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2020年は日本のジャズにとって“なかった年”ではなく“なくてはならない年”だったのではないか?

富澤えいち音楽ライター/ジャズ評論家
(写真:アフロ)

コロナ禍で沈黙を余儀なくされたエンタテインメント界。

しかし、ただ黙っていただけなのかといえば、そうでもなかったのではないか——。

年が明けても不透明さは拭えず、いつもはそんな時間もなく気分にもならなかった“振り返り”をやってみようと思ったのは、記録しておいたほうがいいのではないかという音楽ライターとしての使命感と、コロナに振り回されて見落としていることがあるのではないかと思ったから。

まずは、ライヴ取材の状況から、新たなパフォーマンス・チャネルの状況へと、取材メモを振り返ってみましょうか。

♪ ナマのステージを観ることができなくなった緊急事態宣言下

2020年のスタートは、東京文化会館でのニューイヤー・コンサートからでした。

毎年趣向を凝らして開催される東京文化会館のニューイヤー・コンサート。

この年は、1931年生まれのマエストロ、外山雄三が代表作「管弦楽のためのラプソディ」を自ら振り、近衛秀麿編曲の「越天楽」、バルトーク、リストにガーシュウィンというコントラスト強めのプログラムで、春らしさとめでたさを楽しむことができました。

このほか1月は、ミューザ川崎シンフォニーホールに佐山雅弘作(初演)とベートーヴェン作の弦楽四重奏曲を観に行ったり、東京文化会館でベルリン・フィルのピアノ四重奏団を観るなど、クラシックづいていたここ数年の、言い換えれば“例年どおり”の正月だったことが懐かしいですね。

2月の東京・練馬の練馬文化センターで行なわれた、瀬川昌久プロデュースの“ねりぶんジャズ”第13弾は、ジャズ・ジャイアンツのひとりであるアート・ブレイキー生誕100周年を記念した内容。

きっと2020年もこのような、さまざまなアニヴァーサリー企画が組まれるのだろうと思いながら会場を後にしたのですが、その一方でコロナ禍の足音はヒタヒタと近づいていました。

会場や出演者側の“自粛”による公演延期や中止のアナウンスが増えてきたのが2月下旬。

ボクはこのころ、新作歌舞伎「風の谷のナウシカ」前後編を映画館へ観に行っているのですが、上演打ち切りにならずにホッとしたことを覚えています。

そんな月末、「やります!」と宣言して実施されたのが、小曽根真のピアノソロによるスペシャル・コンサート(東京・銀座ヤマハホール)でした。このときは、入場時の手指の消毒は促されたものの、マスクの着用は自主性に任され、前売りのチケットをキャンセルする人も2〜3割ほどいて、完売だった客席のあちこちに空席が目立つようになっていたのが印象に残っています。

小曽根真は、このあとの“コロナ禍の2020年”に攻めの音楽活動を展開していきますが、それはまた別の機会に触れましょう。

その後、東京・渋谷のさくらホールでの守屋純子オーケストラの定期公演を最後に、ホールでのコンサートは自粛へ。

3月に入って、東京・丸の内のコットンクラブでの青紀ひかり、同所での大西順子のステージで、ジャズのライヴハウス規模(すなわちホールのような特殊建築物での興行場法適用とは別の、飲食店として営業許可を受けて運営している店舗)のライヴもほぼキャンセル。

そして4月、緊急事態宣言の発出に伴い、宣言明けの7月まで“リアルのライヴ”は行なわれなくなりました。

♪ “戒厳令下の電網ゲリラ戦”が急拡大

“リアルのライヴ”は、とわざわざ書いたように、緊急事態宣言下の約3ヵ月(実質的には自主規制した3月から4ヶ月間)、まったくミュージシャンたちが音楽活動をやらなかったかといえば、そうではありませんでした。

緊急事態宣言が全国に拡大されたのは、東京オリンピック延期が発表されて風向きがガラリと変わったあとの2020年4月16日(東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡の7都府県に先行して発出されたのは4月7日)。そんななか、4月12日には、早くもチャリートとユキ・アリマサのオンライン・セッションが実施されていました。

4/12 CHARITO "Come Sunday" with Yuki Arimasa

このころボクは、横浜市内にある100件ほどのライヴハウスによる同時多発的でノンジャンルなイヴェントを企画する集まりの手伝いをしていて、5月に開催予定だった“前夜祭”的な企画の準備を進めながら、日ごとに状況が悪化していくなかでライヴハウスに関する情報を積極的に集めていました。

風向きが変わるまで様子見を決め込む店も多かったようです。それというのも、緊急事態宣言が2ヵ月でコロナ収束宣言とともに解除され、6月ぐらいには延期していたスケジュールの消化とともに、“気をつけながら”ではあっても以前に近いかたちでの店舗営業に戻っていけるのではないかという期待のほうが大きかったから。

一方で、ライヴハウスの一部では、“新しい生活様式”を念頭にしたオルタナティヴな音楽興行の在り方を模索する動きも出ていました。

中国から本格的な撮影用のカメラクレーンを購入したとか、スタジオ用のミキシング・システムを整えたといった、リアル・ライヴだけに頼らない新たな店舗営業への試みについてのニュースを耳にするようになったのもこのころ。

そうした状況と呼応するように、ミュージシャン側からの“攻め”のライヴ配信も目立つようになってきました。

4/24 Trains (by Blue Note Tokyo All star Jazz Orchestra)w/Peter Erskine, Bob James, Eric Miyashiro

エリック宮城の声がけによって実現した、いわゆる“テレワーク”の合奏ヴァージョン。緊急事態宣言によって急速に一般化したテレビ会議システムを、音楽演奏に応用したわけですが、この方法の弱点は通信環境であることも顕在化しました。具体的には、タイムラグをどうやって克服するか──。5G通信が普及途中であったタイミングのため、この課題が2020年後半のオンライン・パフォーマンスに影を落としていたことは、実は大きかったのではないかと思っています。

また、日本のミュージック・シーンでは、星野源が4月3日に自身のInstagramにアップした「うちで踊ろう」という動画がバズり、4月15日から無料配信された楽曲を使って多くのフォロワーたちによるコラボレーション動画がSNSにアップされるという現象を生んでいたことも付記しておきましょう。

実はボクも、4月26日にジャズ系のミュージシャンが制作する演奏動画をまとめよういう企画を立ち上げてみたのですが、試行錯誤を解決できないままになってしまったことは反省し、次につなげたいと思っています。

あまびえジャズ祭

https://jazz.e10330.com/amabieentry/

5/27 透明な庭スタジオLive「幻想電子展覧会」生配信(ゲスト:壺井彰久=ヴァイオリン)【アーカイブ】

“透明な庭”は、アコーディオンの藤野由佳とピアノのshezooによるデュオ・ユニットで、この「幻想電子展覧会」は、その音楽が紡ぎだす世界観を具現するかのようなアートワークを画面合成しながらという、オンライン配信ならではの趣向が凝らされていました。

♪ 緊急事態宣言解除後の音楽ライヴ状況

5月24日には、14日に解除されなかった首都圏1都3県と北海道の緊急事態宣言(第1次)も解除されました。

とはいっても、陽性の発症者数が減っただけで、ワクチンも治療薬もないまま。とにかく“密”を避け、感染拡大をなんとか抑えなければならない状況で、音楽興行の再開はかなり制限を受けたなかでのものとなっていました。

各業態の管理団体などが協力して政府がまとめたガイドラインでは、集客上限や収容人員に対する空席率など、衛生管理に追加しての規制が設けられ、ライヴを実施できるようにはなったものの、経営的なハンディが残されたままという状態でした。

このころの小規模なライヴハウスのコロナ対策がどんなものであったか、神奈川・関内のKing's Barでの例をアップしている神奈川県公式チャンネルの動画を紹介しておきましょう。

6/22 King's Bar あんしんの見える化実践中! 2020/06/22 Mon.

ボクの第1次解除後最初のリアル・ライヴ取材は、7月16日に小曽根真をホストとして開催された東京文化会館でのワークショップ「自分で見つける音楽 vol.8」でした。

このイヴェントは当初、小ホールでの開催を予定していましたが、大ホールへ変更。それによって完売前売り券のキャパシティを50%に落とすという、大小ホールを有する施設ならではの奥の手で、密集対策を講じていました。

ステージにはホストである小曽根真のみ(終盤に彼の教え子で「エリス・マルサリス国際ジャズ・ピアノ・コンペティション」第2位および最優秀作曲賞を受賞した山崎梨奈が登場し、ホレス・シルバーの「プリーチャー」を連弾)なので、演奏者側の3密はなし。

その小曽根真は、7月25日に同ホールで「小曽根真 JAZZ MEETS CLASSIC」を開催。太田弦指揮の新日本フィルハーモニー交響楽団との共演も果たしています。

オーケストラ演奏については、世界各国で飛沫の実証実験などが行なわれ、現在ではリスクの少ない演奏会スタイルが確立されつつありますが、この時期はまだ模索中でもあり、観客としても不安を抱えながら会場へ足を運ぶといった状況でした。

それでも、最初にオーケストラの音がホールに響いたときには、それを演奏する楽団員の“嬉しさ”が伝わり、音楽を超えた“なにか”を共有できたような気になったものです。

7月のオンライン配信ライヴは、先に指摘したように、内製の配信用機器や設備の充実を反映した、それまでの“ナマのステージをそのままホームヴィデオで撮って流す”といったものとは一線を画した、クオリティの高いコンテンツが目立つようになりました。

そのひとつが、五十嵐一生によるプロジェクト。

7月2日にリニューアル配信された石塚まみとのデュオや、7月19日の井上ゆかりとの「エンニオ・モリコーネに捧ぐ 」といったステージは、いずれも事前収録ながら、カメラワークも凝っていて、ストリーミングの限界を超えた作品づくりをレギュラーなライヴハウスでの活動で完結させてしまえる可能性を示し得たものではないかと感じさせてくれました。

また、8月5日に観たUNA MAS Special Live Streaming Nightsや、8月20日配信の土田晴信オルガン・トリオ with 清水秀子@横浜BarBarBarなどは、ライヴハウスでのジャズ鑑賞という“原点”に立ち戻らせてくれるような、シンプルに普段着の演奏を映し出すだけだからこそ、人との距離を取らざるをえなくなった時期の“生演奏への渇望”を満たしてくれるものになったのではないかと思っています。

8月16日には東京・池袋の東京芸術劇場で、ジャズ作曲家の挾間美帆がプロデュースするネオ・シンフォニック・ジャズ第二弾の生ステージへ。

オランダの名門ポップス・ジャズ・オーケストラ“メトロポール・オーケストラ”の常任客演指揮者への就任と、さらに世界へと飛躍する挾間美帆が、ジャズのビッグバンドと交響楽団を融合させるという刺激的なプログラム。ゲストとして渡辺香津美によるエレクトリック・ギターを加えるという、オーヴァー・ヴォリュームなサウンドメイクにもかかわらず、ニュアンスといった“ジャズの匂い”を失わない作曲術にますます磨きをかけた現在進行形の彼女を堪能させてくれました。

秋以降の生ステージ取材は以下のとおり。

  • 9月8日 Trussonic 北川とわトリオ(六本木クラップス)
  • 9月12日 西村協とマリア・エヴァというヴォーカル共演となった「ゆめりあJAZZ vol.28」(大泉学園ゆめりあホール)
  • 9月21日 大介バンド(King's Bar)
  • 10月16日 山下洋輔出演ミーツ・ベートーヴェン@芸劇(東京芸術劇場)
  • 10月19日 アコーディオンのcobaによるcoba solotour2020(日本橋三井ホール)
  • 10月23日 さかもと未明 3rd アルバム『ムーランルージュ』発売記念コンサート(紀伊國屋サザンシアター)
  • 11月5日 徳田雄一郎レリーズディグ9th New Album発売記念ライヴ(ブルース・アレイ・ジャパン)
  • 11月15日 山下洋輔/スガダイロー/桑原あい/奥田弦という4名のピアニスト競演となったかわさきジャズ2020「ジャズピアノBattleジャム」(ミューザ川崎シンフォニーホール)
  • 11月17日 渡辺ファイアー&進藤陽悟『オール・フォー・ラヴ』発売記念ライヴ(赤坂B)
  • 12月3日 ミュージックCPJフェスティバル第10回〜10年連続第10回記念スペシャル〜
  • 12月11日 「プラチナ・シリーズ」小野リサ〜プレミアム・ボサノヴァ・ナイト(東京文化会館)

こうして見ると、まだまだ規制はありながらも、徐々に音楽ライヴな日常が取り戻せそうな感じがしないでもないという年末までの取材状況ではあったものの、新型コロナの感染者数は再び増加に転じて年を越した──ということになります。

♪ 相次ぐ音楽フェスの中止に一石を投じたオンライン開催

一方のライヴ配信では、大規模なジャズ・フェスティヴァルが代替として実施され、それまでとは異なるプログラム内容、すなわち複数の出演者がタイムスケジュールに沿って登場するという、単独ライヴとは異なる挑戦も行なわれました。

9月12日と13日に開催された「かごジャズ2020オンライン」はその皮切りでしょう。

このイヴェントについては、主宰の松本圭使へのインタヴューを記事にしましたので、参照ください。

コロナ禍の地方都市・鹿児島から拓く音楽産業の未来像(松本圭使「かごジャズ2020」インタヴュー)

https://news.yahoo.co.jp/byline/tomizawaeichi/20201109-00207099/

10月11日と12日には「横濱ジャズプロムナード」が無観客でのステージを生配信しました。

ボクも実行委員会のブッキング担当の手伝いをして、当日は幕間のコメンテーター役や、SNSへの情報発信およびコメントを取りまとめてMC原稿を作成したりと、裏方としてこのイヴェントを体験しました。

本来なら総括して、次回のさらなるハイブリッドなフェスを実現するために提言などを取りまとめたいところですが、組織を離れてしまったこともあり、行く末は第三者として見守りたいとだけコメントしておきますのであしからず。

このほかにも、興味深かった配信をいくつか挙げておきましょう。

9/9 不可逆な融合体 - Irregistable Fusant - by onomatopel

9/22 藤枝伸介 / Gentle Erosion 緩やかな侵食

10/31 EISHIN NOSE SOLO at Sapporo Concert Hall Kitara in 10/31/2020

12/19 Hisatsugu Suzuki Organ Trio: Live from Yokohama

12/19 RS5pb: Live from Yokohama

♪ まとめ|音楽ライヴはネットというワクチンで“抗体”を得た?

いま、コロナ禍が続き、2度目の緊急事態宣言のなかで2020年を振り返っているわけですが、こうして羅列しただけでも、音楽ライヴは死んでいなかったし、息を潜めているわけでもなかったことがわかるのではないでしょうか。

そしてまた、インターネットを使った、“新しいライヴ様式”にも果敢に挑戦している現状を示せたのではないかと思います。

確かに、生演奏をリアルに体感することが、音楽鑑賞のベストであることに異論はありません。

しかし、距離や密度といった、生演奏の音楽鑑賞にとっては必要条件ともされる環境を整えることができない現状であることも事実です。

こうした逆境は、文化や芸術にとっては、必ずしもマイナスではなかったことは、歴史を見ればわかるはずです。

だとすれば、ピンチはチャンスとして、この数年で、禍を転じた“21世紀のジャズ”が生まれるためのきっかけを、ボクらは与えられているのかもしれません。

2021年は、そのきっかけが花開くようなレポートを、この場を借りてできればいいと願っています。

音楽ライター/ジャズ評論家

東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。2004年『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)、2012年『頑張らないジャズの聴き方』(ヤマハミュージックメディア)、を上梓。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。2022年文庫版『ジャズの聴き方を見つける本』(ヤマハミュージックHD)。

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