ラストの“アレ”は衝撃的な“アレ”だった……〜舞台『ジャズ大名』観劇録〜
神奈川・横浜のKAAT神奈川芸術劇場で12月9日から上演されている舞台『ジャズ大名』を観る機会を得た。
筒井康隆さんとジャズとのミクスチャーなファンなら察してもらえると思うのだが、この邂逅は嬉しいような恐いようなものだった。
原作における音楽を溶かし込んだストーリーの奇抜にして秀逸な展開を知る者にとって、5.1ch&2.5次元の舞台による再生がハードルの高いものであることは想像に難くなく、そのハードルを観客として越えられなかったときの失望感を味わう覚悟がなければ立ち向かうべきではない相手なのだというような、本末をグルグルと転倒させた心情が渦巻いてしまう厄介な作品だと認識しているからである。
ところがこれまた厄介なことに、人間には好奇心という“恐いもの見たさ”の情動があって、矛盾した2つの感情を心に秘めながら、ボクはクネクネと折れ曲がりながら上っていくKAATの入口まで辿り着くことになった。
舞台『ジャズ大名』を見終えて
2時間10分休憩なし。カーテンコールが終わって客電が灯ると、ボクは来た道で渦巻いていた矛盾した2つの感情がきれいさっぱりと洗い流されていることに気づいた。
圧巻のパフォーマンス……。
そう、芝居を軸としながら(つまりミュージカルとは一線を画して)、ダンスと音楽を遠慮会釈なしに前面へ押し出してしまった前代未聞の舞台を体験してしまったことに、正直戸惑っていたのだろう。
この舞台のことを、「スゴかった」とストレートに他人に勧めてもよいのだろうか……。
前述の矛盾した2つの感情をもつことなく無心にこの舞台を体験した人と、この感動を共有できるのだろうか……。
今度はこうした矛盾がボクの心のなかに渦巻くことになってしまったのだ。
いやホント、罪つくりな作品だよ、『ジャズ大名』って。
『ジャズ大名』の“アレ”⁉
舞台『ジャズ大名』の概要はこちらを参照。
https://www.kaat.jp/d/jazz_daimyo
原作の中編小説は1981年に発表され、同年発売の短編集『エロチック街道』に収録。
1982年に45分のラジオドラマ化され、1986年には岡本喜八監督で映画化もされている。
原作の“ラストのアレ”、つまりドンチャン騒ぎを、映画ではジャムセッションにして具象化していたわけだけれど、映画の演出を踏襲するのでは“ハードル”を越えたことにはならないというところが逡巡の大きなポイントだったりしたわけだが、それをこの舞台は力技で押し切ってしまったところに、終演のカタルシス(これは原作の幕末小藩の無力感を原作発表当時の学生運動の挫折感に投影した筒井作品ならではの諧謔性から感じる印象に通じるものだろう)が沸き起こった原因があったと思う。
そしてその熱狂の20分は、プリミティヴな指向性をもつ前衛的ジャズ集団のライヴ・ステージに匹敵するパフォーマンスだったことも、音楽ライターとして特記しておきたい。
アフタートークレポート(おまけ)
舞台『ジャズ大名』のKAAT神奈川芸術劇場公演では、12月13日公演の終演後に、台本と演出を手がけた福原充則さんとKAAT神奈川芸術劇場芸術監督の長塚圭史さんによるトーク・イヴェントが行なわれた。
24日まで続く横浜公演、2024年1月の兵庫・神戸公演、愛知・刈谷公演、大阪・高槻公演をより楽しむための一助になればと、かいつまんで紹介したい。
『ジャズ大名』は長塚圭史さんがKAAT神奈川芸術劇場芸術監督就任時から上演したいと思っていた作品だったこと。
演出家としての福原充則さんは、本番が始まってからも劇場に顔を見せてネチネチと修正するタイプで、実際に12月13日の3回目で1〜2回目とは異なる指示が、主演の大久保教義役・千葉雄大さんに出されていたこと。
福原充則さんが演出・台本を手がけた、当公演の前作にあたる音楽劇『浅草キッド』(10月8日から東京、その後は大阪・愛知で11月26日まで上演)に比べて台本が半分のヴォリュームだったこと。
筒井康隆さんの原作を「言葉にするのは野暮」だと思っていたこと。
書けば書くほどかみ合わなくなってしまった結果の、ラスト20分だったこと。
長塚圭史さんはそのラスト20分が不安だったが、「芝居を観ているのか音楽ライヴなのかただの狂乱なのかわからなくなるけれど、舞台という時間芸術が壊され、また築かれていくと感じた」こと。
福原充則さんにとっての『ジャズ大名』とは、熱狂を描きながら“疎外感”のある作品であり、「それをこの舞台でも観客に感じてほしいと思っていた」こと──などなど。
付言
最後になってしまったが、この舞台の圧倒的なパワーの源泉となった音楽を担当した関島岳郎さんの功績の大きさと、楽団のパワフルな演奏、アテレコだけでなく出演者にソロ演奏まで実演させた演出、その期待に応えた出演者の熱演──も書き加えておきたい。