは高いリスクを好まない)、現状の運用計画に収まっているとしたら、無理にリスクを高める理由を外部が干渉するべきなのか、これまた疑問です。

とはいえ、運用成績については、自ずと上昇が見られるものと考えています。物価上昇の継続が基調となり、マイナス金利政策も解除された時代がやってくれば、年2~3%を安全資産でも確保され、リスク資産はそこに数%の上乗せをするような収益確保が当たり前となるからです。

そんな時代がやってくれば、自然と予定利率を引き上げる見直しが行われ、それに基づいたリスク運用が実施されるようになるのではないでしょうか。

(インフレが継続する時代はDBの給付水準を金額ベースでアップしなければならないので、給付額もアップする必要が出ます。運用は今までの計画のままにしておき高金利で予定利率を簡単に稼げる、とはいきません。この点からも、高い予定利率を実現する運用計画にシフトしていくことになります)

(第三の論点)社員がひとりひとり判断するDCの運用成績は比較する意味があるのか

企業型DC制度のほうはどうでしょうか。こちらは前述のとおり「ひとりひとりの社員が自己判断で行った資産配分の平均値」としての運用成績であることに注意が必要です。

会社としては想定利回り(このくらいを運用収益で稼げば導入前の制度の給付水準と遜色ない給付が確保できる利回り。DBの予定利率とは異なる)を示すこともありますが、DBの予定利率と近い水準で設定されていることが多く、設定をしないこともあります。想定利回りを確保するかどうかではなく、本質的には自分自身がどれくらいのリスクを取れて、どのくらいの運用計画とするかを考えるのが大切です。

運用成績については、過去の調査がDB(企業年金)とおおむね近い運用成績を個人のDCも確保していることを示しています。ただし、DBと比べるとリスクを高めに取り過ぎていることも指摘があります。これはつまり「うまくいっているときは高い利回りになるが、市場が下落したときなどは平均より大幅マイナスとなる可能性大」ということです。

また、同じ会社でも1000人の社員のうち、投資をした600人が利回り平均年5.0%を記録している一方で、400人が年0.1%というようなばらつきが生じています。企業全体のDC運用成績としては、3.04%となり悪くない成績に見えますが、600人と400人のあいだには平均値の上下で大きな差が出ています。

各種統計では社員の4割くらいは全額を定期預金等の安全資産で固めているとされます。個人の投資判断として「私は、絶対に、投資はしない(例え運用成績が低かろうとも!)」という人が100%安全運用をするのもまた自己責任ですから、これを禁止すべきではありませんが、あまり合理的ではありません。特に投資知識不足に起因する投資ゼロ判断は機会損失となり避けたいところです。

となれば、DCに関連した運用成績の開示に意味があるのは「全社員の平均」だけではなく、同時に「安全資産100%」という社員の割合に関する情報が必要になります。また、企業の投資教育の取り組み、社員の金融リテラシー向上のために研修等の努力をしているかも併記するべきでしょう。

確定拠出年金を採用している企業は、運用のリスクを自ら負わず社員にバトンタッチしたわけですから、社員が運用判断を自分でできるくらいの知識を授ける義務が法律上設けられています。社員の金融リテラシー向上の取り組みは、人的資本経営の情報開示項目になり得ますが、DCの研修実施状況もこうした開示項目となっていいでしょう。

とはいえ、リスクが高かろうと低かろうと、最後の投資判断をするのはあくまでも個人です。これを平均値が強制することのないように配慮すべきでしょう(「みんな投資をしていますから、あなたも投資しましょう!」という金融機関の営業トークがよろしくないのに、企業年金の運用成績比較で社員を競争させていい、というのはおかしな話です)。

(最後の論点)本質的には年金運用の成績が低い、というのは運用環境が低調であるということではないか

今回の問題、筆者としても「運用成績の情報開示はやればいいのではないか」と思います。

一方で「成績開示は予定利率の開示とセット(DBの場合)」でなければ意味がありません。また、運用計画上の期待リターンやリスクも開示しないと、高さ比べだけになってしまう恐れがあります。小さくても100億、トップ企業では数千億円に達する年金資産の運用計画がやみくもに高い成績だけを追うべきではないからです。

「開示すれば予定利率が上がるだろう(そして企業年金の資金がリスク資産のマーケットに流入するだろう)」というのは読み違いではないかと考えます。

むしろ、予定利率を引き上げてもいいだろうと企業年金が考える市場環境を実現していくのが岸田内閣の課題ではないかと思います。

非効率的な運用だから利回りが低いのではなく、「稼げない市場だと判断されているから、アセットクラスごとに低い利回りが設定され、結果として低い予定利率を設定されることになっている」ともいえるからです。

少なくとも国の年金運用を企業年金運用が大幅に上回ることは考えにくいです。国の年金運用の運用成績が年平均3.97%で、2001年度以降、5年度はマイナス運用となっています。スケールメリットや割り当てられる人材の差を考えれば、企業年金運用がこれに勝つことは難しいのが普通です。

こういう話はしばしば、「ニワトリが先か、卵が先か」の議論になってしまいます。しかし、「企業年金のレベルが低いから運用成績が低いのだ」「レベルが高まれば運用成績も上がるのだ」というの意見には賛同しかねます。

企業年金の競争が先か、そもそもマーケットの環境回復が先か、さてどちらが「にわとり」で、どちらが「卵」でしょうか。

フィナンシャル・ウィズダム代表/お金と幸せについて考えるFP

フィナンシャル・ウィズダム代表。お金と幸せについてまじめに考えるファイナンシャル・プランナー。「お金の知恵」を持つことが個人を守る力になると考え、投資教育家/年金教育家として執筆・講演を行っている。日経新聞電子版にて「人生を変えるマネーハック」を好評連載中のほかPRESIDENTオンライン、東洋経済オンラインなどWEB連載は14本。近著に「『もっと早く教えてくれよ』と叫ぶお金の増やし方」「共働き夫婦お金の教科書」がある。Youtube「シャープなこんにゃくチャンネル」 https://www.youtube.com/@FPyam

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