祝!世界遺産 世界一のビール大国・チェコ共和国のビールがおいしい理由 -つくり手の情熱編【チェコ】
突然ですが世界でもっともビールを好きな国ってどこだと思いますか? それはチェコ共和国(以下チェコ)。先ごろチェコの17番目の世界遺産として ジャテツとザーツホップの景観 が新たに登録されました。また、10月28日には建国記念日である ナショナルデー を迎えています。
そんな近ごろ注目を集めるチェコが誇る食文化のひとつがビール。チェコは国民ひとりあたりのビール消費量が1993年(この年チェコはスロヴァキアと分離し、独立国家としてチェコ共和国が誕生しました)から29年連続で世界一多いのです(2021年調べ)。 どうしてチェコの人たちは、そんなにビールを飲むのでしょうか(平均して日本人の5倍以上飲んでいるとか)。それはチェコ人が単にお酒が好きだから...だけではありません。チェコのビールはとりわけおいしく、また、チェコではビールが食文化のひとつとして継承されているのです。
実はチェコ親善アンバサダーとして活動しているわたし。これまで訪れた約80の国・地域のなかでも、チェコは特に親しみのある国のひとつです。先ごろ4年ぶりにチェコを訪れビールの現場にお邪魔してみると、そこにはチェコのビールが飛び切りおいしい理由がありました。 ここではビールのつくり手に注目して、5つの理由をご紹介します。
理由1:長い歴史が現代まで受け継がれている
チェコでビールをつくり始めたのは今からおよそ1030年前。まだ上下水道が整備されていなかっ た時代、ビールは安心して飲める水分であり栄養源でもありました。首都プラハ郊外にあるブジェヴノフ修道院は男性の修道院で、カトリック教会に属するベネディクト派の司祭が中心となり、宗教の枠を超えて一般の市民とも協力しながらビールづくりを始めたそうです。
それから時が流れること1000年。現代の醸造士は女性も含めて30代の若手が中心に。中世の文 献をひも解き、当時のレシピを再現(ビールをろ過する際に芝生を使っていたため草の香りがするのが特徴だそう)するなど実験的な試みに取り組む一方、ドイツやベルギー、イギリス、スコットランドといったビールづくりが盛んな近隣の国のつくり手とソーシャルメディアで繋がり、 技術や知識をシェアしてオリジナルのレシピを開発するなど、新しい挑戦も積極的に進めています。
理由2:産学連携で最新の研究が進められている
チェコの法律では18歳から飲酒が認められています。また、ビール醸造が国を代表する産業のひとつとして評価されていることもあって、高校を卒業後ビール醸造学科へ進学を希望する学生も多いとか。ビール醸造学科のある大学はČZU(チェコ農業大学)以外にもいくつかあり、また、中学を卒業したらすぐビールのつくり方を専門に学べる(学問として学ぶのみでテイスティングはない)高校の位置づけの専門学校もあるそう。
ČZU(チェコ農業大学)ではビール醸造を実地体験として学ぶほか、学術的な側面からもビールづくりにアプローチ。企業と連携して麦芽に含まれる糖度とホップの量のバランスのデータを測定したり、環境を考えて廃棄物を限りなくゼロに近づけるビールづくりを研究したりしています。また、フランスのシャンパーニュのように原産地統制名称制度を定め、ピルスナーとラガーの違いを広めるといった活動も行なっています。
理由3:ビールの味を決める水とホップに恵まれている
チェコのビールのおいしさの決め手となるのが高品質なホップ。特にプラハの北西に位置する都市ジャテツ産のホップは、グレープフルーツの皮と実の間のわた(白い部分)を思わせる柑橘の弾けるようなフレッシュでジューシーな香りと、さわやかな苦味が特徴とされています。日本でも ザーツ産ホップ使用 と冠されたプレミアムビールを見かけたことがあるのではないでしょうか。
ジャテツの土壌はホップの栽培に向いていて、さまざまな品種のホップを育てることができるそう。また前出のČZU(チェコ農業大学)の研究によると、ジャテツのあたりからプラハにかけては水道水の質がよく、水自体がやわらかくてクセがなく、麦芽やホップの味わいを引き出すのに適しているとか。水の確保にコストがあまりかからない分ビールの価格を抑えることができ、たくさんの人にビールを届けやすいというメリットもあるそうです。
理由4:最新の研究機関が新しいホップを開発してい
ちょっと専門的な話になりますが、ホップにはさまざまな品種があり、なかでも知られているのが品種改良されているけれど原種に限りなく近い品種のSaaz(ザーツ)。これを基準として「ウッディ」「ハーバル」「シトラス」「フロー ラル」「フルーティ」の5つの香りの要素をどんな割合でどの程度配合するかによって、完成するビールの味わいは大きく左右されます。その過程で重要なポジションを占めるのが、ホップの花に含まれていて独特な苦味の源となるアルファ酸。たとえばSaaz(ザーツ)に含まれるアルファ酸は2.5〜4.5%%ですが最新品種のフルーティな特製ホップ Saaz Special(ザーツスペシャル)は約4.5〜8.0%%。さらに含有量を高めるべきかは議論の分かれるところであり、専門機関はSaaz(ザーツ)にどんな品種のホップをかけ合わせるか、日々研究に余念がありません。
まるでテレビドラマのようにスパイが潜入して技術を盗み出す、なんてこともあるそうで、研究所内は撮影も録音も厳禁。白衣に身を包んだ研究者たちが、遠心分離器やマイクロスコープ、その他よくわからない数々の装置を使い研究に勤しんでいました。 トップホップ社が開発した最新のホップ Saaz Special(ザーツスペシャル)を使ったビールのテイスティングは撮影OK。ここで試飲したのは、ホップの種類以外はすべて同じ条件に基づいて醸造されたビール ですが、ホップの違いだけでも味が大きく異なることにびっくり。ここからさらに水、麦芽、温 度、発酵、熟成とさまざまなプロセスで味が変わっていくのです。ビールづくり奥が深い...。
理由5:小さなつくり手の新規参入をサポートする設備メーカー
ビールづくりにおいて最優先されるのは衛生管理と鮮度。そのため人の手をかけるべきステップと、なるべく人の手を通さずに人的ミスを防ぎ機械で管理する工程が明確に分かれていて、専門の設備メーカーがシステムを構築しています。 ボトリングには瓶と缶があり、チェコでは環境に配慮したものづくりが推奨されていて、ガラス瓶の9割以上が回収されてリサイクルされています。これからはより軽量で再生しやすい缶づくりも課題のひとつとか。これらは大手メーカーと共同で開発しているものもあります。
一方で、マイクロブルワリーなどの作業負担を軽くする小さな設備も開発。たとえばガレージなどを使い小さくビジネスを始めたい人たちにも便利な、価格を抑えた場所を取らないパッケージのようなセットもつくられています。リモートワークで自宅にいながら理想のビールをつくってみたい。そんな異業種から新規参入を目指す人たちのハードルを下げ、受け入れることでビール業界全体が発展していくと考えているそうです。
つくり手がかけるビールへの情熱もすごければ、一般市民である飲み手のビール愛もまたすごかった。こちらの模様はまたあらためてご紹介します。