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ウィズコロナ時代のGo toキャンペーン――海外に成功事例はあるか

六辻彰二国際政治学者
東京スカイツリーと観光客(イメージ)(写真:アフロ)
  • コロナでダメージを受けた観光業を振興するため、日本以外でも国内観光キャンペーンが展開される国は少なくない
  • しかし、それ以前にコロナの抑え込みに成功していた国以外では、観光の振興以前にロックダウンの再開といった弊害も生まれている
  • そのなかでヒントになるのは、国全体では観光業を振興しながらも、一部地域を例外とするオーストラリアのやり方である

 日本政府はGo to キャンペーンに前のめりだが、ウィズコロナのもとで観光業の再開に成功したといえる国は、これまでのところ多くない。

観光再開に向けた動き

 東京都は7月15日、コロナ感染状況に関する警戒レベルを4段階のうち最も深刻な「感染が拡大していると思われる」に引き上げた。

 この状況で政府、国土交通省が22日からの実施を目指すGo toトラベルキャンペーンに、疑問や批判が噴出することは不思議ではない。

 実際、ウィズコロナの状況下での観光振興に関して海外の事例をみると、多くはこれまでのところ失敗している。その多くのケースでは感染対策を徹底していても感染者数が再び増加し、なかにはロックダウンが再開した国さえある。

 その場合、経済効果が多少あったとしても、社会全体にとってのコストはむしろ増したといえる。

前のめりの国の挫折

 その典型がスペインだ。

 ほとんどのヨーロッパ諸国は7月初旬までに近隣諸国との間でヒトの移動を再開している。そのなかでスペインは6月21日、いち早くヨーロッパ人観光客の入国を解禁。それと前後して、国内旅行の規制も緩和した。

 スペインでは6月20日段階でコロナ感染者が24万人を超え、新規感染者も一日300人以上出ていた。

 一時より感染拡大のペースが落ちていたとはいえ、この状況でスペイン政府が観光再開に前のめりになった大きな原因には、観光業の比重が大きいことにある。経済協力開発機構(OECD)によると、2017年段階でスペインのGDPに占める観光の割合は約11.7%にのぼり、これは観光立国の多いヨーロッパでも指折りの水準だった(同年の日本は1.9%)。

 また、ロックダウンに反対し、経済の再開を求める世論が高まったことも、これを促した。そのなかには規制そのものを拒絶する極右勢力もあった。

 いずれにしても、その代償は大きかった。観光再開に舵を切った約2週間後の7月4日、中世の建築物が数多く残る観光地カタロニア州リェイダで、翌5日にはガリシア州のリゾート地ラマリーナで、それぞれ感染者の急増を受けてロックダウンが再開カタロニア州保健相は観光客の流入が感染を広げたと述べている。

「成功」のレアケース

 もっとも、海外からも旅行客を受け入れたスペインの事例はかなり極端なものだ。ほとんどの国は観光再開を目指しながらも、現状では国内旅行の拡大に軸足を置いている。

 なかには、それで成果をあげている国もある。その代表といえるのがベトナムだ。

 ベトナム政府は5月、「ベトナム人がベトナムを旅する」キャンペーンを開始。国内旅行を活性化させるため、宿泊費や航空運賃がほぼ半額にされた。

 さらに、ベトナムではコロナ対策の一環として付加価値税(日本でいう消費税)の徴収も5カ月間免除されたため、その相乗効果で6月の国内小売業の売り上げは昨年同月比で5.3%増加し、さらに7月の国内旅行客は昨年同月比で24%増と見込まれている。

 ただし、これはどこの国でも当てはまるものではない。ベトナムの成功は、一億人近い人口による内需の大きさや、もともと観光に占める外国人の割合が低いこと(昨年は約17%)といった条件に加えて、感染拡大が再発していないからこそのものだからだ。

 ベトナムではこれまでのコロナ感染者が354人、死者はゼロにとどまる。この数値には疑問も呈されているが、一方でベトナム当局は感染が疑われる45万人を隔離するなど強い措置も実施してきた。そのため、国際通貨基金(IMF)が「他の途上国に一つの未来予想図を示した」と称賛するなど、国際的な評価も高い。

 このようにコロナ対策で成果をあげ、少なくとも外出規制が解除された4月末以降、感染者の増加が確認されていないことは、ベトナム版Go toキャンペーンが成果をあげた大前提になったといえる。この点で、首都圏で感染が広がる日本とそのまま比べることもできないだろう。

オーストラリアでは観光客を選別

 むしろ「一部の地域で感染者が増えるなかでの国内観光振興」という意味で日本に最も近い状況にある国の一つに、オーストラリアがあげられる。

 コロナ感染の拡大にともない、オーストラリア政府は観光業者に雇用確保の補助金を出す一方、6月から国内旅行キャンペーンの旗を振ってきた。

 しかし、7月初旬から大都市メルボルンでは感染者が急増。一日あたりの新規感染者が191人を超えた翌7月7日、ロックダウンを再開した。

 メルボルンを訪れる国内観光客は年間100万人を上回り、シドニーに次いで多い。ただし、確認された範囲で、メルボルンでは学校や一般家庭でもクラスターが発生しており、国内移動の再開が感染再発をもたらしたかは不明だ。

 いずれにしても、オーストラリアでは国内移動の規制が緩和されるなか、メルボルンを含むビクトリア州在住者に絞って来訪を規制する動きが広がっている

 例えば、ニューサウスウェールズ州では州境などに警官が配置され、ビクトリア州在住者が入ることには1000豪ドルの罰金が科される。「メルボルン(ビクトリア州)の人間は来るな」という反感や警戒の広がりが、これを後押ししている。

全国一律であるべきなのか

 連邦制のオーストラリアでは州の権限が大きく、地域ごとに独自の対策を打ちやすいという点で日本と異なる。また、日本の現行法では、そもそも人の移動を強制的に止められない。

 とはいえ、感染防止と国内観光振興を両立させようとするのであれば、感染が拡大する特定の地域の人間に絞って規制するオーストラリアの取り組みは、一つのヒントになり得る。例えば、感染拡大が目立つ東京など一都三県を他から隔離するというやり方だ。

 もっとも、Go toキャンペーンは日本全体という前提があり、どこかを別枠にすることは想定されていないようだ。

 しかし、少なくとも、この状況のもとでGo toキャンペーンを進めるなら、政府には事業者に感染対策の徹底を求めるだけでは不十分だろう。それはスペインやオーストラリアなど、すでに第二波がやってきた国でも行われてきたのだから。

【お詫び】

記事掲載後、オーストラリアの部分につき、いくつかのご指摘をいただきました。

・「オーストラリア政府はGo to キャンペーンのようなものを行っていない」という指摘をいただきました。本記事で「オーストラリア政府が国内旅行キャンペーンの旗を振ってきた」と述べた部分は、政府が国内旅行を国民に呼びかけるという意味であり、旅行代金の一部というインセンティブを提供する制度があると述べたものではありませんでした。しかし、日本のものと同様の制度があると理解させかねないものでした。

・「国内移動の規制が緩和され」とあるが、移動できない箇所はメルボルンあるいはビクトリア州だけではないともご指摘をいただきました。これに関して、記事では「ビクトリア州以外で全面的に規制が緩和された」と書いたわけではありません。とはいえ、そのように読み取られかねないものでした。

・ニューサウスウェールズ州での罰金を「1000ドル」と書きましたが、「11000ドル」の誤りでした。申し訳ありませんでした。

当方の勉強不足、確認不足をご指摘をいただいた方々に感謝いたしますとともに、誤った情報だけでなく、誤解を呼びかねない表現があったことを合わせてお詫びいたします。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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