Macが売れない。自信を喪失した若きジョブズ 〜スティーブ・ジョブズの成長物語〜挫折篇(3)
若き日のジョブズは未来を見すぎていた。それゆえ失敗を繰り返したが、その不屈の闘志はやがて音楽産業を救うのみならず人類の生活を変えたある製品へ連なる「Macフォン」の企画に向かうことになった。毎日更新の集中連載第3弾。
■会心作の初代Macが売れない。自信を喪失する若きジョブズ
電話の発明にも匹敵する———。
それだけの革命的なものを創ったとジョブズは信じていた。電話の登場以前、モールス信号を四十時間かけて覚えた技術者しか、通信技術の恩恵を浴することはできなかった。同様に、Mac以前のコンピュータは呪文のようなコマンド・ラインを覚えたオタクしか使うことができなかった。
だがグラハム・ベルが電話を発明すると、誰もが通信技術を使えるようになった。技術が後ろに隠れ、髪を撫でる櫛よりも日常的な道具に変わった。
同様にMacのマウスとGUIで、コンピュータは物々しいものから、一般人でも使えそうな身近なものに変わった。初めジョブズはマッキントッシュではなく「バイシクル(自転車)」と名付けようとさえしていた。肉体労働ではなく、頭脳労働全般を助ける道具を、この星の民衆は初めて手に入れたのである。
春が過ぎ、夏が過ぎ、秋になるとジョブズは販売数の報告を見るたびに、情緒不安定な言動を見せるようになった。彼は、会議で標的を見つけては当たり散らした。
じぶんの全てを叩き込んだマッキントッシュを、世界は認めない。世界がじぶんを否定しようとしているような、不信感に彼は苛まされるようになった。幼き頃、親から捨てられたと知ったときの心傷《トラウマ》がふたたび開いたのかもしれなかった。
しかし調査の結果、失敗のほとんどがジョブズ自身に起因することがわかった。 初代Macには拡張スロットが無かった。ハードディスクが無かった。冷却ファンが無かった。ビジネス用途に向かず、壊れやすい仕様だった。どれもジョブズが周囲の反対を押し切って決めたものだ。
老若男女がコンピューターを持つ時代を呼び寄せるには、ハードは限りなくシンプルでなければならない。そう信じていたためだ。彼が間違えたのは、彼が正しかったからだった。
「Apple Ⅱまではハードウェアで拡張する時代だった」Macの開発中、ジョブズはインタビューで答えている。「これからはソフトウェアでマシンをカスタマイズする時代になる」 [1]
その予見は、あまりにも先を見すぎていた。当時のCPUは貧弱で、GUIの実現にほとんどパワーを吸い取られていた。その上でソフトを動かそうにも、さしたることは出来ないことを見落としていた。
もっと致命的だったのは、OSが高度に複雑化して、ソフトウェアの開発が格段に難易度を増したことだった。結果、Apple ⅡやIBM PCに比べ、Macの対応ソフトはほとんど出てこないという状況に陥った。
Macを客に売ったら、ソフトが売れない。拡張スロットが無いから、周辺機器も売れない。だから、販売店は客にIBM PCを薦めてばかりいる。それが調査の報告だった。サードパーティの利益を軽視したジョブズは、エコシステムの構築に失敗したのである。
だが失敗は、大きなインスピレーションを与えてくれもする。
Macの誕生はソフトとハード双方の天才がいて起きた奇跡だったが、ハード側の天才バレル・スミスは、次こそ予算内でハードディスクを内蔵してみせると張り切っていた。
スミスはエンジニアだったが、価格を下げるため流通面でも画期的なアイデアを出した。注文が入ったら工場から航空便でMacを届ければいい。そうすれば倉庫がほとんどいらなくなる。
在庫を無くす。このクレイジーなアイデアに感じ入ったジョブズは、これを断行しようとしたが、あまりに常識外れだと取締役会に止められてしまう。
追い詰められると、人の本質が見えてくる。彼は、あれこれMacの改善案を出す、そんな程度の反撃策で満足できなかった。
Apple Ⅱがそうだったように、いずれIBMかどこかがMacを真似してくる。AppleがAppleであり続けるためには、Macに匹敵するとんでもなく凄い何かを再び出さなくてはならない。若きジョブズはすでにその構想に夢中となりつつあった。
それがMacフォンである(続く)。
■本稿は「音楽が未来を連れてくる(DU BOOKS刊)」の続編原稿をYahoo!ニュース 個人用に編集した記事となります。
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[1] BYTE, "The making of Macintosh – An Interview with The Macintosh Design Team" Feb 1984 issue.
http://blog.modernmechanix.com/the-making-of-macintosh-an-interview-with-the-macintosh-design-team/