Yahoo!ニュース

「キノコ」は何を伝え合っているのか:世界で初めて日本の研究者が自然のキノコで「シグナル伝達」を観察

石田雅彦サイエンスライター、編集者
イメージは本文と関係ありません。(提供:イメージマート)

 植物が植物同士や昆虫などとある種の情報を伝達をしているというのはよく知られている事実だが、菌類のキノコも同じようにシグナル伝達をする。これまで実験室内だけで観察されていたが、日本の研究者が世界で初めて自然状態のキノコがシグナル伝達をしていることを観察した。

キノコの情報伝達とは

 数年前から、キノコが「言葉を使って会話する」という研究(※1)が話題になっている。これは英国、西イングランド大学ブリストル校の非従来型コンピューティング研究所(Unconventional Computing Laboratory)の研究グループによるもので、キノコ類の電気シグナル伝達や菌類の情報ネットワークを使ったウェアラブルデバイスなどの開発をしているようだ(※2)。

 我々の脳にある神経細胞(ニューロン)は、一種の電気信号(活動電位)が生じさせるスパイクというパルスによって情報伝達をしている。植物もカルシウムイオンのパルスにより、ある種の情報を伝達をしていることがわかっている(※3)。

 キノコが言葉を使っているかどうかは別として、これまでの研究からキノコもどうやら電位変化による電気シグナル伝達で情報をやり取りしているようだ。キノコたちは、いったいどんな情報をどんな方法で伝達しあっているのだろうか。 

 ところで、我々が普段、目にしたり食べたりしているシイタケやマイタケ、マツタケというものの正体は、菌根菌という菌類の中の外生菌根菌の子実体だ。

 この子実体はキノコの胞子を作り出す生殖器官のようなもので、外生菌根菌の実体は土壌中や樹木などの宿主となる植物の根に共生する菌糸体ということになる。この菌糸体は、土壌中に糸状の菌糸を延ばしたり、共生している宿主の植物の表面に広がている。

自然状態のキノコの世界初の観察

 これまでの伝達に関するキノコの研究は、冒頭で紹介したものも含め、実験室内で行われてきた。だが、自然状態のキノコで本当に電位変化による電気シグナル伝達がされているのかどうか、まだわかっていなかった。

 今回、東北大学、長岡工業高等専門学校、京都大学の研究グループが、世界で初めて自然状態のキノコに電極を設置し、屋外での電位変化の測定に成功した(※4)。この研究では、雨が降るとキノコの電位が変化し、方向性のある電気シグナル伝達が起きている可能性があることがわかったという。

本研究の様子。キノコ(オオキツネタケ)の子実体に電極を差し込んでいる。東北大学のリリースより。
本研究の様子。キノコ(オオキツネタケ)の子実体に電極を差し込んでいる。東北大学のリリースより。

 この研究について、筆者の一人、東北大学大学院農学研究科助教、深澤遊氏に話をうかがった。

──今回のご研究は、実験室内ではなく屋外の自然状態のキノコでも電気シグナル伝達が行われていることがわかったということですが、屋外での観測が難しい理由には何がありますか。

深澤「環境条件がコントロールできる室内と異なり、野外では温度や湿度など多くの条件が変化しますし、今回の論文でのように雨も降ってきますので、それら環境変化の影響が排除できないという点が難しいと思います。ただ、今回の論文で示しましたように、測れば測れないことはありません。雨が降ってきたら電位が高まるといったような、キノコの環境応答を見ることができるといったメリットももちろんありますし、私たち生態学者はむしろそれを見ることを目的としてやっている部分もあります。多分、これまで野外でやられていなかったのは、キノコの電位を測定している人たちの目的が生態学ではなく、キノコ栽培であったりキノコを応用した生物コンピュータの開発といった工学系の分野だったからだと思います」

──電気シグナル伝達の時系列データで、電位差のスパイクが出現することと伝達することに有意な因果関係を認める方法についてお教えください。

深澤「電位が野外で測れたからといって、それが本当にキノコの電位なのかどうなのかという問題はあります。今回の論文でも、この点が完全に解決できたわけではありません。そもそも単純にキノコに太い電極を刺しているだけですので、ニューロンなどの細胞自体に微小電極を刺して測定する膜電位とは違うものを測っている可能性が大きいです。ただ、キノコ由来ではない、雨滴のイオンや雨滴の衝撃による物理的な電位の揺らぎを測定しているだけである可能性は、スポンジで作ったダミーキノコで同様に測定することで排除しました。統計解析では、時系列因果推論という方法を使っています。これはスパイクに限らず、複数の対象(この場合はキノコ)で測定されたデータ(電位)の時間的変化パターンを対象間で統計的に比較することで変化パターンの因果関係を推定する方法です」

電位を測定している期間中の気温と降水量(A)とキノコ6個の電位差の変動(B)を示すグラフ。東北大学のリリースより。
電位を測定している期間中の気温と降水量(A)とキノコ6個の電位差の変動(B)を示すグラフ。東北大学のリリースより。

自然環境で重要な役割を果たしている菌類

──今回、観察されたキノコ(子実体)は、土壌中に同じ菌糸ネットワークを持っていて地上にキノコ(子実体)を出したもの(キノコ1、キノコ2)という理解でよろしいでしょうか。同じ菌糸ネットワークではない、別々の菌糸ネットワーク同士の何か特別な伝達の可能性は考えられませんか。また、キノコ(菌類)と他の植物など、土壌中の異種間のシグナル伝達の可能性についてはいかがでしょうか。

深澤「はい。同じ菌糸ネットワークのキノコと考えております。ただ、30cm程度離れているキノコもありましたので、確実に同じコロニーから出たものかどうかはわかりません。ですので、別々の菌糸ネットワークである可能性も排除できません。同じコロニーから出たキノコであることを確実にいうためには、DNAのクローン解析をする必要がありますが、今回の論文ではそこまでやっておりません。キノコ(菌類)と他の植物など、土壌中の異種間のシグナル伝達の可能性についても、今後試してみたいと考えています」

──今回のご研究では、シグナル伝達には方向性があることが示唆されたとのことですが、これは何を意味するとお考えでしょうか。例えば最近、深澤先生らが出された論文(※5)のように餌の情報のやりとりなどをしているのでしょうか。また、今回はキノコ1からキノコ2への電位変化のほうが速かったとのことですが、条件の環境によって逆の方向性のほうが速くなる可能性はありますか。

深澤「今回、示唆された電位の変化パターンの伝達が、なんらかの意味や機能をもったシグナルなのかどうかは、今後いろいろな方法で確かめていく必要があると考えています。例えば、何か刺激を与えてみて、その刺激に由来する電位変化が伝わった先のキノコで何らかの生理的変化が起こるのか、などです。ですので、方向性については、刺激に由来する電位の変化が、それ以外の部分に方向性を持って伝えられている可能性を考えています。餌の情報のやり取りの可能性もありますし、虫に食われたとかネガティブな情報の可能性もあると思います。条件によっては逆方向になる可能性ももちろんあると思います。すべて、これから検証していくべき課題です」

──英国の研究(※1)では、キノコは単語を用いるなどという内容のものがありますが、電気シグナル伝達のパターン分析でそこまで可能なものなのでしょうか。

深澤「キノコが単語を使うという研究は、キノコの電位変化のパターンに言語的解析を当てはめてみただけであって、それがシグナルとして意味を持っているかどうか、情報を伝えているかどうかはまた全く別の問題です。現段階ではキノコが言語を用いているとは言えないと思いますが、今後の研究でそのへんがわかってくると面白いですね」

 キノコが美味しい季節だが、キノコなどの菌類は自然環境で重要な役割を果たしている。深澤氏は、自然状態のキノコで電気シグナル伝達が観察されたことの意味について菌類の生態学的な役割の解明につながると期待している。

※1:Andrew Adamatzky, "Language of fungi derived from their electrical spiking activity" ROYAL SOCIETY OPEN SCIENCE, Vol.9, Issue4, 6, April, 2022

※2-1:Andrew Adamatzky, et al., "Reactive fungal wearable" Biosystems, Vol.199, January, 2021

※2-2:Andrew Adamatzky, et al., "Fungal Gray Matter" Unconventional Computing, Arts, Philosophy, 423-433, 2022

※3:Masatsugu Toyota, et al., "Glutamate triggers long-distance, calcium-based plant defense signaling" Science, Vol.361, Issue6407, 1112-1115, 14, September, 2018

※4:Yu Fukasawa, et al., "Electrical potentials in the ectomycorrhizal fungusLaccaria bicolor after a rainfall event" Fungal Ecology, Vol.63, June, 2023

※5:Yu Fukasawa, Kaho Ishii, "Foraging strategies of fungal mycelial networks: responses to quantity and distance of new resources" frontiers in Cell and Developmental Biology, doi: 10.3389/fcell.2023.1244673, 1244673, 24, August, 2023

サイエンスライター、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

石田雅彦の最近の記事