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何かと違和感の「ハリウッドが描く日本」。ブラピの『ブレット・トレイン』は「楽しさ」に進化させた?

斉藤博昭映画ジャーナリスト
車内の表示や広告に「明らかに変な表現がない」のはハリウッド大作として珍しい?

「ハリウッド作品に出てくる日本」。

さまざまな描写が思い浮かぶが、フジヤマ、ゲイシャ、そしてニンジャというイメージが、21世紀に入ってもなんとなく顔を出したりして、苦笑ネタになることも多い。ただ近年はリアリティからかけ離れた描写があったりすると、蔑視と捉えられることも増えてきた。当事者である日本人としては、どうなのか。世界にマーケットをもつハリウッド映画が、正しい日本の姿を伝えるべきだという意見もある一方、ちょっぴりカリカチュアされ、ツッコミどころが多い作品を楽しむ人もいる。

9/1に公開される『ブレット・トレイン』は、主演ブラッド・ピットの来日で盛り上がっているが、舞台となる日本をすべてロサンゼルスのセットで再現。「ハリウッドが描く日本」の好例になっている。

東京を出発し、京都へ向かう超高速列車。『ブレット・トレイン』の舞台は明らかに新幹線なのだが、日本ロケではないので列車のフォルムも微妙に違う。列車の名称も「ゆかり号」と、こちらも軽くアレンジ。車内販売や食堂車、トイレ、全体のカラフルな照明、さらにホームの構造や駅の様々なシステムなど、独自のプロダクションデザインで表現されている。そしてなぜか富士山が実際と違う地点で登場。乗客の雰囲気も明らかに日常の新幹線とは違う。

とはいえ、伊坂幸太郎の原作「マリアビートル」(こちらは盛岡行き)と同じく、『ブレット・トレイン』は途中停車駅が重要ポイントになるが、品川、名古屋、米原など駅名は正確。最低限のリアリティが守られている印象なので、「日本でこの描写はありえない!」と目くじらを立てる人は限りなく少ないはず。

「ハリウッドが描いた日本」として、リアリティと荒唐無稽アレンジの絶妙なブレンドを、われわれ日本人も素直に楽しめる。そこに『ブレット・トレイン』の魅力がある。

ロケを行えば正確な描写になるかといえば…

しかし過去をさかのぼれば、このパターン、なかなか成功しないことも多かった。

日本が舞台になる作品ということで、では実際に日本でロケを行えば、日本人が観てもリアルに映るのだろうか。むしろ逆の反応になるケースが多い気もする。

最近では内閣府の肝入りで日本ロケを誘致した『G.I.ジョー:漆黒のスネークアイズ』。大阪の岸和田城、世界遺産の姫路城、関西の各地、さらに時代劇でおなじみの茨城のワープステーションのセットなど数ヶ月もの日本ロケを敢行。ただ「忍者」の世界観がベースなので、ハリウッド作品にありがちな“なんちゃって日本”の印象が濃厚だった。同じことは2013年の『ウルヴァリン:SAMURAI』にも言えた。東京・芝の増上寺や上野界隈に新宿、広島の海辺の町などでロケを行ったが、セットのシーンは美術や小道具によって“日本らしからぬ日本”となり、日本の観客は微妙な温度差を認知してしまう。

『ブレット・トレイン』でも、もし駅周辺など列車以外のシーンで日本ロケをしていたら、セットとのギャップで違和感を増大していたかもしれない。

2006年の『ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT』などは、本来なら撮影許可が下りない渋谷周辺でゲリラ撮影も行ったことで、リアル日本が映像にやきつけられた。『ロスト・イン・トランスレーション』や『バベル』のように、アクション作品でなければ日本ロケを徹底することで、違和感はまったく残らなくなる。

そもそも日本でのロケは許可をとることが難しく、古くは1967年の『007は二度死ぬ』でも日本ロケにおける撮影規制が語り継がれているし、1989年のリドリー・スコット監督『ブラック・レイン』では様々な規制によって思うようなロケが不可能となり、撮影日程が切り上げられたことで、ハリウッドのスタジオで「日本は撮影しづらい国」のレッテルが貼られてしまった。

時代モノはすんなり。愛が違和感も消す

その後、ハリウッド大作で、日本が出てくるシーンの多くはスタジオのセットや他の国のロケで再現され、『SAYURI』、『パシフィック・リム』から、渋谷のスクランブル交差点をカナダのセットで作った『バイオハザードⅣ アフターライフ』、そして最近の『ジョン・ウィック:パラベラム』、『ワイルド・スピード/ジェットブレイク』まで、微妙に変な看板や、ありそうでなさそうな街の構造などを、われわれ日本の観客は温かい目で見つめつつ、「なんか違うんだよね」と変な気分を味わうことに。その感覚も楽しいのだが……。

こうした不思議な感覚が比較的、少ないものは「時代モノ」で、『ラスト サムライ』(姫路など一部で日本ロケも行いつつ、メインはニュージーランドで撮影)や『硫黄島からの手紙』のような作品は、結果的に大ヒットした。過去の時代を描くのであれば、ハリウッド作品でも、日本映画でも多少の違和感は許容されやすいのだろう。

ただ、日本描写の「違和感」にも愛が込められていると、その愛を受け止めて楽しめる『キル・ビル Vol.1』のような作品もある。近年、日本映画や日本のアニメにオマージュを捧げる海外の映画監督の作品をよく目にするようになったが、クエンティン・タランティーノ監督の同作こそ、その先駆けとして日本の観客にも愛された。一部、日本でもロケが行われている。

その意味で『ブレット・トレイン』に、『キル・ビル』の記憶が甦る人もいるかもしれない。

日本の観客にとって、ハリウッドが日本を描くことが鑑賞の大きな訴求力になっているかどうか。はっきり言って、それほどでもない。しかし、われわれが日常で親しんでいる光景が、外の視点ではどんな風に見られているのか。作品の本質的な面白さ以外に、「発見」が多いことも事実である。

『ブレット・トレイン』

9月1日(木)、全国の映画館で公開

配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、スクリーン、キネマ旬報、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。連絡先 irishgreenday@gmail.com

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