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『サザエさん』夏の異変 「なぜ令和6年のカツオは宿題に追われなかったのか」

堀井憲一郎コラムニスト
(提供:イメージマート)

夏休みの宿題に追われるカツオ

磯野カツオは夏休みの宿題をぎりぎりまでやらない。

これが日本の風物詩である。

昭和の昔からそうで、令和になってもそうである。

でも。

令和6年の『サザエさん』では、カツオは宿題に追われなかった。

夏休みが終わるのに宿題が終わらないと、じたばたするカツオの姿は見られなかった。それに巻き込まれて、ねじり鉢巻で手伝う波平とマスオの姿も見られなかった。

なんだかとても残念である。

なぜ、こんなことになったのだろう。

令和6年8月31日は土曜日

日付けの問題ではないか。

今年の8月31日は土曜日だった。

だから『サザエさん』が放送されたのは9月1日の夕方である。

その前の放送は8月25日だった。

8月25日に、ひょっとしてこの日にカツオは夏休みの宿題で苦しむのではないかと見守った。

1本目は「マスオさんが居場所がなくて、裏の家でゴロ寝をする」であった。夏休みらしい題材だが、宿題は関係ない。

2本目は「サザエさん、着物姿に憧れる」である。フネさんと母娘で、どんな着物がいいかを選んでいて、男性陣が震撼して逃散する話であった。

3本目は「カツオ、漫画揃えが充実している床屋を見つける」というお話である。宿題は関係ない。

8月25日にはカツオはまだあせらない

3本ともカツオは学校に行ってないので、夏休みのお話ではあるようだ。

でも、宿題で苦しんではいない。

磯野カツオは8月25日から宿題を始めるような人間ではない。

たぶん、そういうことなのだ。

カツオが始めるのは8月27日よりあとなのだ。

8月25日に宿題の心配をしてしまうようだと、カツオのキャラが崩れてしまう、ということではないだろうか(あくまで推測)。

だから8月25日放送では、宿題に触れなかった。

9月1日日曜にはカツオはもう学校に行っている

では9月1日の放送で、カツオは宿題に苦しめられたのかというと、こちらにも現れなかった。

9月1日のサザエさんの内容はまず、「カツオ、トランプで負けて悔し泣きするが、テストで8点でも悔しがらない」から始まった。

8点のテストが返されても、カツオはまったく悔しがらないのだ。それはいいのだが、つまりすでに学校が始まっている。

ワカメと一緒に学校に行くし、クラスメイトとも話しているし、もう完全に二学期体制に入っていた。

2作目は「磯野家に喋るセキセイインコが迷い込む」というお話であった。

3作目は「マスオさん、自分の趣味を探す」である。

3作目で、またカツオのテストの点数が低いことが話題になり、算数で25点だったことがわかる。1作目の8点にくらべると、けっこう上がっている。

9月の放送では学校が始まる

9月1日の放送では、もう学校が始まる。

それが『サザエさん』の(今年の)法則のようだ。

それが日曜だろうと(『サザエさん』は基本すべて日曜放送なのだけれど)、9月になれば二学期なのだ。

夏休み中の放送では(『サザエさん』世界では、7月21日から8月31日という昭和の夏休みスタイルが守られているようだ)、カツオたちの学校の授業シーンはない。

でも9月1日の放送だと、学校に行っている。

夏休みの宿題は、もう過去の問題のようだ。

どうやら、『サザエさん』の世界は、独自の約束事で動いていて、何人たりともそれを揺るがすことができないのである、と考えてしまうばかりだ。

たぶん、そうなのだとおもう。

令和5年のカツオの宿題

令和も進んできたから、カツオは宿題に追われない人になったのかと、昨令和5年(2023年)の『サザエさん』を確認した。

きちんと追われていた。

8月27日(日)の放送。

自由研究が終わってないので、波平が8月30日になってカツオを海釣りにつれていき、「海釣りで学ぶ魚の生態」という自由研究を書かせようとしたという話である。波平は一匹も釣れない。ただカツオは父の言動をすべて記録して「お父さんの観察日記」を自由研究としたという展開だった。

これで宿題が終わったと、みんな喜んだが、布団に入ってからカツオは、読書感想文がまだだったと気づいて、飛び起き、父を巻き込んで原稿用紙に向かっているところで、おしまい。

間に合ったか間に合わなかったかは微妙なところだった。

令和4年のカツオの工作の大作

前前年、令和4年(2022)の夏休みのカツオの宿題は。

この年は8月28日が日曜、しっかり宿題に苦しむカツオが描かれていた。

友人たちの工作に刺激を受けて、工作の大作を作ろうとするがうまくいかず、他の宿題は手つかず。

最後の日に残った宿題の束の重さを量ったところ5キログラムあったので、父に3キロぶんやってくれ、ぼくは2キロぶんをやるから、と頼んで、ばっかもーん、と怒られたところでおしまい。

どう見ても、9月1日朝までに仕上がったとはおもえない。

令和7年のカツオは宿題で苦しむはず

令和のカツオも、やはりぎりぎりまで宿題を終えていないのであった。

令和6年だけ、追われていなかった。というか、追われた姿が描かれなかった。

たぶん日付の問題である。

それにしても、いくつになっても「夏休みの最後まで宿題で苦しむカツオ」を見たくなるのが、自分でも不思議である。何かに謝りたいのだろうか。

令和7年の8月31日は日曜である。

たぶん、来年は見られるとおもう。

コラムニスト

1958年生まれ。京都市出身。1984年早稲田大学卒業後より文筆業に入る。落語、ディズニーランド、テレビ番組などのポップカルチャーから社会現象の分析を行う。著書に、1970年代の世相と現代のつながりを解く『1971年の悪霊』(2019年)、日本のクリスマスの詳細な歴史『愛と狂瀾のメリークリスマス』(2017年)、落語や江戸風俗について『落語の国からのぞいてみれば』(2009年)、『落語論』(2009年)、いろんな疑問を徹底的に調べた『ホリイのずんずん調査 誰も調べなかった100の謎』(2013年)、ディズニーランドカルチャーに関して『恋するディズニー、別れるディズニー』(2017年)など。

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