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コスメ産業に潜む人権侵害――日本の「エシカル」に足りないもの

六辻彰二国際政治学者
(写真:アフロ)
  • 近年、食品や衣料品だけでなく化粧品でも、原材料の鉱物や植物の生産で、児童労働や人身取引に関する報告が増えている。
  • こうした原材料の使用を見合わせるといった対応をとる企業も増えているが、大きな反応をみせない企業も少なくない。
  • しかし、エシカルやサステナブルのムーブメントを先導するメディアには、エコや動物愛護と比べて人権問題に触れない傾向も強く、これは日本のエシカル消費をバランスを欠いたものにしかねない。

 人、とりわけ女性を美しくする化粧品の生産過程をたどっていくと、そこで苦しむ人々の姿がある。

輝きの裏にある血と涙

 この数年、コスメ産業には深刻な人権問題とのかかわりが指摘されている。

 世界的なコスメブランドLushは2018年、口紅やアイシャドーに光沢を加える目的で配合されるマイカ(雲母)を今後すべての商品に使用しないと発表した。マイカ生産に児童労働の懸念が大きいことが理由だった。

 マイカはケーブルの絶縁体や絵具などにも使われるが、インドはその大生産国だ。インドのマイカ鉱山を調査したオランダのNGO は2016年、約2万人の子どもが働いており、ある地域ではマイカ採掘者の約1/3が12歳以下だったと発表した。

 インドでも児童労働は違法だが、こうした鉱山では多くの子どもが安全でない状態で働いており、しばしば死亡事故も発生している。さらに、彼らのほとんどが正規の賃金の半分以下しか受け取っていなかったという。

 こうした鉱山で産出するマイカは、名だたるブランドを通じて流通しており、報告によると世界のマイカの約25%がこうした違法な採掘によるものと推計される。

マイカだけでない闇

 指摘を受け、欧米の大手コスメ産業は共同で実態調査を行ない、その結果Lushはマイカ使用停止に踏み切ったのである。その他、ランコムやイヴ・サンローランなどを傘下に収めるロレアル(L’Oréal)は「合法的に生産されたマイカしか使用していない」と声明を出し、Lushと同じくベジタリアンやビーガンに適した製品を多く提供するGreen Peopleはインド産マイカをマレーシア産に切り替えるなど、いくつかの企業が対応をとっている。

 しかし、その後もインドのマイカ鉱山では児童労働が確認されているだけでなく、マダガスカルなどその他の生産国でも同様の報告が数多くあがっているが、これに無言のままの企業も珍しくない。

 マイカだけではない。例えば、クリームなどで使われるパームオイルの原料パームヤシは、その多くが熱帯の農園で栽培されているが、そこでもやはり深刻な人権侵害が目立つ。

 国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは2016年、インドネシアなどのパーム園での調査結果を発表したが、そのなかには法定最低賃金を下回る低賃金、除草剤などによる負傷など安全に配慮されない労働環境が数多く指摘されており、なかには命綱などもないままに地上20メートルの高さで伐採作業を強いられる子どもの例もあった。

 人権侵害の被害は子どもだけではない。多くの有名ブランドと取引のあるインドネシアやマレーシアのパーム農園で働く数百人にインタビューしたAP通信は、低賃金で働きながら逃げることもできない女性の多くが、農園の男性管理人によって定期的にレイプされている実態を明らかにした。APの取材に応じたある女性は「もう当たり前のことになっている。生まれてからずっと農園にいたから」と応じている。

「サステナブル」は信用できるか

 こうしたサプライチェーンの影にある人権問題は、食品の分野で早くから取り上げられてきた。とりわけ栽培に多くの人手を必要とするカカオ豆やコーヒー豆は、1970年代からいち早くフェアトレードの対象になってきた。

 鉱山や農園といった閉じられた空間での児童労働や違法低賃金労働は、人身取引や債務奴隷といったさらに深刻な問題の温床にもなりやすい。フェアトレードやエシカル消費の対象は現在、衣料品、貴金属、自動車や家電などにも広がりをみせているが、コスメにもその波は及んでいるのである。

 パームオイルは食品の他、化粧品や洗剤などでも多く使用されている。そのため、パーム取引にかかわる企業が、そのサステナブルな利用のために立ち上げた業界団体、持続可能なパームオイルのための円卓会議(RSPO)にはネスレ、ケロッグ、ユニリーバといった大手食品企業だけでなく、シャネルやロレアルといった有名コスメブランドも加盟している。

 RSPOは独自のガイドラインに基づき、その透明性を高めることで、パームオイルの生産・流通がサステナブルであると宣伝している。しかし、その加盟企業の多くはアムネスティの指摘に反応していない

日本のエシカルに足りないもの

 近年では、エシカル消費などのムーブメントは日本でも広がりをみせている。消費者庁が昨年行なったエシカル消費に関する世論調査によると、「興味がある」「購入経験がある」のいずれも女性の方が高かった。

 いまや情報番組や女性誌でもエシカルだけでなくサステナブル、SDGs、オーガニック、ビーガン、クリーンビューティーといった用語が頻繁に取り上げられる。

 ただし、筆者のみた限り、こうしたメディアでの取り上げ方はエコ、健康、あるいは動物愛護の観点がほとんどで、人権問題は滅多に触れられないように映る。あったとしても、「現地の男性が女性を抑圧している」「現地の大人が子どもを搾取している」など、あくまで‘現地の’人権問題といった切り口が目立ち、そうしたモノを買い上げる海外企業をはじめ国際的なサプライチェーン全体の問題として取り上げられることは稀だ

 中国の新疆ウイグル自治区における綿花栽培や衣料品生産など、よほど注目度の高い問題を除くと、日本ではサプライチェーンにかかわる海外の人権問題にメディアが深入りしない傾向が強い。スポンサーの意向がかかわれば、なおさらだろう。

 もっとも、メディア関係者にいわせれば「それがユーザーのニーズに合致している」ということかもしれない。実際、カルチャーやライフスタイルを取り上げるメディアで人権問題を取り上げるのが重すぎることは理解できる。

 しかし、少なくともムーブメントを先導するのであれば、日本におけるエシカルやサステナブルの理解を矮小化させないように努めるべきだろう。

不信感は払拭できるか

 もう一つ日本のエシカルに足りないものをあげるなら、それは透明性である。

 パームオイルの例でも分かるように、企業がサステナブルを強調していても、その実態が疑わしいものも少なくない。「こんな取り組みをしています」という企業のアピールや、それに乗っかったような著名人のコメントをメディアが紹介することは普及啓発の一環になるかもしれないが、逆に暗部を覆い隠す一助にもなりかねない。

 だからこそ、政府の旗振りや企業の宣伝に頼らない、独立した検証が欠かせない。例えば、エシカル消費の草分けともいえるイギリスの雑誌エシカルコンシューマーはさまざまな企業の商品を環境、健康、社会問題などの観点からテストし、その結果を発表してきたが、その対象には食品、衣料品、家電などとともに化粧品も含まれており、環境や動物愛護だけでなく人権問題にも配慮したブランドが推奨されている。

 あえていうなら日本の場合、アムネシティやエシカルコンシューマーのように独立した立場からの、ハードボイルドな(筆者としては最大限の賛辞のつもりである)検証がほとんどないまま、エシカルやサステナブルの語だけが踊っている

 それは逆に、エシカル消費の信頼度を低下させかねない。消費者庁の世論調査で、「エシカル消費につながる商品・サービスを購入したくない理由」として、「価格が高い」の次に多かったのは「本当にエシカル消費につながるかわからない」だった。

 透明性を高め、「企業のマーケット戦略に過ぎない」といった見方を多少なりとも払拭できるかは、日本のエシカル消費の質を向上させ、定着させるうえで欠かせないといえるだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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