祝!世界遺産 世界一のビール大国・チェコ共和国のビールがおいしい理由 -飲み手の偏愛編【チェコ】
つくり手の情熱編 でお伝えしたように、世界でもっともビールを愛する国チェコ共和国(以下チェコ)。わたしはチェコ親善アンバサダーとして、先ごろ4年ぶりにチェコを訪れ、ビールの現場にお邪魔してきました。 最新の研究機関で働く科学者から代々続くホップ農家まで、ビールづくりに携わる人々の熱意に目を見張ったわけですが、それだけじゃなかった。ビールへの思いが深い飲み手の存在もまたビールの発展を支えていた のです。
そこで今回は飲み手に注目して、チェコのビールがおいしい5つの理由をご紹介します。
理由1:つくりたてのビールをどこでも飲める
工場からできたてのビールを届けるCMの影響より、日本人がビールの鮮度という観点に気づいたのはふた昔ほど前でしょうか。そんなビールのおいしさを昔から楽しんでいたのがチェコ。 小さな醸造所がわりと起業しやすいことから、首都プラハのような大都市だけでなく地方都市にも数多くのマイクロブルワリーがあり、どこへ行ってもわが町自慢のビールを楽しむことがで きます。醸造所だけでなく、パブやカフェ、レストランを併設していることも多く、そこでは食事を楽しみつつ、当然ながらつくりたてのビールを味わうことができるのです。
マイクロブルワリーでは小さなタンクを使用していて、一回に仕込む量が少ないため、リスクを比較的抑えながら新しい味づくりに挑戦できるとか。ドイツの「ビール純粋令」のような制 約も定められていないので、たとえばフルーツやハーブで香りをつけた季節のビールや、新種のホップを使ったビール、ホップや麦芽の配合を変えた実験的なビールなど、今この時この場所でしか飲めないかもしれない個性的なビールで、それぞれのファンを獲得しています。
理由2:自分好みの飲み方ができる
まずはこの画像をご覧ください。日本の飲食店では右のグラスが模範例。左のビールを見た友人は日本なら事故案件!と笑っていました。が、これチェコではすべてゲストの好みに応じた正しい注ぎ方なのです。
チェコでビールをオーダーする時、ビールの種類やジョッキの大きさと共にリクエストできるのが泡の比率。泡だけのMlíko(ムリーコ)、液体が4分の1くらいのŠnyt(シュニット)、液体が3分の2から4分の3くらいで私たちが飲み慣れているHladinka(フラディンカ)、泡がまったくないČochtan(チョフタン)の4タイプを基本形に、泡の多い少ないや、2種類(またはそれ以上)のビールのミックス、さらにそのブレンドの割合と、楽しみ方はまさに百花繚乱。
スタバもびっくりのこんなカスタマイズができるのは、嫌な顔ひとつせずすごいスピードで思いのままにビールを注ぎ分けるプロフェッショナルがいるから。日本でビールを飲み慣れた私としては、まず定番のフラディンカから始めてだんだん泡を増やしていき、泡だけのムリーコにたどり着くステップをおすすめしたい。自分の好みの一杯を見つけてくださいね。
理由3:ビールを飲まずにいられない料理のバラエティ
世の中に尊敬すべき人はたくさんいますが、わたしにとっては チェコに来てビールを飲まずにチェコ料理を食べられる人 もそのひとり。それくらいチェコ料理と新鮮なビールは切っても切れない関係なんです。
チェコで初めてこの料理に出合い、簡単な英語の説明を聞いた瞬間の衝撃は今も鮮明に覚えてい ます。だって デッド・ボディ・イン・ザ・リバー 直訳すると 川にある死体 ですよ。これは チェコ語で水死体を意味する ウトペネツ という名前のソーセージのマリネ。各お店が独自に 配合したスパイスや調味料を加えた酢でソーセージを漬け込んでいて、特に黒ビールが進むそう。
魚より肉、肉の中でもとりわけ豚肉のバリエーションが豊富なチェコ料理。豚のひざの肉をロー ストして、ピクルスやホースラディッシュを添えて食べるポークナックル(トップ画像)や ローストポーク、ハムやソーセージなどの加工品もよく食べられます。とりわけクセになるのが豚の脂身だけを集めて揚げた シュクバルキ 。このお店ではラードと共に瓶に入っていました。 塩をしっかり効かせた脂身をたっぷりパンにのせ、塩と酢が際立つきゅうりのピクルスを合いの手にビール。わかっているのにやめられない、ちょっと常習的なヤバさがこの料理にはある。
料理の付け合わせとしてチェコ料理のレストランでほんとうによく見かけるのが、生地がみっちりと詰まって食べごたえのある蒸しパンのようなクネドリーキ。一般的なものは白いのですが、すりおろしたじゃがいもをミックスするなど(写真)ひと工夫したものも多いとか。煮込んだ肉、シチューのようなとろりとしたソース、お店によってクリームなどがトッピングに添えられ、そのまま食べたりソースを染み込ませて食べたりします。クネドリーキ自体は水分が少なめなのでビールがあると食べやすい。
チェコのパンケーキと呼ばれたり、前出の揚げた豚の脂シュクバルキや燻製した肉を混ぜることもあるためチェコ風お好み焼きともいわれるブランボラーク。すりおろしたじゃがいもをまとめたものを生地として、多めの油で揚げ焼きにします。味の決め手は塩とマジョラム。ポテ トと油と塩、そこにスパイスなんて。ビールを欲しないわけがありませんよね?
理由4:ビール文化を継承する食育(ビール育?)が行われている
世界遺産にも登録された世界を代表するホップの聖地 ジャテツ にあるのが、ホップ専門の博物館としては世界最大級といわれる ホップ博物館 です。日本ではドイツ語の「ザーツ産ホップ」 という表記が多いのですが、チェコ語の街の名前をカタカナにすると「ジャテツ」が正しいです。
どうして「ザーツ」というドイツ語表記が定着しているのか。そこには歴史的な理由があります。1938年、現在のチェコの外縁部にあたるドイツ人が多く居住していた地域ズデーテン地方は、第三帝国(ナチス統治下のドイツ)に割譲されました。第二次世界大戦後、ズデーテン地方はチェコスロヴァキアに返還され、現在もチェコ領ですが、併合されていた時代に各町の名はドイツ語で表記され、現在までその呼び方が残っています。ジャテツも第三帝国に併合されたズデーテン地方の町のひとつでした。
「なぜジャテツではホップをつくっているのですか」。なにげなく聞いた問いへの答えがもう 素敵すぎました。「ジャテツがホップを選んで栽培しているわけじゃない。ホップがジャテツを選んだのですよ」。つまり土地(環境)にあまり負荷をかけず、土壌に合ったものを育てて、人と自然が共存してきたのですね。ホップの加工場をリノベーションした建物や当時のままの農具、壁に飾られたモノクロームの写真が、この土地でホップと共に暮らしてきた人たちの息づかいをいきいきと伝えています。 ちなみにここでは、地元の子どもたちの課外学習も行われるそう。まだビールを飲む年齢になる前から、ホップの歴史や文化に親しんでいるのです。
理由5:ホップとビールを愛する人々の祭典「ドチェスナー」
ホップの産地ジャテツで催されるホップとビールの祭典 ドチェスナー。1958年から「最後のホップ」の収穫を祝って毎年(コロナ禍を除く)開催されていて、普段は静かなジャテツに国内外から多くのビール好きが集まり、ジャテツがもっとも熱い日といわれているとか。 ビールの祭典ですが小さな子どもを連れた両親や三世代ファミリーで訪れる人も多く、子ども向けのおもちゃやお菓子、ゲームやクイズなどのアクティビティもありました。 ライブ演奏やダンスといった演出もありますが、ドチェスナー最大の魅力はビールの飲み比べができること。ジャテツのみならず、国内外のジャテツ産ホップを使っているブルワリーが、こ の日のために自慢のビールを持ち寄るのです。その数100種類以上とか。あぁ、すべて制覇したい。
実はここにもビールがおいしい秘密があるのです。世界から集まるビール好きが、各ブルワリーのビールを飲み比べることによって、飲み手は自分好みの味を発見することができるし、つくり手は他と比較することによって、切磋琢磨しながらお互いに成長できる...。
いかがでしたか。わたしはこれまでさまざまな国でブルワリーを訪れてきました。が、ここまでホップに注目したことはなく、たくさんの発見と学びがありました。なによりホップが「原材料」ではなく「手間もかかるけれどかわいい生きもの」に見えてきて大好きに。
さてさて。ビールをめぐる旅はここでは終わりません。
この旅ではピルスナービールの発祥地とされるプルゼニュにあるピルスナーウルケル醸造所 を訪れました。こちらも見ごたえ満点でしたので、また追ってご紹介します。
それでは今宵も楽しい一杯を。Na zdravi!(ナズドラヴィ=チェコ語で乾杯!)