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危険!冠水時の避難 溺水トラップが事故を招きます

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
道路が冠水すると家の周囲のトラップが見えない(画像制作:Yahoo!JAPAN)

 福岡県、佐賀県、長崎県に8月28日大雨特別警報が発表されました。気象庁は最大級の警戒とともに命を守る行動をとるように訴えています。今回の大雨では、住宅の近くを流れる河川が氾濫し、早朝から住宅周辺が冠水する被害が出て、朝起きた時に窓の外を見ると周辺の景色が一変していて、驚いた方も多かったと思います。

兆候はすでに出ていた

 この兆候は昨日27日から、すでに出ていました。

佐世保市江迎町乱橋にある市立江迎中によると、すぐそばにある江迎川が氾濫(はんらん)し、午後0時半現在、校庭が完全に冠水している。学校は夏休み中だが部活動で登校していた生徒たちがおり、雨脚が強まった午前10時半ごろには帰宅を指示した。ただ、冠水で道路が通れなくなったため、数人が校内に取り残されているという。教員は「校舎への浸水はなく雨も上がったので、身の危険を感じる状況ではない。水が引くまで校内で待機させる」と話した。

出典:朝日新聞デジタル

 まず、雨脚が強まった時点で生徒を帰宅させたこと、次に、道路の冠水が始まった時点で帰宅できなかった生徒を校内に残したこと、いずれも正解でした。最終的には豪雨で中学校の校庭が完全に冠水し、学校の校舎自体が垂直避難可能な、最も安全な場所になったのです。

 

なぜ、垂直避難か

 道路が冠水したら垂直避難に避難方法を変えなければなりません。それは、道路が冠水して泥水などで覆われると、道路やその周辺にある危険性が全く見えなくなるからです。危険性とは、フタのあいたマンホール、側溝、田畑などの存在です。避難所に向かうとか、学校にいる子供を迎えに行くとか、気持ちが急いでいる時には、こういった落とし穴に気が付かずにはまってしまいます。水難学会では、こういった危険性をトラップと呼んでいます。トラップにはまって溺水する事故が大雨の時に頻発するので、建物の2階以上に上ってできるだけ洪水から逃れる、垂直避難が叫ばれているのです。

マンホールのトラップ

 カバーイメージで示した通り、道路には下水につながるマンホールがあります。普段は鉄のフタで口が閉じられています。洪水の時、水は河川から溢れるばかりでなく、河川に流れ込むことができない雨水が下水路を逆流して、マンホールから吹き出します。その威力でしばしばマンホールのフタが飛び上がり、外れて口があいていることがあります。

 避難途中にマンホールのトラップにはまった事故が過去にありました。マンホールに体がすっぽりと入ってしまうと、脱出はほぼ不可能です。体が垂直になり、例えば背浮きになるように体を動かすことすらできなくなります。万が一このような状態に陥ったら、背負っているリュックサックの浮力か、図1のように手に持っている空のペットボトルの浮力を使って浮き上がります。

図1 マンホールに落ちたら、ペットボトルなどの浮力体で浮くしか方法がない。(筆者作成)
図1 マンホールに落ちたら、ペットボトルなどの浮力体で浮くしか方法がない。(筆者作成)

側溝のトラップ

 図2を見てください。ある地方都市の小学校の通学路にあたる道路と、その横にある側溝の写真です。この場所は周囲より土地が低くなっていて、大雨の水がこの側溝に流れ込んできます。側溝と道路の境界には反射板ポールが等間隔に設置されていて、しかもポールとポールの間にはロープが張られています。

図2 道路わきの側溝。冠水時に設置されているポールがなかったら、道路と側溝の境界がわからなくなる。(筆者撮影)
図2 道路わきの側溝。冠水時に設置されているポールがなかったら、道路と側溝の境界がわからなくなる。(筆者撮影)

 ここでは過去、ポールが設置されてなかった頃、大雨の時に歩行者が側溝に落ちました。道路が冠水した際に、車道を走る車を避けようと必要以上に側溝側に寄ったためです。冠水のため道路と側溝の境界の区別がつかず、ひとつは歩行者自身が側溝に気が付かなかったこと、もうひとつは自動車の運転手が「歩行者には横にまだ歩けるスペースがある」と勘違いしたことが原因として挙げられます。

 どんなに歩行者が気を付けていても、事故が起こる時には他の要因が重なるもの。そういった想定外があるので、やはり冠水してからの屋外避難は避けたいものです。

田畑のトラップ

 図3は田畑に接する道路の例です。このような場所が冠水した時、写真だけでは田畑側に落ちてもすぐに上がってこられるように見えます。実際このくらいの傾斜であれば、普段の水の出てないときなら簡単に歩いて上がることができるのですが、冠水していると上がれなくなります。

図3 道路わきの斜面。これくらいの斜面でも冠水していると徒歩で上がれなくなる。(筆者撮影)
図3 道路わきの斜面。これくらいの斜面でも冠水していると徒歩で上がれなくなる。(筆者撮影)

 図4のイメージのように、一歩一歩上がっていき、腰が水面に出たくらいの所で足が滑って、それ以上は上がれなくなります。傾斜でいうと分度器の20度くらいよりきつくなるとこの現象が発生します。大雨で田畑の様子を見に行き、流された時に見られる事故原因です。大雨では田畑の様子を見に行かないことにつきます。

図4 斜面を上がろうとしても這い上がれない。(筆者作成)
図4 斜面を上がろうとしても這い上がれない。(筆者作成)

 どうしても上がれない時には、背浮きになって水面を漂い、救助がくるのを待つしかありません。近くで背浮きで浮いている人を見かけたら助けに行かずに、すぐに119番通報して、消防の救助隊を呼び、救助してもらいます。

おわりに

 冠水の中、生徒の保護者を迎えのために呼ぶと、学校を目指して急いできます。学校しか目に入らないので、いつもなら「ここに排水路がある」とわかっていても、そういったトラップにはまります。前述した記事の中学校では、「水が引くまで安全な校舎で待機」と模範的な解答を出しました。台風・秋雨前線大雨シーズンを迎え、覚えておきたいことです。

追記:垂直避難の説明を加えました。「建物の2階以上に上ってできるだけ洪水から逃れる」

 

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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