独裁者の妹は核兵器級のソフトパワーになるか?
フーテン老人世直し録(353)
如月某日
平昌オリンピックの最大の目玉は金正恩北朝鮮労働党委員長の妹である金与正党第一副部長の存在が国際社会に大きく報道されたことである。これまでも兄の陰に隠れるようにしている姿を見てきたが、今回は南北交流の主役として華々しく表舞台にデビューした。
金与正氏の清楚ないでたち、微笑を浮かべながらしかし相手をしっかり見つめる目つきは優秀な美人官僚のイメージである。傍若無人で極悪非道なイメージの金正恩委員長とは正反対で、北朝鮮を見る世界の見方を変える可能性がある。その効果は核兵器に匹敵するかもしれないとフーテンは思った。
10日に行われた文在寅韓国大統領との会談で、兄から託されたメッセージの入った青色のファイルをメディアの目を意識しながらテーブルに置く姿に、北朝鮮にはハードパワーとしての核兵器だけでなく、ないと思っていたソフトパワーもあるのだと思わされた。
メッセージが韓国大統領を北朝鮮に招待し、11年ぶり3回目の南北首脳会談を行おうとするものであることは前から予想されていた。従ってメッセージの内容自体にニュース性はない。しかし清楚なイメージの金与正がメッセージの手渡し役であったことが世界中に印象づけられた。もしかするとそれが南北双方にとって最大の成果かもしれない。
一度目の南北首脳会談は2000年6月に金大中大統領と金正日国防委員長の間で行われた。米国は民主党クリントン大統領の時代である。1991年のソ連崩壊後に大統領に就任したクリントンは「残された唯一の冷戦体制」である朝鮮半島の統一を政権の課題とすることを一時期は考えた。
東西ドイツの統一を参考にどれほどの経済負担を韓国が負うことになるかを計算し、その費用は戦前に植民地支配をしながら北朝鮮に対する補償を行っていない日本に負担させる計画だった。ところが北朝鮮に核疑惑が浮上してそれどころではなくなり、逆に第二次朝鮮戦争勃発が現実の問題となる。
しかし戦争になれば韓国で百万人以上が死傷し、米兵にも十万人規模の被害が発生することが分かり、米国は北朝鮮に核開発の中止と引き換えに軽水炉建設と重油の提供を行うことを約束した。ところがその後の中間選挙で共和党が議会で多数を占め、共和党の反対で約束が果たせなくなる。
そうした中、「太陽政策」を掲げた金大中大統領が誕生し南北分断以来史上初の首脳会談が行われた。離散家族の再会など南北交流が始められ、それに伴って米国のオルブライト国務長官も訪朝し、南北朝鮮だけでなく米国と日本にも雪解けムードが高まった。
ところが大統領がクリントンからブッシュ・ジュニアに代わった直後、米国本土を同時多発テロが襲い、ブッシュ・ジュニアは北朝鮮をイラク、イランと並ぶ「悪の枢軸」と宣言する。雪解けは一転し北朝鮮は再び核開発に突き進む。
米国がイラクの大量破壊兵器保有を理由に先制攻撃をかけサダム・フセイン大統領を処刑すると、北朝鮮は公式に核兵器保有を宣言し、06年には初のミサイル発射と核実験を実行した。
一方の米国ブッシュ政権はその後、宥和政策に傾いたり強硬姿勢に戻ったりと一貫せず、続くオバマ政権は中東からの米軍撤退に力を入れ、北朝鮮には「戦略的忍耐」を貫いた。その間に北朝鮮は核・ミサイル開発で長足の進歩を遂げ、今や米国本土を狙えるまでになった。
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