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マンホールから吹き出す水の威力 都市型水害の深い話が勉強できる研究施設にて

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
マンホールから水が勢いよく噴き出す様子。動画ではさらに迫力が増す(筆者撮影)

 都市型水害にはつきもののマンホールからの下水の吹き出し。これを現場で目の当たりにすると水害の恐ろしさが現実のものとなります。都市型水害の深い話が勉強できる施設を埼玉県に訪ねました。

まずは動画を見ましょう

 周辺の集中豪雨による大量の雨水は、道路の下の下水管に排水として集中します。そのような時にマンホールのフタが開いて、下水が噴き出すことがあります。

 全国のマンホールのフタ約1,500万個のうち、5個に1個ほどは古くて安全対策が不十分な可能性があり、こういったフタは下水が噴き出す前に、吹き飛ぶことになりかねません。

 近年はマンホールのフタの安全性が高まり、洪水の際にフタが吹き飛ぶことは少なくなりました。安全対策の取られたフタではどのような振る舞いが見られるのか、実験の結果がありますので次の動画1をご覧ください。

動画1 フタの隙間から下水が噴き出す実験の様子(筆者撮影、1分37秒)

 下水管内の空気が圧縮されるにつれて、フタがカタカタと音を立てます。これはフタがマンホールの口から外れないように浮き上がる設計になっているからです。料理の際に使用する圧力釜と同じ原理で空気の圧力を外に逃がしています。

 このカタカタが道路冠水のサインです。動画ではその後、マンホールとフタの隙間から勢いよく水が噴き出しました。見学していた筆者はここまで水が吹き上がるとは思っていませんでした。

 カタカタが道路冠水のサインとは言っても、水が吹き上がるまで時間がなかったりします。洪水避難は、道路冠水が始まる前のできるだけ早い時期に完了するに越したことはありません。

 道路の冠水が始まると、マンホールのフタが開きっぱなしになっているかどうかがわからなくなります。図1にその様子を示します。まだ透明感の残るこの水ですら水深が20 cmほどで路面もフタも何も見えなくなりました。

図1 フタの開いたマンホールから吹き出す水の様子。透明感が残っていても水深20 cm程度で開いた穴の位置がわからない(筆者撮影)
図1 フタの開いたマンホールから吹き出す水の様子。透明感が残っていても水深20 cm程度で開いた穴の位置がわからない(筆者撮影)

 冠水道路を歩いての避難は大変危険です。どんな溺水トラップが待ち受けているかわかりません。マンホールから噴き出た水であれば汚水が含まれることもあるので、衛生上も適切だとは言えません。道路冠水が始まる前に避難するのが鉄則です。

【参考】 危険!冠水時の避難 溺水トラップが事故を招きます

水が噴き出す原理

 筆者が訪れた場所は、埼玉県比企郡川島町にある株式会社G&U技術研究センターです。ここでは下水管と地上をつなぐマンホールの周辺に関する技術向上や安全性向上に関する調査研究を行っています。

 マンホールから水が噴き出すパターンは13種類ほどだそうで、センターにはそのパターンを目で見て納得できる実験装置がありました。現物の1/2スケールで作られていて、地面の下に配置されている下水管の内部の様子が透明チューブを通して表現されていました。

 13種類のパターンのうちの一つを実験として見学しました。実験では雨水管を想定しています。雨水管だと、出口が川や貯水池につながっている場合が多いそうです。周辺の集中豪雨により雨水管に雨水が排水として集中するばかりでなく、出口にあたる川や貯水池の水位も上がっていきます。

 川や池の水位が上昇すると雨水管の出口がふさがれてしまいます。そうすると、雨水管内の水は上流に向かって逆流するかのような振る舞いを示します。動画2をご覧ください。

動画2 出口の水位が上昇すると上流の空気が圧縮されてエアハンマー現象が発現する様子が圧巻(筆者撮影、2分01秒)

 まず、雨水管の出口の様子から動画がスタートします。出口付近の水位が徐々にあがって、雨水管の出口が隠されるようふさがり、とうとう水面の下になりました。次に動画は雨水管の様子に移ります。雨水管の中には空気が残っていることがわかります。つまり、雨水管の中を通過する排水の流量はそれほど多くない様子を示しています。

 管内に残った空気が上流側に押しやられ始めました。それに伴って下流側のマンホール内の水位も徐々に上がり始めて、マンホールのフタがカタカタと音をあげ始めました。そしてしばらくしてから水が噴き出しました。

 そして上流側のマンホールも激しく音を立て始めました。その原因は、マンホールの直下にありました。雨水管を押し戻された空気が塊となって上流側のマンホールの中に入り込み、まるで空気が沸騰したかのような様相でマンホール内を上昇しています。このように空気の塊が勢いをもって上昇する現象をエアハンマーと言います。エアハンマー現象が始まると、かなりの勢いをもってマンホールのフタを押し上げようとします。そのあたりは、下流側のマンホールのフタのカタカタ音と比べるとわかります。

 強烈な力が加わりますので、フタを固定している金具が壊れたり、フタを支えるマンホールの枠が壊れたりすることもあるそうです。

実験からわかること

道路冠水状態では徒歩避難を避ける 道路が冠水しているとフタの開いたマンホールの位置がわかりにくい。

フタがカタカタしたら冠水は目前 マンホールから水があふれる前兆として、フタがカタカタと音を鳴らすのは、どのような洪水でもほぼ共通している。

カタカタと音を鳴らさない場合も マンホールのフタがマンホールに固着しているとフタが吹き飛ぶまで音を出さない。だから、カタカタ音がするまで避難を待ったらいけない。

さいごに

 日頃から人知れず私たちの生活を支えている下水道。地下を走る下水道と地上を結ぶのがマンホールで、その接点がフタの役割です。

 このフタに関する深い話を、実際の実験を体験しながらどなたでも勉強することができます。今年度中は、新型コロナウイルスの感染防止対策のために一時的に見学会を見合わせていますが、見学会が再開されたらぜひ訪問してみてはいかがでしょうか。

 見学会のご案内や技術広報に関する情報は株式会社G&U技術研究センターのホームページをご参照ください。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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