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赤ちゃんは母親じゃなきゃだめ?カルシウムサプリで背が伸びる?信じがちなネットの育児情報

坂本昌彦佐久医療センター小児科医長 日本小児科学会指導医
イラスト:江村康子

 先日、4月1日はエイプリルフールでした。せっかくなので、SNSに何か面白い投稿をしようかなという思いが一瞬頭をかすめました。でも、信憑性がありそうな紛らわしい話で誤解を生んでもよくないし・・そう考えながら、今はエイプリルフールのネタを楽しむには向いていない時代かも知れないと思いました。

 現代は、ネット上に本当なのか冗談なのか分からない情報が溢れている時代です。コロナ禍で想定外の毎日を過ごす私達にとっては、どんなニュースを見ても以前ほど驚かなくなっています。「そんなの噓でしょ」とカンタンに言えません。

 それは医療情報も同じです。どの情報が正確なのか、専門家でないと判断が難しいことも少なくありません。とりわけ育児については経験者が自身の経験を専門家然として語る傾向もあり、様々な情報が飛び交っています。しかし親切心であっても、結果的に保護者に負荷をかけ、追い詰めてしまう情報もあります。正確な情報を選べるように声を上げるのも専門家の役目といえます。 

 そこで今回は、いくつか例を挙げ、育児に関する情報について検証したいと思います。 

3歳までは母親が育てないとダメ、ではありません

 数年前から、ネット上で「子育て中でしんどいことがあっても、がまんする。だって『お母さんだから』」という絵本などが時々話題になって(炎上して)います。そこには「赤ちゃんには母親じゃなければダメ」という考え方が背景にあります。その元になっているもののひとつが3歳児神話です。

 3歳児神話とは、「子どもは3才までは常時家庭で母親の手で育てないと,その後の成長に悪影響を及ぼす」というものです。子育てにおける「母性」を絶対的なものとして強調する考え方が背景にあります。「保育園に行かせることは手抜き育児」という意見もここから生まれます。この考え方は「夫は仕事、妻は家事と育児」の生活様式と深く繋がっていますが、この生活スタイルは戦後の高度経済成長期に核家族化が進む過程で形成された数十年の間に形作られたものであり、決して日本の伝統ではありません。

 近年、乳幼児期に基本的信頼感を形成することの大切さが強調されるようになっています。米国小児科学会も、親や家族としっかりとした絆を築くことは、乳児が他人との関係を築く上でも役に立つことを強調しつつ、親以外の他人との関わりを持たせることは、他人との関係を学ぶ事になるとしています。絆を築く役割を母親に限定する考え方は、専業主婦より共働き世帯が多い現代には合わないですし、この役割は父親や信頼できる保育者など、多くの大人が共同で果たすべきものです。

 既に平成10年の厚生白書は「3才児神話には少なくとも合理的な根拠は認められない」としています

「母乳の質」についての医学的な定義はありません

 「質のよい母乳のための食事」という言葉を時々目にします。子どものために「質の良いものを準備してあげたい」というお母さんの気持ちは自然なもの。しかし、そもそも「質のよい母乳」とは何を指すのでしょう。母乳の成分割合は毎回同じではなく、1回ごとの授乳でも刻々と変化するとされます(1)。一定の基準で評価できないため、「母乳の質」という言葉そのものが医学的な根拠に乏しい表現といえます。当然医学的な定義もありません。とはいえ、そう断言するだけではモヤモヤが晴れないお母さんもいらっしゃるかもしれません。もう少し説明しましょう。

 母乳は母が摂取した食べ物から直接作られるのではなく、血漿成分を元に乳房の乳腺で作られます。母乳の栄養成分は母体から優先的に調整され、母親が栄養失調の集団に属していても、母の摂った食事は母乳中の蛋白含有量に影響を与えなかったとの報告があります(2)。CDCは、授乳中に特定の食品を制限したり避ける必要はなく、健康的でバリエーションのある食事を摂るよう奨励しています

「授乳中にケーキを食べてはいけない」にも根拠はありません

 授乳中の食品に関しては、他にも「授乳中にケーキを食べたら乳腺が詰まりやすくなるからダメ」というものもあります。乳腺の詰まりの原因として、米国小児科学会は「授乳手技が適切でない場合、急に授乳量が減った場合、細菌感染、母の服がきつく乳房に圧がかかる場合」などを挙げていますが、脂肪分の高い食事が詰まりの原因になるという記載はありません。朝から晩までクリームたっぷりのケーキばかり食べていると、たしかに身体の栄養バランスは崩れる可能性がありますが、それは授乳以前に気をつけないといけない生活習慣かと思います。授乳中だからケーキは禁止など、厳密に制限する必要はないでしょう。

 「授乳中はコーヒーを飲んではいけない」についてはどうでしょうか。カフェインはたしかに母乳を通じて乳児に移行しうるものです。ただ、通常1日2~3杯のコーヒーであれば問題なく摂取可能とされています(3)。10杯とか過剰摂取はともかく、2~3杯であれば禁止する必要はありません。

 「授乳中の母の食事は赤ちゃんの発達に影響を与える」という情報も目にします。しかし国立健康/栄養研究所による「妊産婦のための食生活指針の改定案作成及び啓発に関する調査研究報告書」(令和元年度)では、「授乳期の特定の食品摂取や食事パターンが児の予後に影響を与える報告はない」としています。例として授乳中の母親の食事パターンやサプリメント摂取と子どもの自閉症スペクトラム障害との関連について、発症率に差はなかったという報告が紹介されています(4)。

 従来通り、バランスのよい食生活を心がければよいと思います。

カルシウムを摂っても背が伸びるわけではありません

 「カルシウムを摂ると背が伸びる」という情報は世の中に溢れています。しかし、実際にはカルシウム摂取で骨は丈夫になっても、背が伸びるという根拠はありません。7歳の子ども84人を、カルシウム補充を行うグループと、そうでないグループに分けて行われた中国の研究では、補充したグループの骨密度(骨の強さ)は増えましたが、身長は差がみられませんでした(5)。アメリカ国立衛生研究所のカルシウムに関する資料にも、カルシウムの効果として「骨の長さを伸ばす効果」は記載されていません

 その他にも世の中には、「背が伸びてほしい」と願う親子をターゲットに、「身長を伸ばす効果がある」と宣伝した食べ物やサプリメントは数多くありますが、特に医学的な効果が証明されているわけではありません。現状を憂えた日本小児内分泌学会は次のような声明を出しています(6) 。

 「栄養不足の状態でなければ、カルシウムや鉄、ビタミンDを含んだサプリメントを摂取しても成長が促されることはなく、成長ホルモンの分泌を促す物質や成長ホルモンを含むスプレーを鼻や口に噴霧したりしても身長が伸びることはない」。

 ちなみに、「牛乳はリンが多く含まれており、飲むことでかえってカルシウム不足になる」とか「牛乳は実は骨粗鬆症の原因になる」というネット情報もありますが、これも誤った情報です。たとえば、ある研究では20歳以上の女性3251名の公的保健データをもとに、小児期の牛乳摂取量が少ない女性は骨密度が低く、骨折のリスクが高かったことを報告しています(7)。ほかにも多くの研究で「牛乳はカルシウムの摂取に繋がり、骨粗鬆症の予防に繋がる」ことが示されています。

夜尿は「家族との関係が悪い」ことが原因ではありません

 「夜尿があるのは家族との関係が悪いから」という情報も見たことがあります。夜尿は様々な要因が関わるとされています。夜に作られる尿量が多い(夜間多尿)、排尿に関係する筋肉の活動が過剰(排尿筋の過活動)などが指摘されていますが、発達の遅れや遺伝が関係する可能性も指摘されています(8)。

 また、実は腎臓の病気や内分泌の病気(尿崩症や糖尿病)等が隠れている可能性もあります。決して家族関係に原因を集約できる問題ではありません

 他にも「夜尿はプレッシャーをかけるから悪くなる」という情報も見かけます。たしかに夜尿は尿意を感じられないのが原因で、本人の過失ではありません。わざとではないので罰を与えても改善しません。いっぽう、夜尿は医療機関での治療で治癒を大幅に早められるケースもあり、夜尿で本人や家族が悩んでいる場合は医療機関での積極的な治療が勧められています(8)。「夜尿は放っておけばよい」というものではありません。

 ちなみに、夜泣きについても同様に「原因は母親の愛情不足」などの情報が見られますが、赤ちゃんは理由なく泣くことがあります。夜泣きについては以前以下の記事で解説していますのでよろしければご覧ください。

「赤ちゃんが泣き止まない…」追い詰められる前に 小児科医が答える夜泣き対策

さいごに

 今回、ネットには「エイプリルフールも真っ青」になるような「一見本当にみえる」不正確な情報がたくさんあることを思い出し、まとめてみました。育児は様々な情報が乱れ飛ぶ分野です。SNS等で情報を見かけた場合に、少しでも正確な情報を見分けるには、一呼吸置いて次の点をチェックしてみてください。万能ではありませんが、多少は役に立つかも知れません。

1.発信者は誰か

   厚生労働省など公的機関の情報を優先する

2.何を根拠に言っているか

   論文やガイドラインなどの文献を根拠にした情報を選ぶ

3.多くの医療者が同意する内容か

   少数〔医療者含む]だけが勧める内容には飛びつかず、慎重に。

医療者の発信だからといって、それが必ず正しいとは限りません。

だからこそ私も、医療者の一人として、少しでも正確な情報が増えるよう真摯に発信を続けていきたいと思います。

<参考文献>

(1) Institute of Medicine (US) Committee on Nutritional Status During Pregnancy and Lactation: Nutrition During Lactation. National Academies Press (US); 1991. 6, Milk Composition. (https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK235590/ 2021年4月1日参照))

(2) Villalpando SF, et al: Eur J Clin Nutr. 1992 ;46(5):337-48.

(3) AAP Committee on Drugs: Pediatrics 2001, 108 (3) 776-789

(4) Li YM, et al: Medicine. 2018;97(52): e13902.

(5) Lee W,et al: British journal of Nutrition,74(1),125-139,1995.

(6)日本小児内分泌学会:「身長を伸ばす効果がある」と宣伝されているサプリメント等に関する学会の見解

(7) Heidi JK, et al: The American Journal of Clinical Nutrition,77(1), 2003,257–265.

(8)日本夜尿症学会.夜尿症診療ガイドライン2016,診断と治療社

佐久医療センター小児科医長 日本小児科学会指導医

小児科専門医。2004年名古屋大学医学部卒業。現在佐久医療センター小児科医長。専門は小児救急と渡航医学。日本小児科学会広報委員、日本小児救急医学会代議員および広報委員。日本国際保健医療学会理事。現在日常診療の傍ら保護者の啓発と救急外来負担軽減を目的とした「教えて!ドクター」プロジェクト責任者を務める。同プロジェクトの無料アプリは約40万件ダウンロードされ、18年度キッズデザイン賞、グッドデザイン賞、21年「上手な医療のかかり方」大賞受賞。Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2022大賞受賞。

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