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小林麻央さんの「ブログ」とは何だったのか!?

碓井広義メディア文化評論家
筆者撮影

歌舞伎俳優・市川海老蔵さんの妻で、フリーアナウンサーの小林麻央さんが亡くなったのは6月22日のことでした。その4日後、「小林麻央さん追悼番組~優しく強く生きた34年~」(日本テレビ系)が放送されました。

テレビに出演していた頃の姿、結婚、出産、そして2年8カ月におよんだ闘病生活などが紹介されていましたが、破格の扱いともいうべきこの「緊急特番」が組まれた背景には、麻央さんが書き続けたブログの存在があります。

書き続けられた「ブログ」

麻央さんは自身のブログでがんを告白し、その闘病の過程を綴り続け、亡くなる2日前まで発信していました。ブログに登録する読者は250万人以上に達し、その内容が報道されることで社会的な関心も高まりました。

ブログやSNSで自分の生活を発信する芸能人は大勢います。麻央さんのブログも当初は、「世間から忘れられるのが怖いのか」「病気をネタにしてまで世間の注目を集めたいのか」といった見方をする人が少なくなかったのです。

ところがブログが継続されていくにつれ、ギリギリの状況のなかで発信を続けていることが伝わってきました。文章だけではなく写真も多用し、体調が良いときも悪いときも、包み隠さずにリアルな生活の様子を伝えていました。

「コミュニティ(共同体)」の成立

やがて、同じ病をもつ人やその家族の間に共感が広がっていきました。「なぜ私が・・」と思い悩んでいた人たちが、決して孤独ではないことを確かめられる「場」になっていったのです。

いわば一種のコミュニティ(共同体)が成立し、ゆるやかな”つながり”が生まれたと言えるでしょう。読者の麻央さんに対する認識も、「かわいそうな人」から「頑張っている人」「闘っている人」へと変化していったのです。

また麻央さん自身も、発信を続けることで力を得ていきます。書くことによって、「今日やれることをやった」「明日もやりたいことがある」という実感をもつことができた。それは生きていることの証(あかし)であり、自分の病気にも何かしら意味があると思える証だったのではないでしょうか。

数百万人という途方もない数の人が「読んでいてくれる」「見ていてくれる」ことは、書き手にとっては「応援していてくれる」という感覚に近い。しかも海老蔵さんが6月23日の会見でも語っていたように、ブログは本人だけでなく、海老蔵さんを始め家族への励ましにもなっていました。

本人が発信した「第一次情報」

さらに、ブログが麻央さんの精神的な支えになり得たのには、別の理由もあります。芸能人が病気になったとき、マスコミが追いかけ、憶測で病状を伝えることが多い。これは世間から隔絶した状態で闘病する人にとって、多大なストレスとなります。芸能人の病気にまつわる報道は、こうしたことの繰り返しでしたが、麻央さんはこの状況を変えていったのです。

なぜならブログを書くことは、麻央さん自身が「第一次情報」を発信していることでもあります。毎日、本人が記者会見をしているようなものです。これによってマスコミは無責任な報道をしなくなり(できなくなり)、麻央さんは心を乱されることなく闘病生活を続けることができたのだと思います。メディア側と取材される側の関係性という意味でも、多くの示唆に富む事例となりました。

闘病という「プロセス」の共有

緊急特番へと至るまでに麻央さんのブログが果たした役割は、闘病という「プロセス」の共有でした。普通は、病気をした、克服した、あるいは亡くなったといった「結果」だけが、マスコミを通じて報じられることが多いのですが、読者は麻央さんのブログを読むことで、彼女が日々、どのように「生と死」に向き合っていたかを共有できたのです。

最後に、ぜひ今後もブログが残され、アーカイブ(記録保管所)化することで、今はまだ読んでいない「未来の読者」の皆さんにも、彼女の体験が手渡されていくことを願います。

麻央さん、本当にお疲れさまでした。

合掌。

追記:

3日のスポニチに、麻央さんのブログについて、以下のような記事が掲載されました。よかったです。

「Ameba」を運営するサイバーエージェントは3日、6月22日に乳がんのため亡くなった小林麻央さんを「MVB(Most Valuable Blogger)」に認定し、ブログ「KOKORO.」を継続公開することを発表した。

スポニチ 2017.07.03

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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