Yahoo!ニュース

はしかの子ども、見たことありますか?

片瀬ケイ在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー
麻疹(はしか)で高熱がでて、肺炎など深刻な合併症を起こすことも。(ペイレスイメージズ/アフロ)

麻疹(はしか)を初めて見た看護師

 テキサス州ヒューストンの小児病院看護師が、「麻疹(はしか)で救急室に運ばれてきた10歳の子供」の写真をフェイスブックに投稿し、解雇されたというニュースを耳にした。患者の医療情報を無断で公表したのだから処分されて当然なのだが、それよりもこの看護師がその写真を投稿した理由を知って驚いた。

 この看護師は自身がワクチン反対論者で、投稿先は「ワクチン接種を受けない子供を誇りにする親の会」のフェイスブック(すでに削除)。そして「麻疹に罹った子供を初めて見ました。他のERスタッフも初めて見た人が多い。正直いって、ショックだった。その子はとてもつらそうで、深刻な病状のため集中治療室に入れたくらい」とコメントしたという。

 筆者が子供の頃は、子供が麻疹にかかる例は身近にあった。しかし予防接種のおかげで、先進国では、麻疹のような伝染病は珍しい事例になったのだと、あらためて認識した。

予防接種をしないと学校に通えません

 実際、米国では各州とも8月末に新学期が始まる前に、学齢に応じてジフテリアや破傷風、百日咳、ポリオ、MMR(麻疹、おたふく風邪、風疹)、水痘、A型肝炎、B型肝炎、髄膜炎といった様々な予防接種を受けてくることを原則として義務づけている。

 夏休みの終わり近くになると、街の診療所や薬局で「新学期前の予防接種を実施中」といったポスターを目にすることも多い。予防接種を受けていないと、登校させてもらえないので、一大事である。

 もちろん健康上の理由で医師が不適切と判断した場合は、接種義務は免除される。公衆衛生の観点からは、集団中の95%前後の人が予防接種を受けていれば、「集団免疫」ができて感染が広がっていかない。つまり生徒のほぼ全員が予防接種を受けることで、生徒自身、そして、健康上の理由で予防接種が受けられないクラスメートや乳児を含む家族や近隣住民を、こうした感染力の強い病気から守ることができる。

 米疾病管理センター(CDC)によれば、たとえば麻疹の場合、米国では1963年にワクチンができるまで、毎年、300万人から400万人が感染し、肺炎などの合併症で4万8000人が入院し、400人から500人が死亡、1000人程度が麻疹ウィルスによる脳炎を発症したという。麻疹は空気感染であっという間に広がり、死に至る可能性もある恐ろしい伝染病なのだ。

健康以外の理由で予防接種を拒否する親たち

 予防接種が普及したおかげで、2000年には米国から麻疹は姿を消した。ところがこの数年、再び麻疹の局地的な集団発生が見られるようになった。多くの州で、宗教上や思想上の理由でも予防接種の免除を認めているため、親が子供の予防接種を拒否するケースが増えているのだ。

 筆者の住むテキサス州でも、健康以外の理由で予防接種を受けなかった子供は2003年には3000人だったのに対し、昨年度はなんと5万7000人に膨れ上がった。

 地域によっては予防接種免除を受けた生徒が2割近くにのぼる学校もあり、いつ集団感染が発生してもおかしくない状況だ。実際、CDCによれば、2018年1月から7月半ばまでに、テキサス州を含む21州で107人の麻疹感染が報告されている。

 思想上の理由とは何か。主にはワクチンの安全性や強制的な予防接種に対する親たちの異議である。

 麻疹の写真を投稿した前述の看護師も、さらに「私の反ワクチン主義は変わらないし、変える気もないけど、思ったよりずっと深刻な症状を目の当たりにした経験をシェアします」とコメントしたという。なぜ、「予防接種を受けないことが、子供の安全を守ること」といった考えになるのだろうか?

 フィラデルフィア小児病院のワクチン教育センター長のポール・A・オフィット医師は、新著「からだに悪い助言:なぜ有名人、政治家、活動家は良い健康情報源ではないのか」(注1)の中で、反ワクチン主義に惑わされるいくつかの理由をあげている。

  • 予防接種しないことの本当のリスクを知らない
  • 有名人の言葉に弱い
  • ソーシャルメディアやインターネットに影響される
  • 本物の専門家と似非専門家の区別がつかない
  • 結果と原因の関連を不適切に結びつける
  • 理性より恐怖感情に左右される

――などだ。

MMRワクチンで自閉症にはならない

 例えば「MMRワクチンが自閉症の原因となる」という間違った情報に惑わされてしまう親たちが、いまだにいる。1998年に英国のアンドリュー・ウェイクフィールドという医師が権威ある医学学術誌ランセットに、MMRワクチンが自閉症の発症に関連するという論文を発表し、MMR接種を受けないよう呼びかけたことに端を発する。

 その後、ウェイクフィールド氏の研究はデータの裏づけがとれず、いくつもの研究でMMRワクチンと自閉症が関連しないことが示された。この間、英国では麻疹の集団発生が何度もおこり、多数が入院し、4人の子供が命を落としている。

 2001年にウェイクフィールド氏は英国ロイヤルフリー・ホスピタルから辞任を迫られ、のちに米国に移住した。2010年にはランセット誌がウェイクフィールド氏の論文を撤回し、英国医事委員会は同氏の医師免許をはく奪した。(注2)

事実 vs トランプ大統領

 しかし自閉症の原因に対する答えを求める親や、強制的な予防接種に疑心暗鬼になる親たちの中には、「多くのワクチンを一律に接種すると子供の免疫が弱まり、自閉症の原因になる」という真しやかだが、科学的根拠のないウェイクフィールド氏の主張を鵜呑みにする人が少なくない。

 自閉症の息子を持つ米国女優のジェニー・マッカーシーさんら有名人らも、予防接種の安全性に疑問を投げかける反ワクチン運動を行ってきた。

 さらには反権威主義で科学に疑念を持つ支持者が多く、何かと人を扇動するトランプ大統領も、「健康な子供が医者に行き、予防接種を山ほど受け、具合が悪くなり、そして変わってしまう―自閉症。そんな事例がたくさんある!」(注3)という無責任なツィートをした。大統領就任後も反ワクチン活動家と面談するなどして、まともな医療従事者や科学者らの懸念を深めている。

信頼できる情報で理性的判断を

 「異物(ワクチン)を子供の体に入れるのは危険」、「副反応の可能性があるなら、安全ではない」といった主張をする反ワクチン主義の人もいるが、前述の看護師のように実際に麻疹に感染し、苦しむ子供を目の当たりにしたらショックを受ける人が多いのではないか。本当のリスク、そして世界的な研究と長年の実施結果からも効果と安全性が示されているという事実を、理性的に考える必要がある。

 不安があるなら、有名人や政治家、SNSなどインターネット上の情報ではなく、きちんとした小児科医に相談すべきだ。専門家、権威、科学、事実、公共という考えを軽視し、個人の自由ばかり強調するトランプ政権下の米国で、麻疹をはじめ予防可能な感染症の犠牲者が増えていったら、それこそ時代の逆行である。

参考:

注1 BAD ADVICE:Or Why Celebrities, Politicians, and Activists Aren’t Your Best Source of Health Information Paul A. Offit, M.D. Columbia University Press

注2 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2831678/ (ランセット誌に掲載されたウェイクフィールド氏によるMMRと自閉症の研究論文の撤回および、同氏の医師免許剥奪に関する記事)

注3  https://twitter.com/realDonaldTrump/status/449525268529815552?s=17 (ドナルド・トランプの2014年3月28日のツィート)

在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー

 東京生まれ。日本での記者職を経て、1995年より米国在住。米国の政治社会、医療事情などを日本のメディアに寄稿している。2008年、43歳で卵巣がんの診断を受け、米国での手術、化学療法を経てがんサバイバーに。のちの遺伝子検査で、大腸がんや婦人科がん等の発症リスクが高くなるリンチ症候群であることが判明。翻訳書に『ファック・キャンサー』(筑摩書房)、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)、『夫婦別姓』(ちくま新書)、共訳書に『RPMで自閉症を理解する』(エスコアール)がある。なお、私は医療従事者ではありません。病気の診断、治療については必ず医師にご相談下さい。

片瀬ケイの最近の記事