節目の6月に「板門店観光再開」も…文大統領の「決断」あるか
6月に韓国は朝鮮戦争勃発から70年、初の南北首脳会談から20年と大きな節目を迎える。南北関係を主管する統一部長官による発言を元に南北関係の現状を整理した。
●新型コロナで「共同防疫」を
「いくつかの南北関係の推進方向の中でもっとも重要なのは『生命の韓半島(朝鮮半島)』をどうやって具現するのかという部分だ」
7日、年に数回ある統一部クラブ記者との懇談会で、韓国の北朝鮮政策を司る金錬鉄(キム・ヨンチョル)統一部長官はこう述べた。韓国政府が「共同防疫」を南北関係改善の突破口にしようとする昨今の動きを裏付けする発言だ。
背景には新型コロナウイルスなど感染病の拡散を「非伝統的な安全保障の脅威」と位置づけ「朝鮮半島情勢に多様な方式で影響を与えている」(いずれも金長官)という認識がある。
この日、金長官が打ち出した南北関係の基調は「感染病に対する共同で対応する体系を作る」というものだった。
これは「K防疫」、つまり韓国政府が世界の模範と胸を張る韓国式の新型コロナ対策のうち「もっとも重要な『連帯と協力という原則』を南北関係でどう実現するのか」(同長官)という問題意識への答えと見られる。
具体的なプランとして列挙された内容には、▲情報の交換、▲標準検疫手続きの策定、▲結核・マラリアなどの疾病治療、▲新薬の開発などがあった。新薬の開発は北朝鮮の野生植物を念頭においたアイディアであるようだ。
金長官はさらに実際に行われている防疫事業として、昨年10月に行われた非武装地帯(DMZ)内でのアフリカ豚コレラ(ASF)に対するヘリを使った消毒作業を例に挙げた。
そして共同防疫を可能にするための「接境委員会の設置」について「南北が同時に必要としているもの」とし、新型コロナによりその必要性が切実になったと強調した。
「接境」とはあくまで「国と国の関係ではなく、統一を志向する過程で暫定的に形成される特殊関係」である南北関係において、「国境」という言葉の代わりに使われる単語だ。
「接境委員会」とは1972年に東西ドイツ間に設置されたものをモデルとしている。対立する両国のうち、災害の被害を最も多く受けるのは「接境地域」だという観点から作られ、結果的に東西ドイツ政府の交流をけん引する役割を果たした。
韓国の文在寅大統領は昨年6月にノルウェー・オスロで行った演説で、南北間の「接境委員会」設置の必要性に言及した。だがその後、北朝鮮側からの反応は特に無かった。
●板門店観光再開も「防疫」から
アフリカ豚コレラの拡散に伴い昨年10月1日から中止となっている板門店観光の再開について、金長官は「6月からは可能でないか」と見通しを述べた。
再開への条件はやはり「防疫」そして「安全」だ。
特に安全面では不安が続く。5月3日に江原道・鉄原郡の韓国側GP(監視哨所)が北朝鮮側から銃撃される出来事があった。さらに8日には韓国軍が6日に実施した軍事訓練に対し人民武力省(国防省に相当)が報道官談話を通じ「南北軍事合意書(18年9月)を裏切る行為」と非難するなど緊張がある。
だが先日6日、実際に板門店を訪問してきた金長官は特に安全面での不安には言及しなかった。それよりもやはり「防疫が大切」という立場を見せた。アフリカ豚コレラの他に、マスク着用や人員の制限などの新型コロナ対策をした上で「試験的な観光」を行うことを明かした。
こうした発言からは、単純な観光の再開にとどまらず「防疫」という共同作業を行う関係を北朝鮮側と模索している姿がうかがえる。
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●南北関係全般について
金長官はこの日、北朝鮮政策における韓国政府の原則について「多様な懸案の中から、現在私たちができる部分を探し積極的に行う計画を立て準備している」と言及した。
その存在自体に疑問が集まる南北間の意思疎通については、▲南北連絡事務所間の定例通信(日に2回)、▲軍事通信線、▲水面下の通信がそれぞれ行われているとした。それぞれ、統一部・軍・情報機関が担当する線があるということだ。
また「鉄原郡の『ファサルモリ高地』では今も遺骸発掘事業が行われている」とも述べた。
さらに先月27日の『板門店宣言』2周年に合わせて行われた南北を結ぶ鉄道の「東海北部線」の南側、江陵〜猪津間工事の着工式にも言及し「(北側での)精密調査と共同調査を残している」と具体的な課題も挙げた。
金長官は筆者も参加した昨冬の講演で、「南北関係はこの1年、悪化を続けている」と赤裸々に明かしたことがある。だが当時に比べ、今は韓国側ができる事を積極的に始めている印象を確かに受ける。
それと同時に「結局は防疫から経済(活動の再開)に転換する時点に南北協力も実現するだろうが、その基準についてはまだ確実に予測することはできない」(同長官)という発言からは、その実態が依然不明な北側の新型コロナ事情とも相まって、時間が必要であるという韓国政府の認識が見て取れる。
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●文大統領の就任3周年演説に集まる「期待」
6月15日は2000年の南北共同宣言から20周年、6月25日は1950年の朝鮮戦争勃発から70周年と、6月は南北関係を考え直す上でまたとない機会となる。付け加えれば2018年6月12日にあった史上初の米朝首脳会談から2周年も控えている。
だが今のままでは、こうした節目が何らかの意味をもって現状に変化をもたらすと筆者は思わない。
すでに何度も本欄で強調してきた通り、昨年2月にベトナム・ハノイで米朝首脳会談が決裂してから1年以上、朝鮮半島の非核化と平和協定の「交換」というビッグプロジェクトはストップしたままだ。韓国は北朝鮮の罵倒にもじっと耐えてきた。
だからこそ、5月10日に就任3周年を迎える文大統領による国民向けの演説に注目が集まる。
その中で極度の経済難が伝えられる北朝鮮の金正恩委員長に向け、どんな発言を投げかけるのか。さらに新型コロナウイルス対策でもたつくトランプ大統領を横目に、韓国単独での南北関係改善に積極的に打って出るのか。
「文大統領はいい加減に決断するべきだ」というある著名な北朝鮮専門家の指摘が響く。
どんな6月にするのか、否、したいのか。節目の6月をひかえ、朝鮮半島が休戦状態から平和体制に移行するための「動力」を提供できるのは今や韓国しかないという認識は欠かせない。