魔法の一つ星レストランはどこ? 注射器からソース、ありえないTボーン、鼻から煙のデザート!?
ホテルは5月から徐々に再開
新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、インバウンドが激減し、宿泊需要が減り、レストランの利用も控えられました。そのため、多くのホテル、特にラグジュアリーホテルでは春くらいから営業を縮小したり、休止したりし、2020年5月くらいから徐々に再開を始めました。
今では、コロナ前と完全に同じ営業状況ではないにせよ、ほとんどのホテルが営業を再開するに至っています。
休止していた多くの一流ホテルの中でも、再開までに時間を要したのが、マンダリン オリエンタル 東京。
7月7日から宿泊、イタリアンダイニング「ケシキ」、インルームダイニングが、9月1日からは広東料理「センス」、「マンダリンバー」、スパが営業を再開しました。10月15日には「タパス モラキュラーバー」、「オリエンタルラウンジ」、「ピッツァバー on 38th」、「ザ マンダリン オリエンタル グルメショップ」が営業を再開しています。
しっかりとした安全対策
再開がこれだけ遅くなったのは、安全対策をしっかりと行っていたからに他なりません。
ゲストが快適で健康、安全に過ごせることを最優先事項とし、マンダリン オリエンタル ホテル グループでは健康と衛生のスタンダードを強化させたプログラム「We Care」を全館で実施。
この「We Care」に則って、スタッフとの接触希望、健康状態の申告書への記入、サーモグラフィカメラによる検温、スタッフの防護具装着、テーブル間隔の拡大など、様々な感染予防対策が行われています。
美食のマンダリン オリエンタル 東京
マンダリン オリエンタル 東京について簡単に紹介しましょう。
6年連続で米国の格付け会社「フォーブス・トラベルガイド」からホテル部門とスパ部門で最高の五つ星と評価され、「トリップアドバイザー」の「2020年トラベラーズチョイスアワード」ベスト・オブ・ザ・ベストでは日本の「ベストホテル」1位となるなど、数々の栄誉に浴してきました。
食に関しても著しく高い評価を得ています。
ミシュランガイドではフレンチファインダイニング 「シグネチャー」、広東料理「センス」、「タパス モラキュラーバー」が一つ星、「ピッツァバー on 38th」がビブグルマンとして掲載。
3つのレストランが一つ星を獲得し、全部で4施設がミシュランガイドに掲載されているホテルなど、日本では他にありません。まさに美食のホテルといって間違いないでしょう。
10月からは、新たな宿泊プラン「プレミアム モーメント」の販売が開始されました。16時から19時にかけて、90分間のフリーフローと広東料理「センス」の冷菜盛り合わせを楽しめるなど、「マンダリン オリエンタル 東京」の強みである食を生かした価値ある宿泊プランであるといってよいでしょう。
他のホテルにはないイノベーティブレストラン
一つ星を獲得しているレストランは3つありますが、他のホテルで体験できないものといえば、イノベーティブレストラン「タパス モラキュラーバー」。
ホテルのレストランは通常、幅広いゲストに対応するため、あまり先進的な試みを行うことができません。そのため、業態や料理、空間やサービスはよくも悪くもオーソドックスなところに落ち着きます。
しかし「タパス モラキュラーバー」は、最先端の科学調理を用いた料理と息をもつかせぬパフォーマンスによってゲストを魅了する、高級ホテルの枠を超えた気鋭のガストロノミーレストランなのです。
ヴェールに包まれたレストラン
日本の国内からだけではなく、海外からもたくさんのゲストが訪れており、8席しかないカウンター席の予約は常に2ヶ月先まで埋まっていました。
しかし、これだけの人気店でありながら、席数が少なく、パフォーマンスがその瞬間限りであることから、どのような食体験ができるのか、ヴェールに包まれていたのです。
営業が再開され、以前に比べれば利用しやすくなったところで、ほとんど取材も受けてこなかった「タパス モラキュラーバー」について改めて紹介しましょう。
料理長はカナダ出身の牛窪健人氏
2020年から「タパス モラキュラーバー」の料理長を務めるのは牛窪健人氏。香港出身の前料理長、周雁平(チョウ ニヤンピン)氏の右腕を務めてきた料理人です。
カナダで育った牛窪氏は、16歳の頃にアートと料理を融合したモラキュラー料理に関心をもち、自身がイメージした料理を具現化するために、アメリカ・ワシントンの大学で芸術学を専攻し、学士号を取得しました。
「食のエクスペリエンスは五感以上の感性を呼び起こし、レストランでの体験こそが最高の芸術」という考えのもと、料理に命を吹き込みます。
コースの内容
その牛窪氏のインスピレーションから紡ぎ出されたコースは次の通り。
・バターシュリンプ
車海老 / トマト / マサラ
・ワッフル
キャビア / サワークリーム / ハーブ
・カリフォルニアロール
ズワイ蟹 / アボカド / 海苔
・吹雪
ロブスター / 雪 / パスタ
・カルボナーラ
トリュフ / オルゾ / ハム
・ビスク
茸 / 備長炭 / 煙
・魚のムニエル
金目鯛 / バター / レモン
・フォアグラ
柿 / バニラ / 綿菓子
・北京ダック
きゅうり / 葱 / 藁
・Tボーン
和牛 / 玉ねぎ / ケージャン
・ラムレーズン
固体 / 液体
・フォンダン
瞬間 / チーズケーキ / ブルーベリー
・ロッキーロード
チョコ / マシュマロ / アーモンド
・アフターエイト
メレンゲ / ミント / カカオ
※季節によって新しくなる
デギュスタシオンが主流の現代ガストロノミーにあっても、全部で14品というのは多い方です。
18時もしくは20時30分に一斉スタートし、カウンター越しに座ったゲスト全員に、これら14品が同時進行で流れるように提供されていきます。
シグネチャーメニューの紹介
牛窪氏のシグネチャーメニューについて、秘密を明かさないように触れていきましょう。
「北京ダック」は逆転の発想から生まれた新しい北京ダックです。主役の皮だけではなく、肉も楽しめるのが嬉しいところ。滋味が豊かな京鴨をマリネし、絶妙な火加減で焼き上げて風味を最大限に引き出しています。皮で巻くかわりに、皮に見立てた湯葉を添えるなど、独創的なアイデアが秘められた一品。
「カルボナーラ」は見た目も味も、卵を使用した普通のカルボナーラに思えます。しかし実は、全く別の食材が使用されているという、驚きのパスタ。トリュフをスライスして、より贅沢に仕上げています。
「Tボーン」も見た目は通常のTボーンステーキ。しかし、フィレとサーロインを同じ調理法で焼くと大味になりがちだからということで、それぞれを別々に味付けて調理しています。切り離されたフィレとサーロインが再びTボーンステーキとしてプレートに構築されているのは、まさにマジックです。フィレとサーロインを最もおいしく食べられる、ありえないほど完璧なTボーンステーキといっても過言ではありません。T部分の骨が食べられるようになっているのも非常に面白いところ。
「アフターエイト」は口の中に入れて食べると、鼻から白い煙が出てくるという不思議なデザートです。
どの席からもよく見える
「タパス モラキュラーバー」の料理は他では体験できないものばかりで好奇心がそそられますが、魅力はそれだけではありません。他のイノベーティブレストランにはない特筆するべき点が、いくつもあるのです。
最初に挙げたいのは、どの席からでもパフォーマンスがよく見えること。
ショー形式のイノベーティブレストランは、料理人の動きやキッチンの様子が見られることが醍醐味のひとつ。しかし、ただオープンキッチンになっているだけでは、全てが見えるようにはなりません。
カウンターが一列になっていると端で作業している時には反対側の席から見えにくくなり、16席以上の大きなコの字型カウンターになっているとキッチンまでの距離が長くなってしまいます。
「タパス モラキュラーバー」は席間隔に余裕のあるコの字型カウンターで、正面に4席、サイドに2席ずつといったバランスよい配置。ゲストがどこに座っていたとしても、カウンターの向こう側が隅々まで見えるようになっているのです。
小物が充実
小物の充実ぶりも目を見張ります。
先に紹介した「カルボナーラ」のように、他の料理に似せたものを提供するといった遊び心とあわせて、雰囲気を醸成する小物がたくさんあるのです。
注射器でソースを注入したり、枡に料理が載せられていたり、すり鉢でコンディメントを作ったり、スポイトに入ったシロップで料理を仕上げたり、火山に見立てたデザートをスコップのスプーンやフォークで食べたりと、小物の列挙に暇がありません。
料理によってプレートが全て違うのも、こだわりのひとつ。次にどういったものが現れるのか、全く想像がつかず、未知の食体験が開かれていくのです。
バラエティ溢れるペアリング
個性的な料理やプレゼンテーションに負けないドリンクのペアリングが楽しめるのも、大きな特長。
世界のコンペティションでも活躍する、ホテルのシェフソムリエを務める野坂昭彦氏がセレクトしたペアリングには「創造、自由、進化」というコンセプトが掲げられています。伝統的なワイン産地に加えて、低アルコールワインや自然派ワイン、さらには日本酒や梅酒などもマリアージュされているのです。
アルコールが苦手な人には、ノンアルコールペアリングが用意されているので安心。
グラスの形状や温度でも最適な提供方法が選ばれ、ゲストの目の前で1杯分の小さなデキャンターに移してからサービスするなど、ドリンクへの追求も尽きません。
空間の妙味
最後に挙げるべき点は、空間の妙味。
「タパス モラキュラーバー」は38階という高層階に位置した、日本でも他にはないイノベーティブレストランです。
客席は窓の近くにはないので、外に広がる景色を眺められるわけではありませんが、高層階の空気感は十分に伝わってきます。天井高は5.4メートルもあるので非常に開放的。
また、上質なアフタヌーンティーや極上のハンバーガーで好評を博している「オリエンタルラウンジ」の店内に存在しています。クラシカルな美食メニューを味わえる優雅なラウンジの中に、最先端の分子ガストロノミーを堪能できるレストランが存在しているなど、奇跡の取り合わせといっても過言ではありません。
「タパス モラキュラーバー」は魔法のような料理を紡ぎ出していますが、実は「タパス モラキュラーバー」の存在自体が魔法で隠されているかのようなのです。
五感に訴えて心を揺さぶる
マンダリン オリエンタル 東京がオープンしたのは、2005年12月2日。
当時ホテルで「タパス モラキュラーバー」のようなイノベーティブ料理をカウンターで提供するスタイルは非常に珍しいものでした。国内外のゲストによる好意的な口コミが広がり、さらに注目度は高まっていきます。そして、ミシュランガイドで星を獲得するなどし、不動の地位を確立したのです。
イノベーティブ料理はよくわからないと感じる人も多いですが、2008年にスペインの料理評論家パウ・アレノス氏は、イノベーティブ料理を「テクノ=エモーショネル」と名付け、「科学や新たなテクノロジーを用いて、味覚・嗅覚ばかりでなく、五感のすべてに訴えて心を揺さぶる」と定義しました。
これに則ってみれば、イノベーティブ料理とは五感に訴えて心を揺さぶるものであり、これこそがまさに「タパス モラキュラーバー」のカウンター越しにある「実験室」で創造された料理ではないのかと腑に落ちます。
心が揺さぶられるほどの食体験を得られるレストランにはなかなか巡り合えません。それだけに、「タパス モラキュラーバー」が再開したことは、東京のガストロノミーシーンにおいて非常に大きな意味をもつのです。