発達障害グレー・ひきこもり・出所者…どんな人も働ける「ダイバーシティ就労」とは
障害者の就労や短時間勤務、仕事と子育ての両立、コロナ禍のワンオペ育児、がんや難病患者、グレーゾーンやひきこもりなどの多様な生きづらさや働き方の取材をする中、障害者手帳を持たない人たちのダイバーシティ就労という考え方を知った。3月に開かれたダイバーシティ就労の討論会を取材し、その利点と課題について、モデル事業を進める3つの自治体の担当者による提言を整理し、3回にわたって紹介する。
【「就労支援制度の態様横断化を目指すWORK! DIVERSITYの利点と欠点」登壇者(敬称略)】
・座長 岩田克彦(ダイバーシティ就労支援機構代表理事)
・パネラー 池田徹(生活クラブ風の村特別常任顧問)後藤千絵(サステイナブル・サポート代表理事)竹村利道(日本財団シニアオフィサー)津富 宏(静岡県立大学国際関係学部教授、前青少年就労支援ネットワーク静岡理事長)
●医療モデルから社会モデルへ
初めに竹村氏は、既存の方法に対し、このダイバーシティ就労をなぜ提示したかを説明した。
「全国に2万か所の就労移行・継続の支援事業者がなぜ障害者しか使えないのか。昨年、われわれが調査をした1万か所を超える事業所から31.3%の回答がありました。その中で、多様な就労困難者の相談を受けたケースが69.9%ありました。7.9%は障害年金受給者証がないけれども必要ということで、移行事業所、継続事業所で受け入れた。64.7%の事業所は受け入れられなかったけれど、制度が整えば支援したいということです」
千葉県の池田氏は、ユニバーサル就労ネットワークちばの理事長と併せて昨年まではこのユニバーサル就労を16年ぐらい前に始めた社会福祉法人「生活クラブ風の村」の理事長をしていた。ユニバーサル就労と名づけ、働きたくても働けない、制度の間にある人たちの支援を続けている。
「メリットは何か。現在まで基本的に障害者の認定は、医療モデルでされている。私はここに人の手を借りて上がってきたんですけれども、車いすに乗って、人工透析をしているもんですから、どちらも1級の認定の資格がある。足の方でも1級、透析のほうでも1級という意味で、医療モデルでバリバリの1級の障害者なんですけれども、仕事をする上では車いすの環境を整備すれば、そう不便なく仕事ができる。働きづらさという点では、1級ではないと思ってるんですよ。だけど医療モデルでは1級だと。
このダイバーシティ就労、つまり障害者の就労継続あるいは移行支援事業所で、障害者以外の働きづらさのある人を受け入れていくことは、将来的に障害の、特に働きづらさに関するモデルが、医療モデルから社会モデルになっていく。障害、働きづらさが社会モデル化していき、障害の規定自体が、医療モデルから社会モデル化していくという意味で、メリットがあると思う」
就労困難者は、障害者だけではない。筆者も取材して感じているが、障害と障害でないことの境界は曖昧だ。
岐阜市の「サステイナブル・サポート」はもともと、就労移行支援、就労B、さらに障害診断のない就労困難を抱える若者の支援をしてきた。岐阜市は千葉のようにユニバーサル就労の地盤がなく、40万人ほどの都市で、地域の社会資源がそれほど豊富でもない。ネットワークもまだ発達していないという。後藤氏は語る。
「岐阜市は、今回のモデル事業の基礎自治体として唯一、採択された地域。今後、ほとんどの地域は岐阜市と同じように、基盤がゼロからスタートするんじゃないかなと思っています。私どもの団体は、このワークダイバーシティの構想が素晴らしいな、ぜひやりたいと思ってきました。想定していた以上にいいことだらけだなと。
岐阜市においては、対象を就労の困難な状態にある市民と捉えてサポートをしています。他の支援策で重層的支援体制整備事業もあるけれども、抱えている困難だとか、生きづらさが複雑化、多様化している中でカテゴリーに分けようとすれば、必ずこぼれ落ちる人が出てくるんですね。就労困難な状態にあって、既存の制度に当てはまらない人に支援を提供できるのは、社会資源が少ない地域ほど意味があるんじゃないかなと感じています」
●働けない背景に社会的差別がある
静岡の津富氏は、ダイバーシティ就労の利点をこう語る。
「もともと私は少年院の職員ですので、刑務所とか少年院を出た方をどのように働くにつなげていくかに興味があって、就労支援について勉強したことがあります。イタリアの社会的協同組合(注・ソーシャルファーム)には、A型、B型とあります。B型は不利な立場の人々の労働参入、Aのほうはどちらかというと障害者だと思いますが、Bは薬物依存症とか刑務所にいたとかで、様々な働きにくさを抱えた方々が対象です。イタリアの巨大なワイン農場を見て、すごいなと思ったんです。
日本の、障害者っていう枠組みを今回、緩めようとしているわけですけども、刑務所を出て仕事が見つからないとか生きづらいとかに対してあえて制度化したものは、日本の仕組みの中にはなくて、今後ダイバーシティ就労が制度化されていく時に、イタリアのB型のように、社会的な差別の結果として就労困難が生じている方に、意図的に就労の場を作っていくことができれば。
働けない理由って何だろうって考えた時に、障害の結果として働くことが困難な部分はあると思いますが、社会的差別が根本にあって、むしろその一類型として障害があると思っています。そういうふうに建付けを変えれば、ダイバーシティ就労は楽しみだし、見込みがあると思っています」
竹村氏が考えるダイバーシティ就労は、全国にある障害者の就労移行・継続支援事業所を使うという制度設計だ。
「津富先生に、刑余者の人たちを、就労移行支援事業所が支援できるとは思えないっていう、核心を突いた指摘を受けました。私自身も、全国2万事業所あるものを横断的に使えない、もったいないと言いながら、地域によってものすごくスキルに差があると思います」
●餅は餅屋、各分野の団体の協力を
津富氏はダイバーシティ就労を展開していく上で、いろいろ困難に当たるだろうと、デメリットも挙げる。
「もちろん、静岡県内の就労移行事業をやっている方々の中で、元受刑者に対応できると思う所は、ゼロとは言いません。この事業は、間口がとても広い。既存の地域にある就労移行につないでいこうって考えた時に、抱える困難が必ずしも障害ではなくて、前科がある方とか、引きこもり歴が長い方とか、ご家族との関係が悪くて家には住めない方とか。こういう方々に対応する就労移行の事業者がないとはいわないんですけども、地元で見渡した時に、お任せすることも難しいし、断られる可能性も高い。
逆に餅は餅屋っていうんですか、犯罪・非行を犯した人々に対する支援に関心を持っている方々がいて、就労移行という形で活動しているわけではないけども、そういう方々と相談しながら進めるほうがうまくいくことがある。やってみるうちにだんだん力量が付くとは思いますが、引きこもり支援なら引きこもり支援、刑余者なら刑余者において、熱意を持って取り組んでこられた方が持つ知見を生かしては。
間口が広くてどんな方でもっていうのは、生活困窮者の自立支援事業が始まってから全国で積み上がってきているノウハウだと思いますけれども、ノウハウを持たない就労移行の事業者が直ちにやれるのかなと。各地域の中で、様々な就労移行を意図的に育てていかないと厳しいんじゃないのかなっていうのが私の感想です」
座長の岩田氏は「引きこもりや刑務所出所者については、今の障害者就労支援事業所等に任せるのは非常に難しい。ダイバーシティ就労支援の実践研修を去年11月に開き、今後ともやっていきたい」と投げかけた。
津富氏は「研修だけではなかなか難しくて、5年、10年とか経験の蓄積は必要だろうと思います。引きこもり支援の業界も、日本では古いところから数えて40年ぐらいの歴史がある団体さんがいて、そういう方々から学んで成長してきた業界だと思います。
受刑歴のある方の支援も、篤志家の方々や協力雇用主の方々を含めてこれも数十年の歴史はあって、100%うまくいってるとはいえませんけども、進化してきたもの。そういったノウハウをどう共有していくか。その方々は、障害者就労の形態を使う時もあるんですけども、どういうふうにこのダイバーシティ就労に参画していただくかを考える必要があると思います」とした。
後藤氏は、ワークダイバーシティに賛成の立場で、ある提案をする。
「障害者施設で、こうした様々な困難のある方を受け入れるのが適切なのか。障害者施設は、障害者のために作られている施設だと思っています。施設職員も障害について理解を深めようと日々すごく勉強している。うちは就労移行、発達障害に特化した事業所を運営し、日々職員が、特性に合ったプログラムを開発しています。昨年、企業に16人の就職を達成しまして、定着率も96%。こうした結果が出せるのは日々の努力の積み重ねで、専門性を高めているからですし、こうした努力をしている事業所さんが全国にあると思っています。
こうした施設で、多様な困難を抱えた人に適切な支援を提供していくのは、座学で研修を受けてもなかなかできない。困難に対応するための努力、勉強が必要で職員の負担も非常に大きくなる。やはり、障害に特化した事業所もあっていい。ただ、ダイバーシティ就労を行う事業所というのも、選択肢としてあったらいいと感じるんですね。
千葉においては、支援を受ける人が障害者施設を利用することに抵抗がなかったと話がありましたが、実際にまだユニバーサル就労のような基盤に抵抗がないとは言えない。障害に関する無自覚な差別みたいな話もありましたけれども、岐阜のような地域は、そういったものが残っている。障害者施設をそのまま残して、そこに多様な困難を受け入れるというよりは、ダイバーシティ就労を行う施設を、選択肢として作ることが解決につながるんじゃないかと感じています」
「WORK!DIVERSITYプロジェクト」は、日本財団が取り組む、だれもが働ける社会を目指す仕組み作り。2018年、日本財団の調査により、引きこもり、ニート、刑余者、若年認知症、難病、依存症など、働きづらさのある人たちがのべ1500万人におよぶことがわかった。適切な支援があれば働けるが、現行の制度では公助のシステムがほとんどない。
一方で、労働力不足は加速し、2038年には50兆円を越えようとする社会保障費は、財政赤字をさらに膨張させようとしている。労働人口も減少し、2025年頃には国全体で600万人が不足するとの試算がある。日本財団は、働きづらさのある人たちを新しいシステムにおいて支援し、就業を促進、労働市場において活躍し、さらにタックスペイヤーとなることで社会保障や財政改革にも好影響をもたらすと考える。
この課題解決のため、既存のシステムを活用し、個々のQOLを高めて社会に新たな労働力を輩出しようとするプロジェクトがWORK!DIVERSITY(ダイバーシティ就労)だ。既存の障害者の就労移行支援事業および就労継続支援A型事業を活用する構想。現行でこれらのサービスは障害者以外は利用できないが、その就労支援の内容は、働きづらさを抱える多様な人に活用できると考えられる。
就労支援のモデル実証実験を千葉県・岐阜市・福岡県の3自治体と協働して行っている。研究とモデル実践を通し、具体的な支援方法を確立、その新システムにおいて障害者以外にも多様な就労希望者を支援し、社会に送り出すことを目指す。