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国立科学博物館のクラファン1億円調達は美談か?

木曽崇国際カジノ研究所・所長
(写真:アフロ)

国立科学博物館が資金不足の補填の為に、バックヤードツアーなどの特別なサービスを付加したクラウドファンディングを実施し、あっという間に1億円を調達したとのニュースが報じられていますが、これはけして「美談」ではありません。本件に関して、観光分野の専門家としてコメントしたいと思います。

このニュースは現在「寄付金と共に沢山の応援のコメントが…」などと、あたかも美談かのように報じられていますが、その背景にあるものは全く「逆」の文化施設等をめぐる我が国の状況です。博物館や美術館が高額の料金を支払った客に対して、他とは違う特別なメニューを提供するというサービスは、欧米圏においてはいたって標準的な施策です。例えば米国ニューヨークの自然史博物館などでは、一人約2万円で博物館内に宿泊できるサービスなども提供しています。

一方で、日本の文化施設におけるこの種の特別施策は、未だ大きく広がっていないのが現状。その背景には「博物館や美術館などの文化施設は、同時に教育施設であり、全ての国民に対して平等に教育機会を提供しなければならない」とする主張が我が国ではとても強く、一部高額入場者のみに特別なサービスが提供されることに対して、「通常時は」批判が大きいという点があります。なので、日本の文化施設は特別なメニューを提供できない、もしくはそれを提供できたとしても庶民でも手に入る様に「価格を抑えろ」という社会圧力がかかる。

対して、今回実施された国立科学博物館のクラファンですが「コロナ禍の影響や光熱費の高騰によって今のままではサービスを維持できない」という名目で寄付を募る形式にはなっていますが、高額寄付を行った者に対して普段は見られないバックヤードツアーを提供したり、倉庫に保管してある特別な乗り物に乗れたりと、要は今まで「全国民に平等な教育機会を」という批判によって封じられてきた、高額支払いをする一部の客に対して特別なサービスを提供するものとなっています。

正直申し上げると、この種の施策というのは「こんな財政状況になる前」の段階から普通に実施されているべき施策であるわけで、私の目から見ると「瞬く間に1億円クラファンで集まった」という美談ではなく、寧ろこういう施策を社会全体が文化施設に対して「封じて来た」からこそ、国立科学博物館「ですら」財政危機に陥ってしまう様な現状になっている、というお話でしかありません。

今回、我が国を代表する文化施設の一つである国立科学博物館がこの種の施策を実施し、それが成功したことで、おそらく他の文化施設にとっても同種の施策を打ちやすい社会環境になったのであろうと思います。当然ながら各文化施設は通常展示においては「全ての国民に平等な教育機会を与える」役割を負っている存在ではありますが、一方で特別なサービスを提供することで自主財源を稼いでゆくことに対して何ら「後ろめたさ」を感じる必要はないし、それを社会が批判するべきでもありません。

寧ろ、特別なサービスに高額な料金を支払ってくれる人が「居るからこそ」、常設展示における「平等な教育機会の提供」が維持できる。ということで、財政状況が悪化した時のみの特別な施策ではなく、常時この種の施策が各文化施設で提供される状況を作ってゆきましょう。

国際カジノ研究所・所長

日本で数少ないカジノの専門研究者。ネバダ大学ラスベガス校ホテル経営学部卒(カジノ経営学専攻)。米国大手カジノ事業者グループでの内部監査職を経て、帰国。2004年、エンタテインメントビジネス総合研究所へ入社し、翌2005年には早稲田大学アミューズメント総合研究所へ一部出向。2011年に国際カジノ研究所を設立し、所長へ就任。9月26日に新刊「日本版カジノのすべて」を発売。

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