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新国立競技場で多用された木材の使い方から木造建築の未来を考える

田中淳夫森林ジャーナリスト
新国立競技場の庇には、全国から寄せられた木材が使われている(写真:アフロ)

 新国立競技場が完成し、マスコミなどに内覧会が催された。私は参加したわけではないが、記者たちの感想などが多くの記事になっている。そこには、たいてい木に関することも触れられている。木材を多用した建築であることが売り物だからだろう。

 そこで私なりに考えたことを記したい。そこから(競技場ではなく)、今後の木造建築の方向性を感じるからである。

 とりあえずネットや新聞などに上げられている内覧会参加者の記事で木材に関する部分を抜き書きすると……。

「 屋根を見上げると、鉄骨を木で覆ったフレームに太陽光が反射していた。担当者は「観客やアスリートに優しさ、日本らしさを感じてもらえる設計」と説明する」(週刊朝日)

「杜のスタジアムだけに、実際、競技場は緑にあふれており、敷地内を歩いていると、ほのかに木の香りが漂ってくる。派手な装飾はなく、自然と心が落ち着く感覚に包まれた」(SankeiBez)

「木の庇を据えたデザインも、近寄って見れば鉄筋コンクリートの躯体にすのこを貼りつけているだけで、木は飾りに過ぎない」(フモフモコラム)

和の雰囲気やぬくもりを意識した木の構造はすてきだが、とんでもなく斬新なデザインというわけではなく…。正直インパクトはやや欠ける」(デイリースポーツ)

「細かい木材の反復は、周辺と調和し、さまざまな外力を受け入れる柔軟な「負ける建築」を唱える隈氏の真骨頂といえる」(朝日新聞)

 などなど。

 記事によって褒めているか貶めているのかわからない表現が見られるが、斬新なデザインというよりは見慣れたスタジアムの光景ながら、木質部分が優しく心地よさを感じさせる建築物であるようだ。

 ただ各種の記事で説明されるのは、木材を多用したといっても基本的に鉄骨とコンクリートの構造であるということ。鉄骨の周囲を木材で覆っていること。また風雨にさらされやすい庇は、木目調の塗装を施したアルミ材であること……などが指摘されている。

 そうなのだ。これは「巨大な木造建築」ではなく、あくまで木によって装飾された鉄骨・コンクリート建築物なのだ。だから「味の素スタジアムの外側に割り箸でも貼りつけた程度」と評する記事もある。

木造ビルの建築ブームへの危惧

 近年、公共建築に木材を多用する例が増えている。これは木材需要を高めて林業を立て直そうという政府の意向があるからだ。「公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律」も施行されている。

 また民間でも木造ビルが流行り?になっているようだ。各地に5階建て、10階建ての木造ビルの建設計画が進んでいる。そして住友林業は、2041年までに木造で高さ350m、地上70階の超高層ビルを東京の丸の内に建設する「W350計画」を発表した。

 たしかに木材は再生可能な資源であり、朽ちて自然界にもどることで循環型社会だの、SDGsなどのお題目に向いている。

 しかし、真面目に木材と建築について考えると、そんなに期待してもよいものか疑問が湧く。3、4階建て程度の建築ならともかく、高層ビルとなると木材の強度や耐火性の点から慎重にならないといけないし、経年劣化やメンテナンスといった面からも木材には不安要素が大きい。

 また生物素材ゆえに1本1本ごとに木質は違うし、乾燥をしっかりしないと反ったり縮んだりする。また寸法も自由にはならない。張り合わせることはできるが、精密加工には限界がある。なかには木材の周りに耐火ボードを張って燃えにくくした建材もあるが、そこまでして木材を使う意味はあるのか。鉄骨やコンクリートと張り合う必要はあるだろうか。

 よく「奈良の法隆寺は1000年経っても問題ない」と言われるが、法隆寺が長く保っていられるのは、常に修理を繰り返してきたからだ。つまりメンテナンスなしでは持たない。木造高層ビルは技術的には可能でも、そのためのコストを見込んでいるのか心もとない。

 それに木材というマテリアルがブームとなることで、もし大量に必要となったら、その調達のために過剰伐採を招き、森林破壊につながりやすい。やはり利用には節度が必要だ。

 そもそも、本当に木材の魅力とは何だろうか? 

 それは、何よりも目にした時の優しさ・美しさ。触ったときの感触。ときとして木の香り。……などにあるのではないか。ほかのマテリアルには代用できない木の要素だ。(もっとも、アルミ材に木目調塗装して木材に偽装するケースは困るのだが。)

 それなら無理に構造材に使う必要はない。内装、外装に使うことで見た目も触り心地も木の良さを伝えられる。つまり国立競技場で行われたように、構造材は鉄骨でも、それを木材を覆うことで達成できる。

 構造材に木材を使うと、使用するボリュームが増える。しかし全体に構造材の価格は安いし、木の魅力を伝えにくい(木材部分が見えにくい)。むしろ内装・外装のような「見える場所」に使用する方が木材の魅力を発揮できるはずだ。しかも、消費する木材の量は少なくて森林への負荷は少ない。それでいて高付加価値なので単価も高め。森林への還元も増やせるだろう。

 構造材で木材の使用量を増やしても、木の魅力は伝わらない。むしろ躯体は鉄骨やコンクリートでも、それを木材で覆うことで木の良さを伝えられる。そのことを教えてくれたのが、国立競技場ではないのだろうか。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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