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ウルシが枯れる理由は、森林を荒廃させるコロナ禍のような世界的感染症だった

田中淳夫森林ジャーナリスト
ウルシ林で樹液を採取する。このウルシノキが衰退している。(筆者撮影)

 文化庁は、2015年に国宝・重要文化財建造物の保存・修復には国産ウルシを使用するよう通達を出した。

 これをきっかけに、全国でウルシの増産のためウルシノキの植林が始まった。これまでウルシは、需要の9割以上を中国産に頼り、国産ウルシは、たった3%しか生産されていない。少なくとも生産量を2倍にしないと、文化財の修復には足りないだろう。ウルシは、樹齢10年以上の木から樹液を採取するものだから、今から多くのウルシ林を育成しないと間に合わない。

 ところが、せっかく植えたウルシノキが衰退し枯れる現象が各地で確認され始めたのだ。

 これまで原因は、管理不足やウルシの不適地に植林したからとされていた。だが、どうも生物的要因、つまり害虫や病気の蔓延もあるのではないかと、森林総合研究所が調べ始めた。

 そして、ファイトフトラ・シナモミというPhytophthora属の菌が根腐れを誘発して引き起こす病害であることを突き止めたのである。そこで「ウルシ疫病」と名付けることを提唱している。

 この菌が見つかったのは山形県以南だというから、現在の国産ウルシの約7割を生産する岩手県二戸市浄法寺は侵されていない。

 これで一件落着。今後ウルシを植える時はしっかり防除して……と思いかけたが、よくよく調べると、このファイトフトラ・シナモミ菌、世界中で猛威を奮っていることに気づいたのである。

世界中の森林衰退の陰にいる病原菌

 この病原菌の仲間は、これまでジャガイモ疫病菌として知られていた。ところが近年は、北米やスペインで広がっているオーク(カシ)が突然枯れる病気の原因が、このファイトフトラ・シナモミ菌のせいだとわかってきた。

 さらにオーストラリアの森林では大規模な衰退枯損を引き起こし、森林生態系に大きな損害を与えて重大な脅威となっていた。今やこの菌の仲間により、荒廃地と化した森林も数多くあるという。

 日本では、セイヨウシャクナゲやツバキ、キャラボク、ローソンヒノキなどに被害が出た記録はあるが、まだ局地的なものと思われていた。ところが今回のウルシ林の調査では、北海道と岩手を除く山形県以南のウルシ衰退林のすべてで、この菌を検出している。つまり全国的に菌は存在している可能性が出てきた。

熱帯産の病原菌が世界に広がった理由

 なぜ、ファイトフトラ・シナモミ菌が、世界中に広がったのか。そもそもこの菌の存在は、近年まで局地的だった。起源は、東南アジアかパプア・ニューギニアとも言われているが、はっきりしない。ただ低温には弱く、とくに土壌が凍結するような地域では生存できない。だから熱帯地域が原産なのだろう。それが世界中に拡大しており、今も北上を続けている。

 おそらく地球温暖化がこの菌の生息域を広げやすくしたのではないか。もし日本の岩手県も温暖化が進み、冬も土壌が凍らなくなったら、二戸市のウルシもやられる恐れが出てくる。

 だが、それだけではないだろう。この菌は、土壌内に生息し水や土壌を通じて樹木に伝染することが知られている。つまり通常の状態では、世界的に感染が広がるはずはないのだ。だから広域に分散したのは、苗木の移動による可能性が高い。国境を越えて草木の苗を移動させたことが、世界的な感染を引き起こしたのではないだろうか。

海外から輸入する土に付着するのは…

 さらに疑わしいのは、土の輸入だ。たとえば日本で使用されている腐葉土の多くは輸入品である。落葉を輸入して日本で発酵させている。以前は中国産が多かったが、今ではインドネシアやバングラディッシュ、ベトナム産などの落葉が増えている。私は取材時に熱帯産の落葉に付いている菌類が心配になった。熱帯の土壌は、微生物の宝庫ではないのか。しかし輸入業者は、「発酵熱で死滅する」と意に介していなかった。たしかに発酵では摂氏70~80度まで上がるだろうが、落葉すべてが高温になるわけではないし、菌類が確実に死に絶えるとは思えない。

 ほかにも有機肥料の原料の多くが輸入だ。魚粉や海藻、油粕、それに骨粉など。一方で日本から海外に輸出する肥料もある。これらに微生物が含まれていないとは、とても思えない。

 今回のファイトフトラ・シナモミ菌が日本に渡った経路はともかく、経済のグローバル化は菌や細菌、それに微生物、ウイルスなどの移動も促進してしまうことを肝に銘じておくべきだ。もしかしたら、それらが新たな感染症が(樹木ではなく)人に襲いかかる可能性もあるのだから。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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