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フードトラベラーの美食ガイド「世界(アジア)のベスト50レストラン」スマート活用術 - 前編

江藤詩文 shifumy旅するフードライター
(C) The World’s 50 Best

2024年6月、The World’s 50 Best Restaurants(世界のベスト50レストラン) の授賞式が米国・ラスベガスで開催されました。それに先駆けて3月には「世界のベスト50レストラン」のリージョナル版である Asia’s 50 Best Restaurants(アジアのベスト50レストラン) のアワードが韓国・ソウルで催され、日本からもたくさんのスターシェフが参加しました。

ガストロノミー体験を目的に世界を旅するフードトラベラーにとって「世界のベスト50レストラン」は気になる存在ではないでしょうか。これからシルバーウィークにかけてのバカンスシーズンに向けて、みなさんの美食旅をより充実させるためにこのリストをどう読み解きどう使いこなすか、最適解を考えてみたいと思います。

そもそも「世界のベスト50レストラン」とは?

(C) The World’s 50 Best
(C) The World’s 50 Best

「世界のベスト50レストラン」とはどのようなアワードなのでしょうか。日本代表(アカデミーチェアと呼ばれます)を務めるコラムニスト・中村孝則さんはこう説明します。

「世界のベスト50レストラン」(以下50ベスト)は2002年に英国で始まったレストランのランキングです。それまでのレストランガイドや格付けは、国や都市といった地域や料理ジャンルによって区分され、その枠内で評価するものが一般的でした。ところが50ベストはそういった基軸をまったく設定していません。対象は世界全体で、国や地域も、レストランのジャンルや価格帯も一切制約のないノージャンル。そんなセンセーショナルな新しさが時代の空気にマッチして世界のフーディーズを魅了しました。

ランキングは毎年行われる投票の集計で決まります。「ボーター」といわれる投票者は、各国や地域のアカデミーチェアが極秘で任命しており、日本のボーターは私がお願いしています。今年のボーターは世界で1080人。料理人やレストラン関係者、メディア、フーディーズがそれぞれ3分の1ずつ、男女比も半々になるように構成されています。投票の対象となるのは、ボーターが過去18カ月以内に実際に訪れたレストランのみ。自国から最大6軒までと他国のレストランを合わせて10軒を匿名で投票します。2013年にはリージョナル版としてアジア全域が対象の「アジアのベスト50レストラン」(以下アジア50ベスト)も始まっています。

(C) The World’s 50 Best
(C) The World’s 50 Best

つまりものすごく乱暴に言ってしまうと、ヨーロッパの超ラグジュアリーな三つ星店からアジアのストリートフードまでぜんぶひっくるめて、世界のトレンドにアンテナを張っているボーターが「今イケてる!」と評価するレストランが並んでいるのが「50ベスト」というわけです。「50ベスト」自体が従来のレストラン格付けとは異なるスタンスで始まっているため、その主旨に賛同するボーターも、新しいものが好きでフットワークが軽く、国境をハードルとせず、保守的より革新的なものを好みます。

また、レストランだけでなくシェフ自身の発信力(スター性)も注目され、社会貢献といったレストラン外での活動はただちにソーシャルメディアで全世界に波及します。そのためランクインするレストランも、伝統的な料理を継承するクラシックな店よりも、時代を先取りして人々をリードするイノベーティブな店が支持される傾向があります。

注目はミシュランガイド未上陸の国のレストラン

▲タイ・バンコク「Gaggan Anand」(世界9位、アジア3位)(c) The World’s 50 Best
▲タイ・バンコク「Gaggan Anand」(世界9位、アジア3位)(c) The World’s 50 Best

たとえば東京でレストラン巡りをしたい外国人旅行者にとっては、「アジア50ベスト」以外にも「ミシュランガイド」「ゴ・エ・ミヨ」といった世界的に有名なガイドブックから「食べログ」「Retty」など日本独自の格付け、最近は『東京最高のレストラン』(ぴあ)を翻訳して利用する人もいるなど(余談ですが、ぴあはなぜ翻訳版を出さないのでしょうね不思議)レストラン文化が成熟している東京はグルメ情報も百花繚乱、自分好みのレストランを選び放題といえます。

一方で日本からアジアの都市に行く場合、今でこそ多くの情報がありますが「アジア50ベスト」がスタートした2013年時点で「ミシュランガイド」がローンチしている国は数えるほどでした。「アジア50ベスト」以外に情報が見つけにくい旅先もあったのです。

また、ガストロノミーが発展途上の国を拠点に世界で勝負したいシェフにとっては、「ミシュランガイド」の上陸を待つより自ら動いて「アジア50ベスト」にアプローチする方が手っ取り早い。さらに、そういった意識の高いシェフは、外国からのゲストの親善大使のような役割まで果たすこともあり、その国で最先端の活動を展開して脚光を浴びるなど「アジア50ベスト」と親和性が高いのです。

「アジア50ベスト」初期にそんなシェフたちが活躍したタイやマカオ、ソウルはその後ガストロノミー新興国として飛躍的に成長を遂げています。

▲フィリピン・マニラ「Toyo Eatery」(アジア24位)(c) The World’s 50 Best
▲フィリピン・マニラ「Toyo Eatery」(アジア24位)(c) The World’s 50 Best

これらの国に続き、私が次なるガストロノミー・デスティネーションとして注目しているのはフィリピン、ベトナム、インドネシアなど。正直にいうとこれらの国はまだ発展中のため「こんなはずじゃ…」と大失敗することもありますが、少なくとも「自国のフードカルチャーをガストロノミーに昇華して世界に発信したい」という向上心パワーに溢れていることは間違いない。「アジア50ベスト」のレストランをひとつの軸として、その国のフードシーンを俯瞰的に見ることができます。

およそ10年で激変したアジアのフードシーン

ここ10数年でアジアのガストロノミー業界は大きく様変わりしました。「50ベスト」シリーズのコンテンツディレクターとして「アジア50ベスト」の立ち上げからアジアの変遷を見つめてきたWilliam Drew(ウィリアム・ドリュー)さんはこう言います。

(c) The World’s 50 Best
(c) The World’s 50 Best

「アジア50ベスト」を立ち上げた目的は、まだ世界的にあまり知られていないアジア独自の食文化の多様性に光を当てることでした。より多くの才能を発掘するため、51位から100位までランキングを拡大したエクステンションリストもスタートしています。
アジアのフードシーンは「アジア50ベスト」がローンチした2013年から大きく変化して今も激動しています。たとえば2013年当時と2024年のリストを見比べると、より多岐に渡った国や地域が並びランクインしたレストランも大きく変わっていますよね。「アジア50ベスト」は、多彩な文化を持つアジアのシェフたちが、多様性を維持しながら繋がることでよりアジアの食文化が発展するコミュニティでありたいと願っています。

▲タイ・バンコク「Le Du」(世界40位、アジア12位)(c) The World’s 50 Best
▲タイ・バンコク「Le Du」(世界40位、アジア12位)(c) The World’s 50 Best

「アジア50ベスト」が10周年を迎えたのは2023年。同年にはバンコク「Le Du」、2024年には台北「MUME」やシンガポール「Labyrinth」、日本ではローカルガストロノミーを牽引する「里山十帖」、2025年は香港「VEA」など今のアジアをリードするレストランが揃って10周年を迎えます。

この10年のアジアの変化。それを振り返りつつ「アジア50ベスト」のリストを眺めながら次に行く国の未来のスターシェフを予測するのもひとつの楽しみ方です。

後編ではこのリストをさらに深読みしていきます。

*トップ画像は日本から1位2位に輝いた「SÉZANNE」ダニエル・カルバートさん、「フロリレージュ」川手寛康さん

旅するフードライター

世界を旅するフードライター。ガストロノミーツーリズムをテーマに世界各地を取材して各種メディアで執筆。著名なシェフをはじめ各国でのインタビュー多数。訪れた国は80カ国以上。著書に電子書籍「ほろ酔い鉄子の世界鉄道~乗っ旅、食べ旅~」(小学館)シリーズ3巻。

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