「PUI PUI モルカー」人気の今知りたいモルモットの歴史 昔は食料だった?
小動物のモルモットが自動車になって活躍するアニメが人気だ。黒目が丸くて身体全体もまんまる、羊毛フェルトのような質感の不思議な物体、モルモットが車輪を付けて走り回る。ペットや実験動物として知っているようで知らないモルモットという動物。実は食用として家畜化された歴史を持っていた。
モルモットはテンジクネズミの仲間
モルモット(Guinea pig、Cavia porcellus)は、テンジクネズミの一種で南米原産のげっ歯類だ。リャマ、アルパカ、トマト、ジャガイモ、トウモロコシ、タバコなどと同様、クリストファー・コロンブスが新世界を発見する前まで、テンジクネズミの仲間はヨーロッパやアジアを含む旧世界にはいなかった。テンジクネズミの仲間にはモルモットの他にカピバラ(Capybara、Hydrochoerus hydrochaeris)、野ウサギに似たマラ(Mara、Dolichotis patagonum)がいる。
モルモットを含むテンジクネズミの骨は、南米のアンデス山脈や西インド諸島の広い範囲で発見される。モルモットの骨は、人が集落を形成した場所の近くに存在し、西インド諸島では貝塚の中に貝殻に混じって見つかることも多い(※1)。
だが、遺伝子を調べて野生種と考えられるモルモットの骨はペルー、ボリビア、チリ北部、アルゼンチン北部で見つかっていてその地域は限定的だ。つまり、モルモットには野生種(Cavia aperea)と家畜化された種がいることになる。そのため分類上の訂正が生じているが(※2)、この記事では交雑や捕獲の時期などの影響も考え、野生種も家畜種も同じモルモットとする。
南米や西インド諸島の現在もしくは過去に人の集落だった場所から、モルモットの骨がたくさん発見されるというのはどういうことなのだろうか。考古学的な研究から、野生種のモルモットは紀元前6000年前から3000年前の間にアンデス山脈、コロンビアの高地で家畜化されたと考えられている(※3)。
その主な目的は食料にするためで、現在も南米の一部地域ではモルモットを「クイ、Cuy」という料理として食べている(※4)。また、西洋人に征服される前まで、モルモットはアンデス文明の宗教的な儀式で神への捧げものとして犠牲にされることもあったようだ(※1)。
食料として家畜化されたモルモット
アンデス山脈などのような過酷な環境で、食料など富の再配分と宗教的な儀式は密接に関係している。モルモットは季節的な飢餓状態のストレスを緩和するため、集団において食料として分配されたと考えられている(※1)。
また、モルモットの肉の脂肪の量は6〜20%で、ラマやアルパカなどのラクダ科の肉よりもタンパク質と脂質のバランスがよく、ほかに適切な食料供給源を持っていないアンデスの人にとって栄養価の高い貴重な食料になっていたようだ。家庭で簡単に飼育できるサイズで飼いやすく、メスは3ヶ月で繁殖が可能になり、一度に最大で5匹の子を生むように生産性も低くはない。
こうしてスペイン人に征服される前のアンデスでは、一般家庭の台所の片隅でモルモットが飼われ、祭事などの特別なイベントのごちそうとして食べられ、あるいは黄泉へ旅する死者の道中の食料として供えられたりしていた(※5)。だが、こうした食文化は、スペインの植民地化によって変質していく。
コロンブスのアメリカ大陸発見が1492年、スペインがメキシコのアステカ文明を滅ぼしたのが1521年、マヤ文明の征服が1526年、インカ帝国の滅亡は1572年だ。植民地化された南米でキリスト教が広められ、その過程で先住民の食習慣も西洋化された。
スペイン人にとってモルモットは食べ物としての対象ではなかったようだし、神への捧げものという偶像崇拝はキリスト教とは相容れないものだった。また、ウシヤヒツジ、ニワトリなど旧世界の食べ物が導入され、先住民もそうした肉を食べるようになり、モルモットは先住民でも特に裕福な階層で次第にあまり食べられなくなっていく。
前述したように本来なら野生種が生息していない西インド諸島でモルモットの骨が見つかるが、最近の遺伝子解析研究により、それは西洋人の出現以前にモルモットが西インド諸島へ運ばれていたこと、そしてスペイン人による植民地化後に南米の財宝を西インド諸島経由でヨーロッパへ運んでいく途中、モルモットも連れていかれたことを示している(※6)。
モルモットはこうしてヨーロッパへ渡っていくが、それは食料としての役割ではなかった。では、モルモットはなぜヨーロッパへ運ばれていき、現在の我々が実験動物として、あるいはペットとして飼育するようになったのだろうか。
ヨーロッパから日本へ
モルモットがヨーロッパで最初に紹介されたのは1554年とされ、インカ帝国の滅亡よりも早い時期にモルモットは大西洋を渡っていたことになる(※7)。この記録はスイスでのモルモットについてだが(※8)、英国でも1574年頃、モルモットが飼育されていた痕跡があるようだ。
英国で発見されたのはモルモットの部分的な骨だが、これは外交官に関係する家から発見されていたことから、新大陸から外交的なルートでヨーロッパへ運ばれたことがうかがえる。19世紀にはロンドンの病院で、解剖された遺体や実験動物と同じ場所でモルモットの骨が発見された。これにより、少なくとも19世紀に入ってから、医学研究や教育にモルモットが用いられていた可能性が示唆される。
このように16世紀にヨーロッパへ渡ったモルモットが当時、どのような動物として飼育されていたのかはよくわかっていないが、前述のスイスのモルモットのように絵画や科学的なイラストレーションとして描かれ始めたのは確かだ(※9)。
また、16世紀の終わりから17世紀はじめ頃、ベルギーの裕福な商人の家でモルモットが飼育されていたという考古学的な証拠もある。かつての地下室などから発見されたのは頭蓋骨を含むモルモットの8つの骨だが、この個体は骨の状態から食用ではなく、豊かな市民階級の家庭でペットとして飼育されていた可能性があるという。
では、日本へモルモットはいつどうやってきたのだろうか。
これはご多分に漏れず、鎖国時代の1843(天保14)年に、オランダによって長崎へ持ち込まれたと考えられている。オスメス2匹が持ち込まれたがメスが長崎で死に、オスだけ幕府の買い上げで江戸へ向かったという。このオスは三毛で珍重されたため、その後も需要があってモルモットが国内へ持ち込まれることになったようだ(※10)。
明治期に入ると、モルモットは実験動物として多用されるようになった。特にコッホを嚆矢とする細菌学が発達し、ドイツ医学が隆盛すると日本でも当時、豚鼠と読んでいたモルモットを使った研究が増えていく(※11)。
近年、実験動物としてのモルモットの需要は漸減し続け、実験動物の使用数は全体的に減少傾向にあるが、モルモットの減少は特に顕著でこの10年で約1/3にまで減少している(日本実験動物協会の資料より)。実験動物の代表としてモルモットという形容をするのは日本だけではなく英語でもドイツ語でも同じ形容をするようだが、世界的にも実験動物の代名詞の役割はモルモットからマウスやラット、サルなどへ代っている。
ペットショップへ行くとペット用のモルモットが販売されている。店頭ではまだ子どもの個体が多く、雌雄の判別もできないケースも多い。ちなみに、全ペットの中でモルモットの割合は1%もない(ペットフード協会の資料より)。
このように実験動物としてもペットとしても目立たない存在のモルモットだが、南米の観光用として、あるいはニューヨークなどの都市のエスニック料理として復活し、グローバル化の広がりとともにペルーやエクアドルなどで大規模な繁殖農場ができている。
また、もともと食料として家畜化されたように、食糧危機に備えたモルモットの可能性についての研究が増えてきている(※12)。
アニメで人気のモルモット。あなたは食べてみたいと思うだろうか。
【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】
※1-1:Daniel H. Sandweiss, Elizabeth S. Wing, "Ritual Rodents: The Guinea Pigs of Chincha, Peru" Journal of Field Archaeology, Vol.24(1), 47-58, 1997
※1-2:Peter W. Stahl, "Animal Domestication in South America" The Handbook of South American Archaeology, 121-130, 2008
※1-3:Birgitta K. Kimura, et al., "Origin of pre-Columbian guinea pigs from Caribbean archeological sites revealed through genetic analysis" Journal of Arcaeological Science: Reports, Vol.5, 442-452, 2016
※2:Angel E. Spotorno, et al., "Molecular diversity among domestic guinea-pigs (Cavia porcellus) and their close phylogenetic relationship with the Andean wild species Cavia tschudii" Revista Chilena de Historia Natural, Vol.77(2), 243-250, 2004
※3-1:Norbert Sachser, "Of Domestic and Wild Guinea Pigs: Studies in Sociophysiology, Domestication, and Social Evolution" Naturwissenschaften, Vol.85, 307-317, 1998
※3-2:Christine Kunzl, Norbert Sachser, "The Behavioral Endocrinology of Domestication: A Comparison between the Domestic Guinea Pig (Cavia apereaf.porcellus) and Its Wild Ancestor, the Cavy (Cavia aperea)”Hormones and Behavior, Vol.35,Issue1, 28-37, 1999
※4-1:Edmundo Morales, "The Guinea Pig in the Andean Economy: From Household Animal to Market Commodity" Latin American Research Review, Vol.29, No.3, 129-142, 1994
※4-2:Silvana A. Rosenfeld, "Delicious guinea pigs: Seasonality studies and the use of fat in the pre-Columbian Andean diet" Quaternary International, Vol.180, 127-134, 2008
※5:Susan D. deFrance, "Guinea Pigs in the Spanish Colonial Andes: Culinary and Ritual Transformations" International Journal of Historical Archaeology, Vol.25, 116-143, 2020
※6:E Lord, et al., "Ancient DNA of Guinea Pigs(Cavia spp.) Indicates a Probable New Center of Domestication and Pathways of Global Distribution" Scientific Reports, 10:8901, 2020
※7:Fabienne Pigiere, et al., "New archaeozoological evidence for the introduction of the guinea pig to Europe" Journal of Archaeological Science, Vol.39, 1020-1024, 2012
※8:S Kusukawa, "The sources of Gessner's pictures for the Historia animalium" Annals of Science, Vol.67, No.3, 303-328, 2010
※9:D.C.M. Raemaekers, et al., "A bouquet of archaeozoological studies. Essays in honour of Wietske Prummel" Groningen Institute of Archaeology, 2012
※10:磯野直秀、「明治前動物渡来年表」、慶應義塾大学日吉紀要、2007
※11:今泉清、「日本の実験動物の変遷雑感─疾病を中心にして─」、実験動物、第6巻、第2号、1957
※12-1:Peter J. Lammers, et al., "Reducing food insecurity in developing countries through meat production: the potential of the guinea pig(Cavia porcellus)" Renewable Agriculture and Food Systems, Vol.24, No.2, 155-162, 2009
※12-2:Davinia Sanches-Macias, et al., "Guinea pig for meat production: A systematic review of factors affecting the production, carcass and meat quality" Meat Science, Vol.143, 165-176, 2018