タリバンの政府承認に、どう条件をつけるのか「4つの選択肢」【中編】:アフガニスタン情勢と米欧
遅くなってすみません。今回は中編で、選択肢2と3を説明します。
シリーズ前・中・後編の目次
◎国家承認と政府承認の違い
◎選択肢1 政府承認する(利点と欠点)
【中編】
◎選択肢2 政府承認をするのに明示的な条件をつける(利点と欠点)
◎選択肢3 政府承認はするが、外交関係を結ぶのに条件をつける(利点と欠点)
【後編】
◎選択肢4 政府承認を保留にする(しない)。その上で何が出来るか。
◎アメリカはどれを選択する可能性が高いか。
(どこかに、国連による国や政府承認の話をコラムでいれる予定)
※上記に、主要国の情勢が加わります。
「選択肢1」は、単純に「承認する」だった。今回は選択肢2と3の説明をしたい。
選択肢2 承認するのに、明示された条件をつける
そして
選択肢3 承認するが、外交関係やその他の特権に条件をつける
である。
「2」は、政府承認をするにあたって条件をつける。条件を満たさないなら、政府承認をしない、という戦略。
「3」は、政府承認はするが、外交関係(diplomatic relations)を樹立するかどうかに条件をつける。条件を満たさないのなら、政府承認はしても、外交関係を樹立しない、という戦略である。
この二つは、大変わかりにくい。どういう意味だろうか。
この違いを知るには、「政府承認と外交関係は、別のものである」という法的事実を知る必要がある。この二つはよく混同される。
外交史では、法的には政府を承認していても、特定の政府との外交関係を断絶したり、外交官を追放・召還したりする例は数多くある。
例えば、1980年以降のアメリカとイランとの関係、2015年までのアメリカとキューバとの関係、人種差別政策を行っていた南アフリカが政府間組織から排除される等、広く孤立していたことなどである。
アメリカとイランの関係は、国家承認や政府承認が存在していること自体に驚く人が多いかもしれない。
最初の相互承認は、1850年のことである。当時はイランではなくてペルシア帝国だった。
しかし、1979年にイランに革命が起きた。イラン・イスラム革命と呼ばれる。親米だった皇帝はエジプトに亡命。ホメイニーとその一派は亡命先のパリからテヘランに戻り、ただちにイスラム革命評議会を組織した。
その後皇帝がアメリカに渡ったことから、イランの革命政権が激怒、アメリカ大使館を占拠する事件が起きた。
その後から、両者の外交関係は断たれている。制裁を課したり、2002年にはブッシュ大統領(当時)が「悪の枢軸」と呼んだり、大変関係が悪かった。
(オバマ政権時代にイランとの核合意に到り、制裁が解除されて和解となったが、トランプ政権がぶち壊した)。
今でもアメリカにはイラン大使館は存在しないし、イランにもアメリカ大使館は存在しない。前者はパキスタン大使館、後者はスイス大使館の中にある部署が、連絡や邦人保護等の必要なことを担っている。
これほど関係が悪くても、アメリカとイランの間には、政府承認が存在するのである。
外交関係とは何か
普通は、政府承認をすれば、外交関係(diplomatic relations)は与えられるものである。
では外交関係とは、法的にはなんだろうか。
これは、大変具体的な技術(art)をさすものだ。
大使や外交官、大使館等の施設などの、伝統的な交換のことである。大使を承認する、外交団と国家間条約を交渉・締結する等の行為のことである。
これらはすべて、国際法の下で、一定の法的特権と免除を保証されている。例えば、各国にある大使館敷地内は、その国の法律が及ばない場所となる。大使の逮捕や拘留等はできない。その国の政府は各国大使を保護する義務がある等、色々ある。
このような交換(=外交関係)を行うには、国家承認は必須である。国際法による権利と義務が生じるので、必須なのだ。
日本と北朝鮮の関係のように、国家承認がないと、大使館も大使もない。
それでは、このような交換(外交関係)に政府承認には必須なのか。
これはかなり複雑である。
前述したように、政府承認をすれば、外交関係(=このような交換)は与えられるものだ。逆の言い方をすれば、大使を交換して承認したり、大使館を設置したり、大使や外交官が仕事をして条約を結ぼうとしたりすれば、それは政府承認をしたことになる。
また、声明や公示による意図が明確な表明によっても、政府承認は可能である。(言葉の使用には細心の注意が必要だ)。
しかし、政府承認はそのままで、外交官を追放・召喚することはできるのである。それは、相手国の政府としての地位を否定することにはならないのだ。これがアメリカとイランの間で、約40年も起きてきたことである。
日本の例をあげてみたい。
韓国の新しい駐日大使、姜昌一氏は、今年の1月下旬に日本に赴任した。日本の法律では、正式な大使の承認には、皇居を訪れ、天皇陛下に信任状を提出しなくてはならない。
しかし、コロナ禍を理由に、ちっとも皇居に赴けない。それどころか、日本の外務大臣とすら会えない事態が続いた。通常は、赴任直後に外相には会うものだ。
必要な手続きは進めていたので、駐日大使としての業務は始めていた。でも、天皇陛下に信任状を提出して受け取ってもらわなくては、正式に大使として認められないのだ。
コロナ禍を理由にしていたものの、これは「外交関係の断絶」をにおわせている行為と言えるのではないか。
繰り返すが、外交関係の断絶は、政府承認の否定にはならない。 二つは別物である。この件は、「選択肢3 承認するが、外交関係やその他の特権に条件をつける」に近いと思う。政府承認を否定するのではないが、外交関係の是非を問題にするという意味で。
結局大使は、5月下旬に天皇陛下に信任状を渡すことができた。とても不安な約4ヶ月だったことだろう。
タリバンをめぐる国際社会の反応
やっと本題に入ろう。
それではタリバンについて、各国でどのような反応をしたのだろうか。
8月15日、タリバンが首都カブールに無血入場した時の数時間、アメリカのブリンケン国務長官は、CNNの「State of the Union」で次のように述べた。
ここでは、アフガニスタン国民の基本的人権、特に女性や少女の人権、そしてテロリストが問題となっている。
この発言は、まるで「これらの問題さえクリアできれば、タリバンを政府として承認してもいいです。クリアできなければ、政府として承認できません」と、政府承認に条件をつけているように聞こえる。つまり「選択肢2」である。
さらに、8月10日(火)にはカタールのドーハで、米国、英国、中国、ウズベキスタン、パキスタン、カタール、国連と欧州連合(EU)の特使および代表が、8月12日(木)には、ドイツ、ノルウェー、カタール、タジキスタン、トルコ、トルクメニスタン、インドの特使および代表が会合した(注)。
この会合の声明でも、同じようなことが言われている。この声明は「ドーハ宣言」と呼ばれている。
今後の政治的解決のための指針として留意するのは
(a)包括的なガバナンス
(b)女性と少数民族の権利を含む人権の尊重
(c)代表制政府を実現するためのメカニズム
(d)いかなる個人やグループも、アフガニスタンの領土を利用して他国の安全を脅かすことを許さないという約束
(e)国際人道法を含む国際法の尊重
としている。
これも、上述のブリンケン米国務長官の発言と同じように、政府の承認に対して明確な条件をつけている、「選択肢2 承認するのに、明示された条件をつける」のように見える。
そうかと思うと、カナダのトルドー首相は8月17日、カナダはタリバンを承認しないと述べた。
その理由は、「タリバンは、正当に選出された民主的な政府を武力で乗っ取り、それに取って代わったものであり、カナダの法律で認められたテロ組織である」からだという。
カナダは、含みのあるアメリカや多国籍(国連・EU含む)による声明と異なり、明確に政府承認を拒絶しているようだ。
ところがここで、国際法上で大きな問題が発生するのである。
実効支配しているか、していないか
大きな問題とは、今や、タリバンがアフガニスタンを実効支配していると言えそうなことだ。
ほとんどの説明によると、国際法は、ある国の実効支配下にある政権を、その国家の政府として扱うことを各国に義務付けている。
古典的には、実効支配している政権とは、「十分に確立されていて、その恒久性を合理的に保証するのに十分であり、国家を構成する人々が、国家を維持して内部の義務と外部の義務を果たす能力を認めた実体」と定義されている。
どういうことだろうか。
例えば、日本は北朝鮮の国家承認をしていない。もちろん政府承認もしていない。でも、金正恩総書記の政府は、国を実効支配している。だから、いくら日本が認めていなくても、金正恩政府を、北朝鮮の政府として扱わなければならない。
金正恩政府が国連の加盟国として行動する、同政府が国際的な法的権利と義務を負う、それらを受け入れなければならない、という意味である。
もし日本が「北朝鮮の国連での1票は無効だ。数えるな」とか、「金正恩政府が結んだ○○国との貿易協定など、存在しないものとして扱う」とか主張しても、そういうことは、国際社会で受け入れられないのである。
要するに、もしタリバンが真にアフガニスタンを実効支配しているなら、自分の国がタリバンを承認しようとしまいと、タリバンはアフガニスタン国家の政府であるという、国際的な法的地位を得ることになるのだ。
それならば、相手国の政府承認をしないことに、どれだけの利点と欠点があるか、よく考えなくてはならなくなるのだがーー。
政府の「正当性」という問題
この数十年、政府を特定する際に、実効支配が中心的な役割を果たすことが、実際上で疑問視されるようになった。
民主主義国家の多くは、合法的に任命された政府が、暴力やその他の非合法的な手段で権力を握った政府に取って代わられることを、躊躇することが多いのである。
その結果、ある政府が実効支配を失って亡命政府となった後も、少なくともある程度はその亡命政府を承認し続けることがあった。
つまり、ある政府を承認するかどうかの決定において、正当性が実効支配よりも重要であるようになってきた。「正当性」がキーワードになってきたのである。
正当性とは、どういうことだろうか。
国家の実務において、あるいは学者は、政府の承認に関連して「正統性」という言葉をさまざまな形で使用してきた。
おそらく現代において最も顕著なのは、「正統性」とは、民主主義的な正統性(通常、人々の支持や代表性に関連する)と、憲法的な正統性(通常、主体の権力の憲法上の根拠に関連する)のいずれか、あるいはそれらの組み合わせを指すことだろう。
国際的なアクターが使う言葉はあまり正確ではなく、両方が混在していることが多い。
とはいえ、現代の実務で支持されているのは、憲法上の正統性が大半を占めている。たとえ実効支配していなくても、憲法上で正当性があれば、各国政府が政府承認しているケースは多い。
もちろん、国際法の尊重、特にその国の国民の最も基本的な人権の尊重という正統性も、一定の支持を得ている。ただ、これは憲法の正当性よりは弱い。
とはいえ、国際法はまだ(今後も)、政府の地位の不可欠な要件として「憲法上の地位」を扱っていない。
実際、国際法は、憲法上有効な主張をする主体が存在しない場合には、憲法上有効でない主体が、政府の地位を享受することを認めている。そして、国は一般的に、たとえ違憲の主体であっても、他になければ、実効的な支配権を行使することを認める傾向があるのだ。
重要だったガニー大統領の動向
この点を見ると、今回のアフガニスタンの場合、問題となるのはアシュラフ・ガニー大統領である。
ガニー大統領は、選挙によって選ばれた大統領である。どんなに腐敗や不正が多くて問題がある統治だったとしても、正当性をもっている。
だから現代の流れで言えば、各国にはガニー亡命政権をアフガニスタンの政府として認めるという手段がある。だからこそ、米欧のメディアは、ガニー大統領の動向を詳細に報道していたのだと思う。
8月15日にタリバンは、首都カブールに無血入場した。
8月中旬から下旬は、二つの点で情勢がはっきりしなかった。
一つは、果たしてガニー大統領は、自分の正当性と権利を主張するのか否か。つまり「暴力によってやむなく国を追われたが、我こそが正当なアフガニスタンの大統領であり、政府をもつ権利がある」と主張するか否かである。
もう一つは、タリバンは全土を実効支配していると、本当に言えるかどうかである。
今、9月半ばの時点で言えることは、以下のことだ。
8月15日、ガニー大統領は、自身のFacebook上で、タリバンの勝利を認める声明を発表して出国した。この声明は、憲法上の大統領辞任の要件を満たしているかどうかは不明だが、辞任と解釈されることが多い。でも辞任とはっきり決まってもいなかった。
ガニー大統領は、逃亡先のアラブ首長国連邦で8月18日に「逃げてない」と発言した。タリバンと「開かれた政府」について話したいとも述べた。
ガニー大統領の下でアフガニスタンの第一副大統領を務めていたアムルラ・サレハは、アフガニスタンに残り「代理」大統領を名乗ったが、現在は国外に逃亡したと伝えられている。
ガニー大統領は、少なくとも今に至るまで、自分の権利を公に主張していない。サレハ「代理」大統領も同じである。
また、タリバンは9月6日、最後の抵抗勢力の拠点、北東部パンジシール州での勝利を宣言した。暴力で首都を奪還せず、無血の入場を成功させたことも、暴力で政権をとったというイメージを減じさせているだろう。
このような情勢になってくると、「選択肢2 承認するのに、明示された条件をつける」は困ったことになってくる。
明示された条件を政府承認につけるのは、他の代替案があればこそ、という面があると考えられるからだ。
もし逃亡したガニー大統領が「我こそが」と主張するのなら、各国政府は当面、ガニー亡命政府を承認するという手段がある。そして実効支配しているタリバン政権には条件を明示して、政府とは認めない態度を示す。
タリバン側としては、各国の政府承認はどうしても欲しいものであり、敵であるガニー亡命政府から奪いたいので、各国との話し合いに応じる度合いが高まるかもしれない。
歴史上では、亡命政府が国に戻って返り咲くこともあるが、実効支配している政権は強く、時間の経過や変化と共に、各国から政府承認を受けることもある。
しかし現在、「ガニー亡命政府」は、まったく実現しそうにない。そしてタリバンも政府承認しないとなると、各国はアフガニスタンには政府がないと認めることになる。アフガニスタンという国があることは認めているのに、無政府。こういう状態を、各国は認めたがらないことがある。あまりにも不安定で問題なのだ。
選択肢2と3。迷いがある各国
状況が刻一刻と変わっていった8月中旬から下旬は、各国政府の発言も様々な迷いが生じていたようだ。
先ほど、8月10日から12日まで、タリバンのカブール入場の直前、カタールの首都ドーハで行われた多国籍の宣言「ドーハ宣言」を紹介した。(a)から(e)まで5つの「条件」をつけたものである(正確には「政治的解決のための指針」)。
実はこの声明では、「参加者は、軍事力の行使によって押し付けられたアフガニスタンのいかなる政府も認めないことを再確認した」という内容も含まれていたのだ。
「認めない」といいつつ「5つの政治的解決のための指針(=条件)」をつけるとは、矛盾した感じを受ける。
この宣言は、タリバンのカブール入場直前なので、ガニー大統領に対して影響を与え、タリバンに揺さぶりをかける狙いがあったかもしれない。どのくらい国民がタリバン政権を受け入れるかどうかも、わからなかったのだろう。しかし、今はもう状況が変わってしまった。
今、ドーハ宣言に参加した各国や、国連とEUの代表は、対応を変えざるをえないと考えている所が多いのではないか。
タリバンのカブール入場直後である8月16日(月)に、国連の安全保障理事会の特別会合が行われた。
米国の声明と似たような声明を、米国の同盟国2カ国、英国とアイルランドが発表した。彼らの声明はアフガニスタン政府の「正統性」に言及していた。
英国は「タリバンが基本的な人権を侵害し続けるならば、アフガニスタンの人々や国際社会から正当性を認められることは期待できない」と言った。
タリバンの政府承認については、明示的に条件づけることはなかった。英国は「ドーハ宣言」に参加していた。そこで数日前には(a)から(e)まで、5つの「条件」に賛同していたのだが、今回はなしである。
ドーハ宣言は「選択肢4 政府承認を保留(しない)」か、むしろ「選択肢2 政府承認に明示的な条件をつける」のように見えた。
しかし今では、英国はそこを引っ込めて「タリバンに正当性がないなら、政府承認はするにしても、外交関係は樹立しない」=「選択肢3」と言っているようにも聞こえる。
つまり、「選択肢2」と「3」のいずれの立場をとるのかはっきりせず、どちらとも取れるような十分な曖昧さを維持したといえる。
英国に限らず、どの国も判断に困り、様子を見ながら考えいてる最中なのだろう。
これからどうなるのか
ここ数十年、外交関係に条件をつける「選択肢3」とは対照的に、政府承認を外交の道具として用いる「選択肢2」は好ましくないとされている。
ガニー大統領のほうはこのまま変化がないとしたら、タリバンがいかにアフガニスタンを真に実効支配しているか、国民がついてくるか、国際社会に示す必要がある。示すことに成功すればするほど、「選択肢2」よりも「選択肢3」の可能性が高まるのではないか。
タリバンにとっては、政府承認を得るのに一番良い方法は、憲法を発布したのち、国内で民主的な選挙を行うことだろう。しかし、タリバンが行うとは考えにくい。
各国にはもう一つ選択肢が残されている。「選択肢4 承認を保留する(しない)」である。
実際には、アメリカはこの選択肢をとる可能性が高いようである。それには、アメリカの今までのアフガニスタン政策を見る必要がある。ただ、欧州がEUの形で別の道を取る可能性もあり、状況は複雑だ。
次回、最終回では、これらのことを説明したいと思う。
最終回【後編】選択肢4「政府承認を保留にする(しない)。その上で何が出来るか。そしてアメリカはどれを選択する可能性が高いか」に続く。
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(注)8月11日には、トロイカプラスという米国、ロシア、中国、パキスタンの会合ももたれたという。ロシアは関係が近いインドを招待することを押し、米国も後援したが、中国とパキスタンの反対によって実現しなかったと、インドで報道された。
※現在アメリカは、イラン、シリア、北朝鮮、ブータンと外交関係をもっていない。