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【インタビュー/後編】キャメルが2016年5月来日。ブルースとプログレの原点を語る

山崎智之音楽ライター
Andrew Latimer of Camel

2016年5月に来日公演を行うキャメルのギタリスト、アンドリュー・ラティマーへのインタビュー、後編では彼の原点であるブリティッシュ・ブルース、そしてプログレッシヴ・ロックとの関わりについて訊いてみよう。

そのルーツを掘り下げて、バンドの音楽性を知ることによって、日本でのライヴをよりディープに楽しむことが出来るだろう。

前編と合わせて読んでいただきたい。

あらゆるギタリストにとって、サンタナみたいなバンドは憧れだ

●1960年代後半のブリティッシュ・ブルース・ブームとはどのように関わっていましたか?

私は1960年代前半、駆け出しの頃はカバー・バンドでビートルズやビーチ・ボーイズの曲をやっていた。でもブルースブレイカーズを聴いた後にはザ・ブリューというブルース・バンドを結成して、アンディ・ウォードやダグ・ファーガスンと一緒にやるようになった。それで約1年、イギリス各都市のブルース・クラブを回ったよ。トリオ編成でやるのは、他のメンバーの後ろに隠れることが出来ないし、すごく鍛えられた。ザ・ブリューで1年やった頃になると、私は自分の曲を書くようになったし、12小節のブルースを延々と繰り返すことには興味を失っていた。キャメルでは自分のオリジナルなソングライティングを前面に出したかったんだ。それでアンディとダグに「キーボード奏者が必要だ」と言った。音楽紙『メロディ・メイカー』にメンバー募集を出して、それに応じてきたのがピーター・バーデンズだったんだ。彼と初めて音合わせをした瞬間、マジカルな何かが起ころうとしているのを感じたよ。ピーターは最高のハモンド・オルガン奏者だった。彼がかつてピーター・グリーンやロッド・スチュワート、ヴァン・モリソンなどと一緒にやっていたことは、後になってから知ったんだ。

●初期キャメルはライヴで「オマージュ・トゥ・ザ・ゴッド・オブ・ライト」をプレイしていましたが、その曲は元々ピーター・バーデンズのソロ作品『ジ・アンサー』(1970)からの、ピーター・グリーンがギターを弾いた曲でしたね。

その通りだ。キャメルを結成した当初は10ヶ月間ノンストップでツアーをしていた。イギリスだけでなくドイツやオランダを回って毎日ライヴをやっていたんだ。同じ曲ばかりプレイするのも飽きてくるし、曲のレパートリーも限られてくるから、ピーターの昔の曲をプレイすることにしたんだ。「オマージュ・トゥ・ザ・ゴッド・オブ・ライト」はサンタナみたいなタイプの曲で、10分から15分のジャムだから、やっていて楽しかったよ。当時ピーターはキャメルをこういう方向に持っていこうとしていたんだ。私は「サンタナは既にいるんだから、同じことをやっても意味がないだろ?もっとイングリッシュな音楽をやろうよ」と却下したけど、今から思えばちょっとやってみても良かったかも知れない(笑)。あらゆるギタリストにとって、サンタナみたいなバンドは憧れだからね。

●ピーター・グリーンと会ったことはありますか?

Peter Green in 1996
Peter Green in 1996

うん、ピーター・バーデンズに紹介してもらったんだ。1970年代の半ばで、彼の精神状態が良くなかった頃だったから、自分のヒーローが辛い時期にあることが悲しかった。彼が後にカムバックしたのは本当に嬉しいね。

●ピーター・グリーンからギブソン・レスポールを譲り受けたゲイリー・ムーアは1970年代初め、ヤン・シェルハースと共演していましたが、彼のことは知っていましたか?

ゲイリーは才能に溢れたギタリストだった。彼と面識はなかったけど、一度ライヴを見に行ったことがあるよ。彼のロック期で、とにかく音量がでかかったのを覚えている(苦笑)。もったいない、もっと味があるプレイを出来るのに…と思ったよ。それから数年して、彼がブルースを弾くようになったのは嬉しかったね。ヤンも、ゲイリーと一緒にやったのは楽しい経験だったと話していたよ。

自分たちの音楽が“プログレ”かというと、首を傾げてしまう

●初期キャメルはオムニバス・ライヴ盤『Greasy Truckers Live At Dingwalls Dance Hall』(1973)にヘンリー・カウやゴングと共に参加していましたが、彼らとは同じシーンで活動していたのでしょうか?

私たちが目指していた音楽性は彼らと異なっていたと思うし、同じ“シーン”という意識はなかった。あのアルバムはロンドンのカムデンにある『ディングウォールズ』って小さなクラブで、ライヴ・レコーディングをしたんだ。レコード会社が経費をケチって、全バンドを同じ日に録音したんだよ。そのせいで録音状態が悪くて、後日もう一度レコーディングし直したバンドもいた。出費を惜しんだせいで、余計に金がかかったわけだ。キャメルの演奏も決して最高といえるものではなかったけど、「オマージュ・トゥ・ザ・ゴッド・オブ・ライト」だけは使えるレベルだった。それでその曲がライヴ盤に収録されているんだ。あのアルバムの印税をもらった記憶はないな。当時のマネージャーに着服されてしまったんだと思う。儲かったのは彼だけだった。

●キャメルはイギリスの“プログレッシヴ・ロック”を代表するバンドのひとつといわれますが、当時自分たちが“プログレッシヴ=先進的”という意識はありましたか?

当時はまだ“プログレッシヴ・ロック”なんて呼び名はなかったんだ。ただ、自分たちが前例のない音楽をやっている意識はあったね。今、自分たちがやっている音楽が“プログレ”かというと、首を傾げてしまう。音楽をジャンル分けするのは第三者の仕事だし、私たちは自分の信じる音楽をやるだけだからね。

●『プログレッシヴ・ロック・フェス 2016』ではスティーヴ・ハケットと共演しますが、彼のことは知っていましたか?

Progressive Rock Fes 2016
Progressive Rock Fes 2016

スティーヴとはイギリスの雑誌『Prog』の授賞式で顔を合わせたことがある。挨拶した程度だよ。私がロンドンに引っ越してきたとき、ジェネシスで彼の前任者だったアンソニー・フィリップスと友達になったけどね。アンディ・ウォードと私は初期ジェネシスのファンだった。『静寂の嵐』(1976)は彼らの最高傑作だったと思う。クラシカルでユーモラスな、唯一無二の個性があって、アルバムごとに驚嘆していたよ。ただ、スティーヴが脱退してからはメインストリーム過ぎて、関心を失ってしまった。今回、日本でスティーヴと会えるのが楽しみだよ。いろいろ話をしてみたいね。

●マリリオンのスティーヴン・ロザリーやポーキュパイン・トゥリーのスティーヴン・ウィルソンなど、あなたから影響を受けたと語るギタリストはプログレ界に多数いますが、現代プログレ界との接点はありますか?

“スティーヴン”だらけの業界だな(苦笑)。どのスティーヴンであっても、そう言ってくれるのは光栄だよ。自分から誰かが影響を受けるなんて、考えてもいなかった。『Prog』誌は毎号送られてくるけど、載っているバンドの半分以上は知らない。“ネオ・プログレ”の中でもペンドラゴンやビッグ・ビッグ・トレイン程度なら知っているけどね。

●今年(2016年)3月に亡くなったキース・エマーソンと交流はありましたか?

Andrew Latimer of Camel
Andrew Latimer of Camel

キースと会う機会はなかった。でも、彼が亡くなったと聞いて、ショックだったよ。彼は日本に行く直前で、手の調子が悪かったというけど、私も手に関節炎を抱えているし、他人事とは思えなかった。ただ、私が日本に行くのは、みんなと一緒に楽しむためだ。もちろんハートの奥底から演奏するけど、自分が失敗するかも…とか、あまり深刻に考えないようにしているんだ。

●日本公演の後の予定を教えて下さい。

ツアーを経てバンドが熱気に満ちているし、そろそろニュー・アルバムを作る時期が来たと思うんだ。日本公演が次のステップに向けてのロケット燃料になると信じているよ。

●ROCK LEGENDS: キャメル/CAMEL

"Red Moon Rising" Tour in Japan Ichigo Ichie ~一期一会~

2016年

5月18日(水)

【大阪】 なんばHatch

OPEN 18:00 / START 19:00

5月20日(金)

【東京】 EXシアター六本木

OPEN 18:00 / START 19:00

5月21日(土)

【東京】 EXシアター六本木

OPEN 16:00 / START 17:00

公演特設ページ  

http://clubcitta.co.jp/001/camel-2016/

●ROCK LEGENDS: PROGRESSIVE ROCK FES 2016

プログレッシヴ・ロック・フェス 2016

出演:CAMEL(キャメル)/Steve Hackett(スティーヴ・ハケット)

【Opening Act】 原始神母 ~Pink Floyd Trips~

5月22日(日)【東京】日比谷野外大音楽堂

OPEN 15:00 / START 16:00

公演特設ページ  

http://clubcitta.co.jp/001/progfes4/

音楽ライター

1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,300以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検1級、TOEIC945点取得。

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