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急増するロヒンギャ難民の「二次被害」―人身取引と虐待を加速させる「ロヒンギャ急行」

六辻彰二国際政治学者
マレーシアにボートでたどり着いたロヒンギャ難民(2018.4.3)(写真:ロイター/アフロ)
  • ミャンマーを逃れたロヒンギャ難民の少女や女性のなかには、人身取引の犠牲者になる者が多い
  • 彼女たちの多くは周辺諸国に密輸されており、とりわけ最近ではバスで隊列を組んでマレーシアに向かう「ロヒンギャ急行」が目立つ
  • マレーシアでロヒンギャが、買春などだけでなく、虐待などの問題が深刻な家事労働に関わることが懸念されている

 バングラデシュに逃れていたロヒンギャ難民のうち62人が5月27日、帰国の途につきました。2017年11月にミャンマー、バングラデシュ両政府は難民帰還に合意しており、今後さらに多くのロヒンギャが故郷に戻れることが期待されています。

 ただし、帰還後の安全への懸念や、親族が虐殺された心理的トラウマもあり、70万人以上とみられるロヒンギャ難民の多くがすぐにミャンマーに戻れる状況にはありません。

 その一方で、少女や女性を中心にロヒンギャが周辺国で売りさばかれる事態も急増。なかにはバスを連ねて国境を越えて密輸されるケースもあり、これは「ロヒンギャ急行」とも呼ばれます。

 避難が長引くなか、難民の間には生活や雇用の安定を求める気運が高まっており、これに乗じる人身取引業者により、ロヒンギャ難民の「二次被害」は増える傾向をみせているのです

「狩場」としての難民キャンプ

 2018年3月、BBCは「セックスのために取引されるロヒンギャの子どもたち」と題するレポートを発表。バングラデシュに逃れていたロヒンギャ難民の少女たちが、人身取引業者によって、セックス産業に売られている実態を告発しました。

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 BBCの報道は国際的に大きな関心を集めましたが、バングラデシュの難民キャンプに人身取引業者が出没すること自体は、それ以前から報告されていました。

 アル・ジャズィーラは2018年1月、バングラデシュの難民キャンプで13歳の娘を3年前に人身取引業者に渡してしまったロヒンギャ女性の話を報じています。この女性は、「家事労働をしてくれる若い娘を探している」と持ちかけられ、娘を送り出したといいます。その後、娘はインドまで連れていかれたところを、人身取引の犠牲者たちを救済する団体に保護されました。しかし、母娘は離れ離れのままです。

 ミャンマーで軍や過激派仏教僧の迫害にさらされ、バングラデシュに逃れたロヒンギャたちですが、食糧や水さえ不足しがちななか、難民キャンプでの生活は快適と程遠いものです。

 そのため、ロイター通信は2017年11月の段階で、難民キャンプ周辺でも2,462人以上の子どもが働いていると報告。なかには、14歳の少年が38日間、道路工事の建設作業員として働き、わずか6ドルしか得られなかったケースや、14歳の少女が難民キャンプ近郊の港町チッタゴンで家事労働者として働き、雇い主に性的暴行を受け、さらに歩けないほどの暴力を振るわれたケースなども報告されています。

 先述の女性は「娘だけでもこの生活から抜け出せるなら」という親心から、つい人身取引業者の話を信用してしまったといいます。

 このような業者の横行に当局も警戒を強めており、地元紙ダッカ・トリビューンは2017年12月までに352人の人身取引業者が裁判所で有罪判決を受け、警察がパトロールを強化していたにもかかわらず、その後も難民キャンプに39人の人身取引業者がいることを地元警察が把握していると報道しています。

「ロヒンギャ急行」の隊列が向かう先

 ロヒンギャの人身取引は、バングラデシュ以外の国でも「販路」を拡大させています。とりわけ、最近目立つのがマレーシアです。

 2018年5月にマレーシアメディアは、タイからマレーシアへの国境に向けて伸びる、ロヒンギャ難民の密輸ルートをタイ警察が摘発したと報道。それによると、人身取引業者が数十台のバスを連ねて陸路でマレーシアに運んでおり、これは「ロヒンギャ急行」と呼ばれます。

 周辺国のなかで、マレーシアはロヒンギャにとって魅力的な国の一つといわれます。タイやインドと異なり、マレーシアはムスリム中心の国。そのうえ、やはりイスラーム世界とみなされるインドネシアやバングラデシュより所得水準が高く、雇用の機会も多いとみられるからです。

 この背景のもと、もともとロヒンギャのなかには、マレーシアに出稼ぎに出かけていた人も多く、難民のなかにはこれらの親戚を頼って同国を目指す人もあります。その結果、マレーシアには10万人のロヒンギャが滞在しています。

 マレーシアでも他の周辺諸国と同様、買春年長男性との結婚のために多くのロヒンギャ難民の少女が連れてこられているとみられ、「ロヒンギャ急行」はこれをさらに増やすものとみられます。

難民の雇用は可能か

 マレーシアには国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の支援のもと、ロヒンギャの難民キャンプも設置されています。ただし、マレーシアの難民キャンプには衛生環境が劣悪なものも多く、死者も数多く出ているため、ロヒンギャからは生活改善を求める声もあがっています。

 この背景のもと、UNHCRの働きかけもあり、マレーシア政府はロヒンギャの就労を検討してきました。

 難民の就労を可能にすることは、受け入れ国の負担を減らす新たな取り組みとして注目されましたが、雇用の奪い合いに繋がりかねないとマレーシアの労働組合が反対。人道支援と移民労働者の受け入れは別と主張してきました。

 結果的に2017年3月にロヒンギャ難民にはプランテーション農園や工場などでの就労が認められましたが、合法的な雇用は必ずしも十分ではありません。それは結果的に違法な就労を促し、マレーシアに逃れたロヒンギャ難民に「二次被害」をもたらす土壌となっています。

 とりわけ懸念されるのが、女性や少女を中心に、ロヒンギャ難民がマレーシアの家事労働者として違法に雇用される事態です

家事労働者への需要

 マレーシアでは家事労働者の雇用が少なくありませんが、近年ではその人員の不足が表面化しつつあります。それは家事労働者に対する虐待が社会問題化しているためです。

 2018年2月、インドネシア政府はマレーシアへの家事労働者の派遣禁止を発表。インドネシア出身の家事労働者がマレーシアの家庭で虐待され、食事も与えられず、屋外で犬と一緒に寝させられ、あげくに死亡したケースが発覚したことを受けての措置でした。

 家庭という閉ざされた空間において、家事労働者が雇い主から虐待や暴行を受け、最悪の場合、死に至るケースは、欧米諸国や中東の産油国などでも頻繁に報告されています。被害者はより所得の低い国からきた、教育水準の低い女性であることがほとんどです。

 インドネシアからマレーシアに渡る出稼ぎ労働者は250万人ほどにのぼり、その半数は違法就労者とみられています。少女を含む女性の場合、家事労働者も多くいますが、例え合法の就労者であっても、両国間の協定において家事労働者の処遇や権利などは定められていません。

 ところが、多くの家事労働者を供給していたインドネシアがその派遣を禁止したことで、マレーシアは他国からの調達に迫られています

 もともと、マレーシアはインドネシア以外にも、ヴェトナムやタイなどとともに、ミャンマーからも家事労働者を受け入れていました。そのため、「ロヒンギャ難民を家事労働者として採用すればよい」という声はマレーシア国内で以前からありました。

 外国人の家事労働者をめぐる問題が頻発することを受けて、マレーシア政府が2017年3月から合法化したロヒンギャ難民の就労でも、家事労働は含まれていません。とはいえ、インドネシアがこれまでの関係が見直し、家事労働者の需要が高まる一方、ミャンマーから合法的に家事労働者としてきている者も多いマレーシアで、ロヒンギャ難民が違法に家事労働に従事することは、時間の問題とみられます。

 その場合、正規に入国した家事労働者でさえ、虐待などの被害が多いことに鑑みれば、「難民の違法就労」という弱い立場のロヒンギャが同様の事態になることは増えると見込まれます。虐殺や迫害を逃れたロヒンギャ難民は、逃れた先でも生命すら脅かされる「二次被害」の危険に日々直面しているといえるでしょう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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