巨大都市圏私鉄の「沿線格差」は鉄道会社がつくった? 企業の経営戦略と沿線のあり方は強固に結びつく
このところ、「沿線格差」をテーマにした本が相次いで出版されている。11月には新田浩之氏が『関西の私鉄沿線格差』(KAWADE夢新書)を刊行、今月には筆者が『関東の私鉄沿線格差』(同)を刊行した。
「沿線格差」というテーマは、2016年8月に刊行された首都圏鉄道路線研究会『沿線格差 首都圏鉄道路線の知られざる通信簿』(SB新書)が刊行されて以来、さまざまな本でテーマになっている。
「沿線格差」が問われ続け、関心を持たれる理由として、大都市圏では鉄道の沿線ごとに暮らしている人や文化、環境、政治的風土が異なるというものがあり、それが都市内の格差社会の構造、ありていに行ってしまえば不平等の構造と結びついているからである。
建前は平等である、ということになっている日本社会でも、そこここに不平等はあり、固定化し、再生産されている。
その状況を、リアリズムをもって体現しているのが、「沿線」である。
都市圏私鉄には固有の「沿線カラー」がある
関東圏・関西圏の私鉄各社には、固有の「沿線カラー」がある。どの沿線にどんな人が住んでいるか、そして沿線ごとの違いはどうなっているのかということが、がっちりと決まっている。
大都市圏の大手私鉄は、鉄道だけで利益を出しているのではない。関連事業もあわせて収益を上げるというビジネスモデルを採用している。その中には、不動産事業も含まれている。
沿線という地域をまるごと作ることによって、都市圏の私鉄はビジネスを成り立たせている。
このモデルを確立したのは阪急グループの小林一三であり、関東に持ち込んだのは東急グループの実質的創業者・五島慶太である。
住宅地をつくり、学校を誘致し、生活関連施設を設けることで、一体感のある路線を作った。
多くの私鉄がそれを採用し、沿線文化が花開いた。
「格差」を経営戦略に盛り込んだ私鉄
東京では、明治時代にはまだ江戸時代を引きずっているところがあり、多くの人は狭い都心に暮らしており、住環境は決してよくなかった。
大正時代になると、多くの人が郊外で暮らすようになった。関東でそのターニングポイントとなったのは、関東大震災だ。この際に、高等教育を受けたサラリーマン層(もちろんその当時ではハイクラスな人たちである)が郊外へと移り住み、よりよい住環境を享受することになった。関西ではほぼ同じころに上層の人たちの郊外移転が起こった。
知的水準が高く、かつ比較的高収入で、さらに財閥系企業や官公庁といった大組織で働いている人に向けて、生活環境と通勤手段をまとめて提供するというビジネスモデルができた。
そのビジネスモデルは、いまも続いている。
どんな人たちをターゲットにして沿線開発をするか、ということを上手に行った私鉄が、「沿線格差」の頂点に立つといえるだろう。
経済資本も文化資本も、社会関係資本も豊かな人を沿線に呼び寄せるような施策を取り続けてきた私鉄が、「セレブ路線」と呼ばれる路線を運行しているのも、当然のことと考えられる。
どんな人たちに沿線に住んでもらうかを意識してビジネスを行っている私鉄が、豊かな層を集めているのだ。
よく、東京の西側には豊かな層が住み、東側はそうでもないということが言われる。関西圏でもどこに豊かな層が暮らしているか、ということは言われるだろう。しかしそれは、私鉄各社が長年沿線づくりに取り組んできた結果であり、「沿線格差」が経営戦略にまで盛り込まれていると考えるのが妥当である。
関東では東急、関西では阪急が「ブランド私鉄」としての地位を確立している。このあたりの私鉄は、豊かな層をターゲットにした沿線づくりをしっかりと行うことに成功している。
生活環境、教育環境、投票行動や購読新聞……沿線により違う!
狭くてごみごみした地域、広くて公園の多い地域など、関東圏も関西圏もさまざまだ。公園の多い、あるいは自然環境が豊かな沿線もあれば、人が密集している沿線もある。どこに住宅街をつくるか、どこに商業施設をつくるか、どこに公園をつくるかを計画的に自治体と協力して地域開発をしている沿線もあれば、ただ一般的な不動産業者の乱開発にまかせている沿線というのもある。鉄道会社や沿線自治体のコミットメントが深いか浅いかによって、生活環境は大きく違う。
教育環境については露骨である。難関大学への合格者の多い中高一貫校や、有名大学に内部進学できる大学付属校が多い沿線と、そうではない沿線がある。さらには、それらの学校をめざす進学塾が充実した沿線というのもある。関東圏では、東急田園都市線沿線にSAPIXが充実していて、ほかの沿線に比べて格差が大きいと感じさせられる。
選挙でどんな候補が勝ちやすいのか、ということも沿線によって違う。自由民主党が強い沿線と、立憲民主党や日本共産党が比較的票を取れる沿線があるのだ。2019年7月の参議院議員通常選挙で、立憲民主党から出馬したある候補者は、筑波大学附属駒場中学校・高等学校を経て東京大学法学部を卒業、朝日新聞社で記者を務めていたことを選挙ポスターに書いていた。結果としてその候補は落選した。しかし、京王線沿線や西武線沿線、JR中央線沿線では、当選者に負けないだけの票を獲得していた。こういった候補は特定の沿線でしか好まれないというのが、はっきりとわかった形だ。
ちなみにこの候補がそれなりに票を集めたのは、『朝日新聞』のシェアが高い沿線である。関東圏では『読売新聞』がシェアトップだが、地域によっては『朝日新聞』あるいは『日本経済新聞』のシェアが高いところもある。
とくに、住宅街でかつ経済的に、あるいは文化的に豊かな層が暮らす沿線での『朝日新聞』のシェアの高さというのは興味深いものである。それぞれの新聞がどんな人をターゲットにしているかということと合わせると、私鉄各社がターゲットとしている層との一致が興味深いレベルにまで達しているとわかる。
関東・関西の私鉄各社は、意識して沿線づくりをし、その結果が「沿線格差」として表れている。鉄道各社の企業戦略が、都市圏内の不平等にも影響しているのではないかと言ってもいいのではないか。
※本年は喪中につき、年始の記事公開は行いません。どうかよろしくお願いします。